小松菜なんて⑦

「そうですよね、小松菜沢山手に入ってますもんね。そうですね、、王道は味噌汁ですが、、」

 妹アロハは小松菜を手に取りながら、スマホでレシピを調べる。そうだ。そうなのだ。彼女は決してプロの料理人でも小松菜マスターでも何でもない。それなのにこんな依頼をしている私の方が絶対におかしいのだ。


「いや、でも全然難しかったら大丈夫だか…」

「あ、『小松菜とツナのカレー炒め』っていうのがありますね。これちょっと作ってみましょう!」

 妹アロハはスマホで見つけるや否や、颯爽と台所に向かう。


「そうですよね、味噌汁というか、今日だったらカレーに入れるのが早いんですけど、それだと芸がないですもんね。せっかくの小松菜なのに!」

「いや…実際は全然大した小松菜でもないんだけど、、ごめんねわざわざ作ってもらっちゃって…」

「いえいえ、カレーに単に入れるのは嫌ですけど、この程度だったら余ってるカレー粉でできちゃいますから全然平気ですよ」

 スムーズに、妹アロハは小松菜を洗う。正直、今日はミキサーに小松菜をかけることに夢中過ぎて、逆に「水で洗う」とか「包丁で切る」といったことがすっかり頭から抜け落ちてしまっている。だから、彼女の技が余計に光って見える。


「あ、そうだパン屋さん」

 ふとアロハがこちらを見遣ると。

「宜しければ、小松菜だけ切ってもらっていいですか?私、他の材料とか全部用意しちゃうんで!」

 あ、うん、と私は応答して、即座に台所に並ぶ。

 私は料理を手伝う機会を貰った。それは、貸し借りの関係性を平準化してくれるものである。


「包丁はこれを使ってください」

「はい、ありがとう…わ、凄くこの包丁使いやすいね…」

 たまにある、「力をほぼ要らない包丁」。


「ありがとうございます。結構すぐガタがくるんで、割と定期的に研ぐようにしています」

「え、自分で研いでいるの?」

「そうですね…特にルールは決まってないんですが、『気付いた人がやる』って言う感じですかね。でも千円位で研ぐやつは買えちゃうんで、それずっと使ってますね。意外とやったもん勝ち、っていうか」

 つまるところ世の中の真実は単純で、要は「一緒になんかやると仲良くなれるね」ということである。ああだこうだいったところで、こういうのが世の中の基本形なんだと思う。


「ツナ缶もありました~あ、小松菜も切れましたか?」

「うん、切れたよ」

 とはいえ、一気に仲良くなるということは無く、色々仕掛ける必要がある。


「この小松菜はね」

 つまるところ、自己開示の1点に尽きるのだか。

「今日お祭があったと思うの。でね、私のパン屋ではスムージーを出したの。この小松菜はその材料」

 単純に、こういうことを言わないと、文脈的によくわからなくなるから必要なのだが、どうも恥ずかしい気もする。


「店長が決めたの、今年はスムージーだ!って。おかしいよね…で私たちバイトは日が暮れるまでずっとミキサーをまわしてたの」

 妹アロハはしっかり私の話を聞いてくれる。良い奴だ。普通にそう思う。

「今日はお祭行った?」

「いや…特に行く相手もいないですし、あと宿題もヤバかったんで今日は言ってないですね…!」

「そうだよね、まぁ中学生ならそうだよね。で今日はたくさんスムージーを売りました」


 「モテる男性は聴き上手!相手が気持ちよく話が出来る状態を生み出すのが重要!」みたいな記事をどこかで読んだことがあるなら、私は凄く非モテの部類に入るだろう。特段性別は関係なく、自分語りをする奴がモテるとは一切思えない。それは私のように経験が少ない人間であっても、直感的にわかる。


「いや、あんまりこれ自分で言うことじゃないとは思うんだけど、結構売れたんだよね…あれかな、この辺りの住人は健康意識が高めなのかな…?でもスムージーって言っても、今回結構種類もあったから、割と材料の使い分けが大変でさぁ」

 私は、今少し疲れていると思う。一方的に会話を続けるなんて。少なくとも、カロリーゼロの話題とも全然違うから。


「バイトが一緒のやつがいるんだけど、全然優秀じゃないの。別に頭が良くないのはいいんだけど、普通に不器用だし、いつもノリで喋ってるし、だから一緒に余計にイライラするっていうか」

 自分でも、何が言いたいのかよくわからなくなる。


「でもね、大変ではあるんだけど、本当に暇な状態って時よりかはいいかなって」

 妹アロハはツナ缶を持ちながら、私の方をじっと見つめる。


「暇、というか何にもせずにぐうたらしている方が楽じゃない?私だって基本はそうだと思う。だけど、結構後々から見ると覚えているもんなんだよね。私が今までやって来たことって」

 輪投げをしたり、ぶどう農家の豆知識を聞いたり。


「覚えているだけで、別にもの凄い感動体験とか、楽しいことって別にないんだよね。でも、何となく、何もなかったけど、頭に残って思い出せるだけの過去があるって、悪いことじゃないんじゃない?って思うんだよね。上手く言えないけど…」

 上手く言えない。別に、私の人生に何か光がさすような体験をしたこともない。基本的に、私の過去は真っ暗だ。


 だけど、というか、だからこそ、その上で。


「だからさ、良ければお姉さんの話続けてよ。別に私がどうのこうのっていう訳じゃないけど、結構インパクト強いんだからね…記憶に残ってる」


 これは私の本心だ。ただ単に「よく覚えている」ということだけを私は言っている。そこに私に感情というものは介在しない。


「パン屋さん、私…」

「私は荒崎って言います。荒崎さん、とかでお願いね。あなたの名前は?」

 さっき表札を確認できなかった。

「七島っていいます。私は七島実希。あの姉は七島実咲って言います。よ…宜しくお願いします…!」

 むむむむむッ、なんて言っている暇はもうない。ただの偶然を受け入れるしかない…それを運命と呼べるには、まだ何もドラマチックなことは起こっていないけど。

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