小松菜なんて⑥

「ご両親は、帰宅、も何も無いか。働いていらっしゃるの?」

 あくまで、私から切り出す。さっきまでだったら、適当にはぐらかす中で、適当に話題が出てきたら応答する程度だったと思う。でも、少なからず、パクパクとカレーを食べた手前、積極的にそういう態度を示すことは違うと思った。


「はい、そうですね…結構今の時間だと、おそらく休憩で使われた部屋のベッドメイクの作業だと思います。全然別にスタッフさんもいらっしゃるんですけど、結局のうちの両親もやっちゃうんですよね。有難いことにお客さんは多くいらっしゃるので、どんどん回転してしまえばその分新しいお客さんに来ていただけるので」

 淡々と喋る。私だったら「まぁ…帰宅中ですかね…」程度しか言えないけど、この妹アロハはしっかりとした粒度で、自分の両親を普段から見つめているようだ。


「そういうこともあって、結構夜中も忙しいんですよね~どちらかっていうと朝方から寝るって言うか。だから私たちは勝手に色々家事とかやってますね。あ、『私たち』っていうのは姉の話なんですけど」

 「私たち」か。

「そうか、お姉さんとは仲は良いの?」

「ハイ!やっぱり両親は忙しいので、結構2人でずっとやって来たんですよね」

 妹アロハは自然な笑みの中、柔らかい顔をしている。


「両親と仲は全然いいんですけど、なんて言うんでしょう…あんまり最近、私の姉は折り合いがあわないっていうか…反抗期って言うか…」

「今更反抗期なのね…」

 人には人の時間の流れがある。

「昔はそんなことは無かったんですけど…高校デビュー?までもいかないんですけど、何故か高校に入ったら人気者になってしまって…」

 妹アロハは用意したカレーを前に、滔々と話す。まだスプーンは手に持ったままだ。

「中学の時はそこまで友達もいなかったようなので、結構勉強に力を入れていたんですよ。だから結局、一応県内でもトップ3に入るくらいの進学校に入ったんですね」

 むむッ。


「勉強が得意だったり、進学校に入ったりすること自体は良いじゃないですか。私にはまだわからないですけど、やっぱり大学は行った方が良いですし、欲を言えば有名なところに」

「まぁそうだねぇ。そういう環境でやっていけるだけの力があれば、やっぱりいいよね」

「そうですよね。なんですけど、ところがどうしてバスケ部になんか入ってしまって…」

 むむむッ。


「クラスでも人気者っぽくて…格好も最近は小綺麗になったんですよね。休みの日は学校の友達と服とかコスメを買うようになって、結構日常生活でも使うようになったんです」

 冷蔵庫から麦茶が入ったポットを彼女は出してくる。

「驚いたんです。勿論元々決して不器用な方ではないですし、そもそも華の高校生なので、そういうことに手を出すこと自体は凄く良いと思うんですね」

 お茶を出して、コップに注いで、私に渡してくれる。なんだか、時間稼ぎをするように。

「私も純粋に憧れます。だけど、単純に寂しいっていうか…来月は文化祭にも出るとか言い出して、三軍女子の私からすれば凄く遠くに行ってしまったような気がして…」

 むむむむッ。


「お姉さんのことが大好きなんですね…」

 とりあえず、当たり障りのない素直な感想を私は述べる。

「ハイっ、やっぱりずっと一緒にいたので…」

 一瞬涙目になったような気がした。もう少し熱を帯び始めると、少し面倒なことになりそうだ。


「あ、だからこの前も缶蹴りをしていたの…?」

 さっさと本題に触れてしまおう。本題を意識しておかないと、人間同士の会話は本当に脱線する。まぁ、そういう遠回りにも価値がある時があるのだけど。

「はい、そうなんです。まぁ、大まかに言うと、今お話しした通りって言う感じですね…」

 妹アロハは、少し顔をうつむきながら喋り出す。私と話をしたいのは歴とした事実ではある。ただ、そのことを積極的に話していいものかどうか、恐らく迷っているのだろう。


 こういう時に、人はどうしても偉そうな態度を取ってしまいそうになる。例えば、「大丈夫?俺でよければ話聞くよ?」という男のことを、誰が信用できるというのか。

 「私はあなたのためになりたい」という姿勢は、十中八九利己的なものだ。そんな利己的な気持ちの渦に、自ら身を乗り出したくなるような他者はいないだろう。もし仮に身を乗り出したとして、結局溺れるだけ。敗北。それは、人間にとってあまりにも不本意だ。

 何事も、貸し借りが必要だ。受け取ったら返したくなる。もちろん、人と人との間をつなぐ統一的な指標などと言うものは無いけど、明らかにどちらかが一方的に上とか下とかが決定してしまうのは、違う気がする。


 既に私は「缶蹴りに参加する」という、よくわからない盛大な貸しをつくっている。それに加えて、今から自分の姉の相談に乗ってもらうというのは、結構相談する側としてはやりづらいものだ。相談するのもエネルギーが要る。そんなに人間は「私は!!とっても!!!無力なんです!!!!」と声高らかに宣言する程、何も考えていないということは無い。

 ともすると、例えばここで「お腹が空きましたぁ~!!!」とかなんとか言ってカレーを全て食べてしまう…?とか…?いや、全く現実的ではない。おなかいっぱいです。


 探る。どうでもいい言い訳を探る。自分を下げる訳では無いけど、私なりの「貸しのつくりかた」を探る。私は実際のところ、基本的には1人で生きている、というか、1人で生きて行かざるを得ない状況に置かれているから、特段「貸しのつくりかた」が得意ではない。もっと言うと、そういうことに対して人よりハードルを高めに設定しているんだと思う。もっと普通の人は、さりげなく貸しをつくり、借りを得るのだろう。そこに思い負担感と言うものは無くとも、大方成立してしまう。強い。


「あの、その話」

 そうだ。負担感があるのだ。人と人との間には、どうしても重いものがあるのだ。だから、なるべく軽いものを、私たちから遠いものを材料にして、人とは向き合う必要がある。もちろん、それに何の意味があるのかと聞かれたら本当にわからないけど、それでも。


 トートバッグの中身。何気ない日常の積み重ねの中に。


「なんか…小松菜の良い調理の仕方とか教えてもらってもいいかな…?」

 本当に私たちとは異なる話題。カロリーゼロの話題。すぐ手元にある、気を遣わない話題。


「は…はい、もちろん…!ど、どうしたんですか…?」

「いや、お話聞いていると、やっぱりお料理が上手なんだなって思って、で、ちょっと私も教わりたいなって言うか…」

 言い訳としては、大変下手である。そんなに私は料理モチベが高くない。今日偶々手に入った小松菜が、偶々バイト用のトートバッグの中に入ってあった小松菜が、偶々目に入っただけである。というか、私の眼に映る私の所有物に関して、小松菜くらいしか使えそうなものがなかった。だから、これが本心だとも正解だとも全く思えなかった。

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