小松菜なんて②

 いつも通り、金山と分担して粛々とパンを捨て、掃除に励む。正直、高校が始まると体力を奪われるから、バイトまでするのはしんどい時がある。夕方のシフトに入る程度であればいいのだが、今日のようなイベントごとがあるとさすがに疲れる。明日は土曜だからすぐ終わるとはいえ、また行かなければならない。円環的に、永遠に続くような錯覚に陥ると、正直何もしていなくても疲れてしまう。


 高戸さんに催促され、私は掃除をすべく店の外に出る。さっきまでの喧騒はどこえやら。今日も夜風が気持ち良い。夜空には何も見えないけど、誰にも干渉されないこういう瞬間が好きだ。


 そそくさと私は店の外に置いてある店の旗を片付ける。祭があったと言っても、店の外にゴミが落ちている訳でも無さそうだから、手際よく終わらせようとする。


「あ、あの…すいません、、パン屋の店員の方でしょうか…?」

 ふと気づくと、私のすぐそばに、女の子が突っ立っていた。中学生くらいか?制服は来ていないけれど、下は短パンに、上はアロハシャツを着ている。そして、何故かサングラスをかけている。


このあたりの街並みに、合わない。というか、こいつは知っている。


「あ!この前の!缶蹴り!」

 生まれて初めて缶蹴り呼ばわりされてしまった。


「あぁ…そうだったね…お久しぶりです…」

 正直、あの缶蹴りについては、あんまり楽しくもなんともなかった、というか、もうあの姉妹とも関わりたくなかったら、正直来られては困る。まぁ、今日もこうしてパン屋で働いているのは私なのだけど。


「えぇと…何か御用でしょうか…?」

 とはいえ、そういう本音を思わず言葉にしてしまったら怒られるから、普通の対応をする。相手は普通の相手だから。


「あっ、あの先ほどお電話させていただいて、あの…食パンを買いに来ました、、すいません、遅くなってしまって…」

「あぁ、あなただったのね。え、あなた?」

「はい…少し家で使う必要があって…」

 はぁなるほどと私は返しながら、彼女を店の中に招き入れる。

 閉店後のパン屋は、さながら殺風景だ。BGMも日中はオルゴールだけど、閉店後は日本のトップチャートが流れる。


 日中のパン屋は、多幸感にあふれた場所だけど、閉店後はそうはいかない。店内はガンガン流行りの失恋ソングが流れている。こんな失恋ソングが書けるなんて、さぞこのシンガーソングライターはアツい恋をしてきたんだろう。ていうか、そんなにまだ未練があるのに、また付き合っちゃえばいいのに。なんだか女々しいなぁといつも聞きながら感じる。

 高戸さんに妹アロハの事情を説明して、私はパンを包みレジを操作する。専用の大きめの袋にパンを1本ずつ入れ、大きな手提げ袋で渡してあげる。重い。頑張れば、人を殴って軽い脳震盪を起こせそうな程のボリュームだ。


「聞けよ」

 金山がぼそりと口を開く。

「うん?」

「いや、『何に使うんですか?』って」

「そんなの、あんたが聞きなさいよ。特に私は気にならないし」

 だってお金を払ってパンを買ってくれているんだ。それを何の目的で使ってくれようが、それはお客様の自由だ。

「そんな…聞きづれぇよ…」

「それは、私も同じデス」

 気にならないというのは噓になるかもしれないけど、そういうことを1つ1つ気にしていたらきりがない。こちらが意図した通りに受け取ってくれないという可能性に向き合うのが、ある種ビジネスというものなのだから。


「あの!こんなに大量のパン!何に使うんですか?」

 バカが一匹いた。

「たっ…高戸さん…!ちょ…」

「え?なに。いや、流石にちょっと気になっちゃって…」

 金山もそこまで知能が高い奴とは思わないけど、高戸さんはそれ以上だ。何も考えていない。良く言えば「思い切りが良い」という表現になると思うけど、そうやって何事もポジティブに変換してしまうのが、私は少し苦手だ。


「はい、家業でパンが足りてなくて…」

「家業?おうちは自営業なんですか?」

 確かに、「家業」という言葉を、私たちは普段使わない。カギョウ。


「はい、あの、インターチェンジのすぐ下のラブホテルなんです」

 ラブホテル…。

「えっ、あぁあそこの!ハイハイ、えっ?」

「はい、そこでハニトーをルームサービスで提供しているんですが、いつものパンの業者さんが急遽お休みになってしまって、、そこで急いでお電話したんです。本当にありがとうございます」

 ラブホのハニトー…。


「ていうかー高戸さん、『あそこの』って、いつもそこのラブホ使っているんですか~?」

 金山は「ラブホ」という言葉を、「まさにラブホっぽい」ニュアンスで口にする。

「いや、別に使わないけど。でもいつもよく車で通るからさ」

「あっ…そうですよね、、」

 冷静な対応をされる。何だかんだ、こんなんでも高戸さんは所帯持ちだからね。


「え、でも結構この店から距離あるんじゃない?どうやって来たの?」

「普通に徒歩です。両親に頼まれて来ました」

 妹アロハは、ひょうひょうと答える。心底天然という印象を受ける。

「う~んでもちょっともう遅いからなぁ…そうだ、荒崎さん。家の方向近いよね?」

「は…はぁ…そうですけど、、」

「じゃあさ、もう今日は上がってもらって大丈夫だから、この食パンを一緒に送り届けてもらっていいかな…?」

「あぁ…ハイ…いいですけど、、途中までになっちゃいそうですけど、大丈夫ですか?」

 何故こういう時だけ配達サービスをさせようとするんだ。〇ャムおじさんだって、個別の訪問はしていないというのに。


「いえいえ…そんな…缶蹴り…じゃなくて店員さんのご迷惑になってしまいますし…」

 完全に、彼女の中で私は完全に「缶蹴り」認定されているんだろう。そして、それを思わず言葉にしてしまう辺り、改めて心底天然という印象を受ける。


「いや!近くまで送っていくだけだから!どうせ同じような道で帰るんだし、全然大丈夫だよ!」

 金山が元気いっぱいに答える。お前が言うなよ…。

「じゃあ…お願いしても宜しいでしょうか…?すいません、、」

 さっきから思っていたのだが、この妹アロハはどこか遠慮が無い。以前遭遇した時は比較的オドオドしていたのに、今日は凄く穏やかな印象がある。こちらに、全てを預けに行っているような感じが。

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