ステージなんて⑪
「どうも、ありがとうございました!」
ミサキミサキの掛け声。拍手喝采。さぞ人気者たちなのだろう。もしくは、観客がよっぽど暇な人ばかりなのか。
祭というのはおそらく神聖なものなのかもしれないけれど、そういうことを理解している人間がどの程度いるのだろう?言ってしまえば、皆暇つぶしにとって都合のいい言い訳を探しているだけに過ぎない。ハロウィンがまさに好事例だ。恐らく、収穫を祝う?みたいなハロウィンの本義を理解して、それに奉仕しようとする人は渋谷に集まらない。単純に、大っぴらに騒げるタイミングを常に伺っているだけである。正直、そういった機能しか持たないのであれば、文化祭なんてやらない方が良いに決まっている。楽しくない。
「じゃあ僕らも一旦教室に帰ろうか…なんか、疲れちゃった…」
「そんな疲れることは無いでしょ…」
高畑が、思わず「じゃあどこかで休憩してく?」と返してしまいそうなセリフを口にしながら疲労している。
「ていうか、なんでそんなに疲労してるのよ…」
「いや、なんだろう、単純にこういう場が苦手っていうか、普通にうるさいから耳も疲れるっていうか…」
「お前の居場所は静かな個室だけなのかよ…」
「う~ん…そういう場所は好きではあるけど、実際ずっとはいたくないかな…さすがに人と少しは関わりたいって言うか、、良く言うじゃん、やっぱり普通の『懲役刑』よりも『禁固』の方が苦しいって」
「いや『良く言うこと』は無いよ…刑罰はそこまでポピュラーなトピックでもないし…」
「えぇ…そうかな…ごめん、でも、本当に『部屋にじっとしているだけ』って言うのが何よりも苦しいらしいよ…幸い僕は一応学校に通っているから良いけど、本当に『部屋に引きこもろう』ってなったら、凄く辛いんだと思う」
なるほど。人間の基本形は「ないものねだり」なのだろうけど、高畑もそのあたりは心得ているのだろう。人と関わりたくないけど、1人にはなりたくないという、絶妙な贅沢。
「まぁ高畑君、あなたは今の位置が結構ベストだと思うわよ」
知らない間に、委員長も高畑に向かい直って話しかける。
「仲の良い友達は一人も無いけれど、しっかり登校はしていて、好きな本とか自分の趣味をきちんと持っていて、こういう行事には一応参加している、その程度が丁度良いんじゃないかしら」
「ちょっと、『友達が一人もいない』って言わないでよ…」
「あら失礼、では誰と仲が良いんだっけ?」
答えは言うまでも無かった。
バスケ部員が一人一人ステージから降りてくる。同時に周囲の観客も同じように解散していく。わらわらと、余韻を残しながらも、皆適当にスマホの画面を見つめながら、各々の本来の場所に戻っていく。
何事の無かったように、時間は過ぎていく。夢中だった瞬間は、熱狂は一瞬で終わりを告げる。これは未来にとって何になるというのか?
「まぁ輪投げの確認もさっき済んだことだし、私たちも帰りましょ」
ボンッッ。ボンッッ。ボンッッ。
「ねぇ、ちょっと話があるんだけど」
パフォーマンスを終えたバスケ部員の内、幹部と思しき4人が話をしている。
さっきよりも、ミサキミサキはとても小さく見える。私たちと同じ地面に立つその姿は、ステージ前方で一人で立ち尽くしていた時よりも、とても人間らしく見える。人間らしく、浮かない表情をしている。
どこか、見覚えがある。
「え~ミサキ超良かったよ~このまま文化祭まで練習すれば、本番もまず間違いないっしょ」
「ま…まぁそうだけど…でもさ…!」
私は眺める。ミサキミサキは言葉に窮している。
「きっとうまく行くよ~ちょっと私はもっと練習しなきゃって思ったけど、でも皆で力を合わせればきっといいステージが出来るよ!」
「そうだよ~!ていうか、今日のミサキ超カッコよかったよ!普段もすっごい忙しいと思うんだけど、やっぱりミサキだなって思った!」
周囲のバスケ部の幹部がミサキミサキを励ましている。同じ学年、同じバスケ部の幹部なのだろうけど、口から出る言葉の質量は、ミサキミサキのそれとは、また違って感じられた。
「あ、あぁ…どうもありがと…。うん、まぁそうね、がんばろうか」
ミサキミサキはまっすぐな表情をしている。前向きな表情ではあるけど、決して楽しそうではない。
すこし、見覚えがある。
「ほら、荒崎さん行くわよ」
「あ、そうだね。ごめん、戻ろっか」
少しぼーっとしてしまった。委員長に促されて、私は一緒に教室に戻る。
浮かない表情をしていた。陽キャの王者と言えども、祭りの中心であるはずなのに、浮かな表情をしていた。
熱狂してさえいれば、夢中でさえあれば、特に退屈することは無い。物事に「意味を見出す」ことをするときは、大抵退屈を感じている時である。あんな祭りの中心にいて、ミサキミサキは退屈を感じてたというのだろうか?
人の人格というものは、よくわからない。少なからず、私は教室の中で何かしらの立場や役割を求められていないから、いたって健全だ。一通りの人格しか持ち合わせていない。もちろん、家にいる時と比較すると少し違うかもしれないけれど、学校生活の中でいろいろな『顔』を分け併せて使う必要は全くない。
だから、あぁいう陽の者共は本当に大変だと思う。求められる像があるということは、結構大変なのだと思う。誰だって、人間だから、そうやって縛り付けられたらたまらないだろう。
という、まぁまぁよくあるような話の中に、ミサキミサキもいるのだろう。本当に大変なんだと思うけれど、正直、「まぁ大変なんだな」と思うだけで、別に、何かが動き出すわけではない。
「さっき、何見てたの…?」
などということを考えていたら、高畑が話しかけてきた。きみ、人に興味があるのか!
「いや、別に何でもないけど、さっきステージに上がってた人たちがなんか話し合ってたから、少し見ていただけ」
「そ、そうなんだ…荒崎さんもそういうのに興味を持つんだね…?」
「む、どういうことかな?」
心の声が聞こえたのだろうか…。
「いや、単純に、さっきあまりこのステージに興味が無さそうな感じだったけど、結構出ている人には興味があったのかなって」
「あぁ~言い得て妙かも‥パフォーマンスはそんなに面白くなかったけど、ちょっと出てるやつがどんな人かは、多少は気になるのかもね」
割と高畑も一応人を見ているようである。
「そうなんだ…結構荒崎さんって優しい人なんだね…」
「『結構』って何よ…ていうか、そんなに私優しい人でも何でもないわよ…」
気になるというのは、多少の野次馬精神もあるのだろうけど。
「多少はバカにしたいんじゃないかな?あぁいう陽キャを見て」
少しだけ本音を言う。まぁ、本音と言うより、自分を客観的な印象ではあるけど。
「あぁ~出ました~荒崎さんの金言!『他人をバカにしたい!』」
委員長が振り返って私の言葉尻をとっ捕まえる。
「えぇ…そんな、私超最低な奴じゃん…」
「ふふふ、でも荒崎さんってそういう人なんだと思う。冷めていて、実はとても頭が良いから、どこかで他人より自分が優れていると思っている」
「ちょっと…私そんなんじゃ…」
そこまで言われてしまうと、私も言葉に窮してしまう。反論したくなる。
あぁ、こうやって一つ一つ反応してしまうところなのだろう。
「いいじゃない。そういうの」
「えっ…?」
急いで言葉を返そうとするときに、委員長は語りかける。
「別に、そういうのって普通の人間っぽくていいんじゃないかな。まぁ、あんまり他人のあら捜しだけしているようじゃアレだけど」
委員長は柔らかい顔をしている。あぁ、しっかりこういう顔が出来るのか。今更だけど、改めてそう思う。人と言うものに対して。
「そういうの、私的にはちょっと自覚している程度で良いと思うわよ。というか、荒崎さんもしっかりそういうところがあるのね…!もう少し、特にあんまり今回の文化祭全体にも興味を持ってくれていないのかと思ってたから」
「うん…そうだね…荒崎さん、ちょっと性格悪いくらいで僕も安心したよ…」
「いや…何それ…性格悪いと安心するんかい…」
ちょっとしたどMなのかと思ったけれど、でも、そこまで自分は冷たく見えたのだろうか?少し、救われたような気はした。
私だって、人間に興味がある、とは思うけれど、こうやって口にするとよくわからなくなってしまう。第一、本当に人間が好きな人は「私は人間に興味があります!」とは言わないだろう。そんな定義をすることなく、グイグイ人と関わってくる。そんな言葉、気持ち悪すぎるから。
だから、私はまだわからない。興味があるとは思うけれど、大変それは薄いベールの様に、自分の心の奥側に張り付いているだけ。「そういえばそう」というだけで、決定的に他者と関わる上では、あまりにも卑屈で、情けないのだった。
◆◆◆作者よりお礼とお願い◆◆◆
土曜更新漏れてすいません!ここまで読んで戴きありがとうございました。
またまた!一旦こちらで一区切りになります。
引き続き盛り上げるべく、是非とも!★評価とフォローをお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます