小松菜なんて①

 そうこうしているうちに日が暮れて、あっという間に祭も終焉を迎える。

 神明社の例大祭ではあるものの、特段信仰心の強い人もいないから、適当に皆で店をまわって、飽きたら帰宅するスタイル。もちろん、打ち上げ花火のような超ド級イベントがある訳でも何でもないから、近所の人たちが自分のタイミングで帰って行くだけ。


 遅番の高戸さんに促されて、私たちはスムージーの出店を片付ける。余った材料を店内に戻し、ミキサーなどの使った器具も洗って片づける。


「いや~今日はパンが全然売れなかったわ~。とはいえ、スムージーは結構売れたみたいだから、まぁまぁそこでカバーできるかな~」

高戸さんがレジを見つめながらつぶやいている。そりゃそうだ、祭の時にパンを食べようと思わない。というか、スムージーの売上でカバーできちゃうくらいの規模感なんですか、この店は…。


「そうだ、店長が言ってたんだけど、なんか『スムージーで余った材料で使わなかったやつは、2人で持って帰って良い』って」

「よっしゃ!いいんですか!バナナとか持って帰っちゃいますよ!」

 サルですかあなたは…。


「あ、ごめん、パンにも使える材料は店で引き取るんだけど、、」え~っとバナナ、リンゴ、にんじん、ぶどう…あ、ごめん結局小松菜以外全部ダメだわ」

「えぇ…小松菜しか持って帰れないんすか…」

「ごめんごめん、まぁ今日もさ、売れ残ったメロンパンとか持って帰って良いから!」

 メロンパンは小松菜のフォローとしてふさわしいのだろうか。メロンパンとしても不本意だろう。


「わかりましたよ…じゃあ荒崎、小松菜を二等分するぞ」

「いや、私は小松菜なんて要らない…」

「なんでだよ!」

「そんな…我が家は小松菜足りてるんで、、」

「いやいや!二人でスムージーを売った仲だろ!ほら、持ってけよ!」

 某「自分の傘を雨の日に差し出すイケメンボーイ」並みの勢いで、私は小松菜を受け取らざるを得ない状況に追い込まれる。仕方ない、味噌汁に追加してもらう。こんなんなんぼあってもいいですからね!


「そうだ、さっきさ変な電話がかかってきたんだよね」

 思い出したように、ふと高戸さんが話し出す。

「どうしたんですか高戸さん」

「あのさ、閉店するくらいの時間にさ、パンの注文が入って、『今余ってるだけの食パンをお譲りいただけないでしょうか?』って来たんだよね。まぁパンを買ってくれるのは全然普通だからいいんだけどさ、そんなにさ、パンをあるだけ欲しいって思う時ってあるか…?」

「自分はそんなにないっすね…ちなみに、今食パンってどれくらいあるんですか?」

「4本」

「12斤分上げるんすか…何すかそれ…いたずら…?」

「でも普通のおじさんから電話来たんだよね。ていうか、『この後パンを引き取りにすぐ伺うんで少々お待ちいただけないでしょうか?』って言うから、俺まだレジ締められないんだよね~あ~やっぱり断ればよかったかも」

「高戸さん、何か用事があるんですか?」

「いや、特にないんだけど、10時からゲーム実況観たいからさ」

「すげぇ正直な理由っすね、、」

 こんな時間に、どうしてそんなに食パンを求めるのだろう?「大エビフライ祭りをするのにパン粉が足りなんです…」とか?いやいや、そんなはずは、というか「大エビフライ祭り」って何だよ。

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