スムージーなんて②

「お待たせしました。こちらアボカドのグリーンスムージーです。ご注文ありがとうございました」

「はいよ!小松菜ぶどうスムージー!いってらっしゃい!」

 私たちは商品をそれぞれお客さんに手渡す。なぜだかどうして、パン屋がスムージーなんて出すのが珍しいのか、結構飛ぶように売れた。


 祭も終盤、売り上げのピークも超えて、一息落ち着く。


「いや~疲れたな~でも結構楽しかったな」

「どこが…?」

 こいつは結構ポジティブな奴である。そういう奴であり続けている。


「だってさ、普段あんまりミキサーなんか使わないからさ、結構新鮮だった、ていうか」

「まぁそれはあるかもしれないけど、でも私は凄く疲れた…結構ミキサーって抑えるの体力要るし…」

 金山は体格が良いから、やはり体力もそこそこある。終日のシフトもものともしない。このあたり、男女の壁というのは絶対あるとつくづく思わされる。


「まぁそうかもだな!でもやっぱりお祭ってさ、こっちも舞い上がっちゃうって言うか、落ち着かないって言うかさ!」

「はいはい、それはさっき聞きました」

 こいつは、同じ思考回路をぐるぐる回っているらしい。成長が無いのか…。


「金山ってさぁ」

 成長が無いキミに、私から贈る質問。

「なんか悩みとかって持つことあるの…?ちなみに予想だと「全然無い」になるのだけど…」

 特段深い意味もなく、祭と祭の間を埋めるための質問。


「え、全然あるよ。俺だって、そりゃあるさ」

「ホントにいってる…?どうせ『今日の晩御飯は何だろう?』とか」

「そんな、本当に王道の少年が抱く悩みじゃん…俺だってそれなりにあるから!」

 金山が私の顔を見つめながら言う。顔はいつも通り笑っているけれど、きちんと姿勢をこちらに向けてくれた。


「ほぅほぅ…果たしてそれは何になりまか…?」

「えっとな、そうだな、ちょっと待ってな」

「早速雲行きが怪しいじゃん…」

「いや、別にそういうつもりじゃないんだけど、なんだろう…悩みって言うより、最近思ったこと、みたいな感じでもいいか?」

「もちろん、ちょっと普通に気になって来たし」

 こいつも「思考」というものをするのかどうか。


「この前さ、晩飯食べながら〇HKの健康情報番組を観てたんだけどさ」

 導入だけ聞くと、本当に重要度が低そうな話である。

「その日はさ、『ぶどう特集』をやってたんだよね。丁度今日のためにスムージーづくりの練習をしていて、ちょっと気になって観てみたんだよね」

 さっき作った小松菜ぶどうスムージーにも、その名の通りぶどうが入っている。ごく一部だけど。


「でさ、『種なしぶどう』と『種ありぶどう』の特集だったのね。荒崎知ってる?今は市場に出回ってるぶどうのほとんどは『種なしぶどう』なんだって」

「へーそうなんだ、でもあんまり気にしたことないかも」

 私もぶどうが入ったスムージーを今日いくつかつくったけど、そういったことを考えたことは無かった。


「そうそう、俺も初めて知って、で番組では実際の農家さんに話を聞いてみよう、みたいな展開になったんだよ。『ぶどうは種ありか種なしかどっちがおいしいか』って」

 周囲では祭を楽しんでいる人であふれている。勿論普段の商店街も人はたくさんいるけれど、改めてこういう場に来ると、近隣住人は結構多くいるんだなと思う。普段は皆どこにいるんだろう…?その多さに、たまに驚く。本当にこの人たちはこの近所に住んでいるのか?と。


「結論から言うと、『種ありぶどうの方が種なしぶどうよりも甘い』んだって。種がある方が、ぶどうも甘くなって、確実に動物に食べられるようにしてるんだとさ」

「へぇ、ぶどうも色々考えているんだね」

「そうそう、それこそさ、今は『種なし』の方が主流なのに、そっちよりも甘いんだって。結構俺もビックリしちゃって、で、そのまま番組はつづくんだけど」

 金山は変わらず笑っているけど、喋る口調はすこぶる真剣だ。傍から見れば結構どうでもいい会話に見えてしまうけど。


「実際の農家の人にインタビューするの。『種ありと種なしのどちらがおいしいと思いますか?』って」

「なるほど、普段自分で作っていて結構食べる人に聞くのが確実だと」

「そうそう。でさ、まず最初に『種あり』をつくっている農家さんに質問するの、そしたら『種ありの方がおいしい』って言うんだよね。だけどさ、まぁそれは『種あり』をつくる農家さんだからそういうじゃん?っていう話」

「まぁ、基本はそうなるよね」

 手前味噌が、なんだかんだ一番おいしいものだ。


「スタジオもそういう反応になるんだけど、だから次に、公平を期すために『種なし』を作っている農家に質問するだよ。同じことを」

 ちなみに、私たちのスムージーづくりとは、このあたり一切関係が無さそうになってきた。

「でさ、俺驚いたんだけどさ、『種なし』を作ってる農家も、『種ありの方がおいしい』って言うんだよ!」

「へぇーそれは結構おもしろいね」

「そうだろ?でさ、高く売れるし市場で主流だから『種あり』を作るんだ、とかさ、趣味で葡萄を作るんだったら『種あり』を作る、とか言うんだよ!」

「なるほどね~まぁでもそっちが売れるならそうするんじゃない?」

 そうだ、生き残らなければならない。特に自分が好まないものであっても、生き残るために必要なことがある。


「いや、まぁそうだんだけどさ、、でもさ農家って自営業じゃん?比較的自由だと思ってたんだけど、やっぱり一筋縄では行かないんだな…って」

 意外と、金山はきつい表情をしている。農家に共感する気持ちがあるのだろうか。


「俺達って、まぁサラリーマンというか、会社とか組織に所属する訳じゃん?それで苦労することはあると思うし、そのこと自体は何とも思わないんだけど、こういう農家さんみたいな、比較的自由そうな職業でも、難しい部分があるんだなって」

 共感したのかもしれないけど、だからと言ってこいつに農家の何がわかるというのだろうか。

 普段はとても自由そうに、かつ何も考えて無さそうな金山であっても、少しは考えるのか。自分の未来と言うものを。

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