小松菜なんて③
「ホラ、だからクリームパンだって言ったでしょう?」
「はい…とてもおいしいです…」
「お店としてのおススメパンは、カレーパンとは他にもあるんだけど、やっぱりパン屋の実力を測る上では、まずクリームパンを食べておけば確実よ」
「そうなんですね、どうしてクリームパンなんですか?」
「うーん、まぁ他のパンでも良いとは思うんだけど、使ってる素材の差が出やすいと思うんだよね。小麦粉、卵、牛乳っていう、パン屋の基本形が詰まってるから、それがきちんと出来てないと、他のもっと凝ったパンもそこまでのクオリティだよね、って言う感じかな」
「なるほど…あまりそういう視点で私パン屋に行ったことが無かったですね、、」
時刻はもう21時を周っている。私たちはラブホを目指して国道沿いを歩く。信号が青になり、車の量が増える度に、お互いの声が聞こえなくなる。だけどそのくらいの方が、私としても話しやすい。どうせ沈黙が生まれて丁度いいくらいの関係なのだから。
「私お相撲とか全然見ないんですけど、でもこの前テレビ付けたら、先月まで横綱だった人が警備員やってたんですよ!」
「何それ…?深刻な人手不足…?」
「全然知らないですよね!調べて初めて知ったんですけど、横綱が引退して相撲部屋を持つと、最初は本場所の警備員をやらされるみたいなんですよ!」
「へぇー、そうなんだ…私も全然知らなかった」
ていうか、何故こんなに絶妙に興味が無い話題をチョイスしてくるのだ…?
「ですよね!横綱として優勝もしたりして、第一線で活躍していたのに、親方としては新米だから、警備員から始めるんですって。なんでしょう、、やっぱり厳しい世界なんだなぁって思ったんですよ」
「あなたは角界を目指しているの…?」
この前の私と同じように、カロリーゼロの話題を提供してくれているのだろうか…?もしそうだとしたら、カロリーゼロの話題を提供することによって、様々なことをはぐらかしたいのだろうか?
だとしたら、それは私にとっても有難い。このままはぐらかしてしまった方が楽だ。
「SNSのアカウント作る時って、アイコンを登録するじゃないですか?」
「はぁ…まぁそうね、、」
「普通、適当な写真とかイラストをそこで選ぶじゃないですか?でも最初に『写真を撮る』って選択肢あると思うんですよ。意味わかんなくないですか?」
「そうね…そんなアイコンにしたくなる瞬間ってねぇよって思うよね…」
「そうですよね!なんとなく、過去を振り返った時に、これいいなって思うものを使いますよね。だから、絶対あのオプション要らないでしょっていつも私思います」
カロリーゼロの話題が続く中で、核心を突きたい自分もいる。だって、色々わからないことがあるから、というか、そもそも事態を整理出来ているという状態とも言えない。つまり、私が知りたいと思っていることを突き詰めていくと、全く別の論点も含めて当たっていかないと。私の想像力の器で収まるほど、世界はおとなしくない。
「パン屋さんは、アイコンはどういう感じなんですか?」
とはいえ、私を「缶蹴り」呼ばわりしない辺りで、積極的に触れて欲しい訳では差し当たりないのだろう。
「えーでも適当にネットから見つけたイラストとかかなぁ…?」
「写真とかじゃないんですね」
「まぁそうね…積極的に見せる顔でもないし…」
特に自分がネガティブという認識は無いけれど、私はそういうことを普通に考える。
「そうなんですね~何だかんだ自分の写真ってとらないですよね」
「え、あなたは違うの?」
普通なら『えっ全然可愛いのに、そんなこと言わないですよ~』とか嘘でも言われるのに、違った。いいけど。
「友達と出かける時でも、結構写真って撮るじゃないですか?私好きなんで、とか言ってスマホ程度何ですけど、率先して撮るんですよね」
国道の信号が赤になると、車の動きは止まる。大きい道路でも、一度信号が赤になれば静かになる。国道という位だから、普通の道より大きいのだから、信号が赤になっても全体の車の動きは変わらないんじゃないかって思っていたけど、そんなことはない。信号と信号の間隔が短くなろうと、長くなろうと、原理原則的なものはあまり変わらない。子どもの私には、少し意外なことに思える。
「友達いっぱいいていいね」
僻みでも妬みでも嫉みでもなく、私は100の言葉でそう返す。
「よくないですよ」
え~。
「写真いっぱい撮って、整理して、グループのアルバムに載せるじゃないですか」
大きい道で車を走らせるなら、信号なんか無視してずっと運転したいと思うけれど、そういう訳ではないみたいだ。よっぽど高速道路なら別かもしれないけれど。
「皆も載せてくれるんですけど、私の方が載せる枚数としては多くて、当たり前ですけど私以外の皆が写っている写真が溢れる訳じゃないですか、それで皆喜ぶじゃないですか」
「『だけど、自分の写真は一枚もないじゃないですか』と…?」
「そうです、ご名答です。そうなんです」
この辺りの心理は、わきまえているつもりでございます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます