シュークリームなんて③

「もちろん、参加するよ!練習はどうしよっか?あ、あれだからね。これで皆が弱くなったら怒るからね~その辺は、厳しくさせてもらいますので」

「やったー!はい、もちろんでございますので!」

 何故こうやって皆どんどん新しいことにトライできるのか、正直よくわからない。ハッキリ言って私は一杯一杯。いや、そういいながら最終的には何でも何とかするんだけど、でも「何でも何とかする必要はどこにあるの?」と言われると、確かな答えはわからない。それに、本当に「何でも何とかする」ことが出来た場合、私が現時点までやって来たことは、そうやって新しい努力で塗り替えられてしまう程度のものだと思うと、何故だか悲しい。


 要は気持ちの問題なんだと思う。もっと言うと、「気持ちの問題なんだ」と思うことに対して、素直になれないのが、問題なんだと思う。


「うわー並んでるねーまぁ待てばいっかー」

 シュークリーム屋の前には、まさに老若男女、人込みで溢れている。シュークリームなんて、恐らく一人だったら食べない。食べたくなったとしても、恐らくスーパーで買うんじゃないかな。こうやって友達がいるからこそ、たどり着く。つくづく、相応のコストを支払わなければ、得も出来ないんだなと思う。


「ていうかさーミサキ聞いてよー」

「なーに、いつも藍李の話はきいてるじゃん」

 そうですよねと周りの後輩も返す。藍李は話のネタが尽きない。部活のことばかり話に上げないのが、藍李のいいところ。


「今日さー電車に乗ってたらさ、前に座ってたおじさんが寝てたんだよね」

「うんうん」

「イヤホンしてたんだよ。だけど寝てるからさ、手からスマホが滑って、イヤホンが抜けちゃったんだよね」

「うん、たまに落としちゃう人いるよね」

 私は最近ワイヤレスに変えてしまったけど、未だに有線のものを使っている人も多い。別にそういった人たちに対して、特に何も思わないんだけど。


「そうそう、したらさ、イヤホンが外れてもそのまま音声が流れるやつっぽくて、そのおじさんが観てた動画の音声が大音量で流れてきたの」

「大音量なんだ…電車の中はうるさいからまぁそうか」

「そんでね、うるさいなーって思ってたら、たまたまなんだけど、私がよく見てるチャンネルの動画だったの!」

「ふぅん、私あんまりそういうのを熱心に観るタイプじゃないんだけど、どういうチャンネルなの?」

「『ハルツカハウスチャネル』!」

「へー、とは…?」

 どこで区切ったらいいのかわからない。


「ミサキさん知らないんですか?カップルチャンネルですよ!藍李さん、私も欠かさず観てます!」

 後輩がいそいそと話しかけてくる。カップルチャンネル。頑として興味が無い、んだけど、それを言い出すのは違うので割愛しよ。


「そうそう、マジでツカサちゃん可愛くてさ、この前投稿してたやつとか、さりげなく夜寝る前のスキンケアとかもしてて、超参考になるんだよね!」

ツカサが女の方なのか。いや、もしかしたら女同士…?ちょっとこれも割愛しよ。

「で、丁度昨日の夜も観てたんだけどさ、それが大音量で流れ来てさ、ほーんとありえなくないー?あーなんかこんなおじさんもこういうの観てるんだって」

「まぁそれは良いんじゃない?別に誰が見たっていいもんだし」

「だけどさ、明らかにおじさんなんだよ!あー私こんなおじさんと同じもの観てるんだって」

 誰が見たって良いじゃん、とまた思ったけど(省略)。


「藍李的にはさ、何でそのチャンネルの動画が好きなの?」

「やーっぱりツカサちゃんが超可愛いんだよねー!普通にツカサちゃん単独でも十分可愛いんだけど、なんていうか、自然体っていうか?やっぱり好きな人の前だとより可愛くなるような気がするんだよね!」

 藍李は恋に恋をしているのだろうか。もちろん、作ろうと思えば一瞬で彼氏はつくれるんだろうけど、本人の話はあんまり聞かない。クラスメイトの浮いた話で、いそいそといつも盛り上がっているだけで。


「でもさ、おじさんが観るぅ…?普通に子どももいて、結婚しててもおかしくないような年齢なんだけど、観るかなーって」

「う~んおじさんのことはわからないけど…普通に独身で寂しいんじゃない?憧れというか、単純に恋愛ドラマを見ているような感覚で観てるんじゃないかな」

「うわっ…寂しい…まぁでもそうだよね」

 シュークリームの行列が少し前進する。シュークリームを買っていく人達は、笑顔で溢れている。わざわざ並んで専門店で買うくらいだ。目の前のシュークリームに対して、1ミリの疑いを持つ余地は無い。

「まぁ色んな人がいるからねぇ。全員が全員同じように結婚する訳じゃないし」

「まぁそっか…よくわかんないけど…」

 「結局は人それぞれ」という魔法の言葉だ。


「まいいんだけどさ、たまたまその内容がちょっとエロい感じのやつでさ…」

 藍李は濁さずに「エロい」という言葉を使う。そういう飾らないところは、私も好きだ。


「お互いの初体験は?とか、週に何回エッチしてる?とか、ユーザーの質問に赤裸々に答える~っていう」

「あ~ありそうだね、ていうか尚更おじさんとか観そうじゃない?」

 ていうか藍李はそういうのもしっかり観るんだ。まぁ、観るのか。


「だよね~で大音量で結構詳しめの話が朝から流れてきたらから、電車で周りに乗ってる人も正直ひいちゃって、、」

「あー朝にはふさわしくないね」

「そうそう、で皆ゾロゾロ他の車両に移っていくの。そんなわざわざ出て行かなくても良いじゃんって思ってたんだけど、したらさ。ほとんどもう私一人になっちゃたんだよ!」

「それは相当だね…藍李も出て行くタイミングを見失っちゃったってことか」

「なんだよねーまぁすぐ駅着いたから良いんだけど、マジ朝から気分悪いわー」

 前のおば様がこちらをちらちら観ている。話に混ざりたいのだろうか。なんてことは無く、恐らく、動画の詳細をペラペラ喋る藍李の声が大きいからだろう。公共の場で話す上では良くないのかな。確かに、私なら積極的には話さないかもだけど。


「ていうか、ミサキは見てるチャンネルとか無いの?」

「う~んあんまり無いかな…別に観ないことは無いんだけど、特に決まったチャネルをしっかり観るのは無いかな」

「へーそうだんな。だったら今度観てみてよ、ツカちゃんかわいいから」

うん、観てみるね、と返しながら、私は店のカウンター側を見つめる。今は店員が3人。レジが1人で他2人がシュークリームを作っている。とはいっても、シュー自体は既に出来上がっているから、そこにどんどん注文を受けたらクリームを詰めていく。手際は良いから、どんどんシュークリームが出来上がっていく。


 器用だと思う。もちろんバイトとして少し勉強すれば出来るようになるとは思うんだけど、私には結構難しいような気がする。思わず、例えばシューを強く握りしめてつぶしてしまったり、クリームを必要以上に入れたり入れなかったり。あれかな、今日の倫理でやった中庸ってやつなのかな。難しいのは。まぁ、「中庸」って聞いて、ほぼ何も説明してないじゃんって思っちゃったんだけど。


 でも器用でさえあれば、あぁやって自分のペースで黙々と仕事に取り組めるんだろうと思う。誰にも介入されずに取り組めるんなら、それは楽そうだ。

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