ステージなんて⑩

 15人に分散していた注目を、このミサキミサキは一瞬でクラップ音と共にわが物にする。左手を上げながら、我が物にした笑顔を浮かべている。


「カッコいいわね~ソロパートもあるのね~まさに陽キャ・オブ・陽キャね」

 委員長はすっかり楽しんでる。周囲と同じように、きちんと手を胸の前で叩いて。

「うわぁ…スゴいなぁ…絶対僕には無理だよ…」

 高畑は高畑で引き続きたじろぐ。いや、別にお前にステージに上がれと誰も行ってないからね…。

 音楽が再開する。さっきのより速いビートで、さっきより小刻みにミサキミサキは動く。クラップ音は、観衆の掛け声に変わる。


 さっきよりも、ミサキミサキはとても大きく見える。ステージ前方で一人で立ち尽くす姿は、はっきり言って同じような学年の生徒とは思えない。私はあんなに大きくない。

 だけど、だからと言って、特に何か心が揺さぶられるということは無い。私の体の前で合わさった手と手も、じっと動かない。自分も拍手をして見ようと思ったけど、タイミングを逸してしまったし、元々そういう柄でもない。


 もちろん、あぁ、私もあんな風に輝けたらな、と思うことは無い。だけど、正直ただそれだけなのである。心から本当にそう思っていたら、そういう努力を自分なりにしているはずである。もしくは、全然違うパラレルワールドに飛べるよう、毎日祈っているはずだ。


 委員長程しっかりテンションを上がることなければ、高畑程オドオドすることもない。ポジティブな反応、ネガティブな反応以前に、あまり関心が無いのだろう。「『好き』の反対は『無関心』」とはよく言うけれど、あれは間違っていて、普通に「『好き』の反対は『嫌い』」なのだ。もっと言うと、『好き』も『嫌い』も『関心がある』の一形態に過ぎなくて、大きい『関心がある』の反対が『無関心』なだけである。冷めている。


 私は眺める。ソロパートは長く感じられて、別にダンスが下手だという訳では無いのだろうけど、単純に飽きてしまった。熱狂しないのだろう。熱狂してさえいれば、夢中でさえあれば、特に退屈することは無い。物事に「意味を見出す」ことをするときは、大抵退屈を感じている時である。「勉強なんかして将来何の意味があるんですか?」という文句は、まさに典型例だ。勉強が死ぬほど楽しく、夢中になって取り組めるものであれば、そこに意味なんて、理由なんて求めない。もちろん、「時間を無駄にした」とも思わない。


 だとすると、私は今時間を無駄にしているのかもしれない。とはいえ、学校生活そのものが凡そそういう性質を帯びているから、今更そのことに苦しむということはない。


 ビートが次第にゆっくりになり、ソロパートが終了する。再び15人全員のパートに戻り、引き続き大盛り上がりであることには変わりなく、ステージを広く活用した立体的なパフォーマンスが繰り広げられる。


「やっぱり荒崎さんは興味なさそうね」

 突然委員長が私の顔を覗き込むように言う。

「まぁ~~…そうだね、うん、別に、うん、そうだね」

 特に隠すようなことでもないから、正直に私も応答する。

「そうだよね~私はこういう時積極的に楽しもうと思うけど、とはいえ全然私たちとは無関係だからね」

 相川さんは遠くのステージを見つめながら言う。


「私もあくまで、なんかこういう『出来事』を楽しんでいるだけなのかもしれないから、それはそれで不誠実だなって」

「ほぅほぅ、その心は」

「例えばさ、私スポーツで熱狂することともあまり無いのよね」

 騒がしい音楽の中でも、委員長の声はまっすぐ聞こえてくる。

「スポーツに興味が無いっていうのもあるんだけど、それ以前に『選手に興味が持てない』っていうか」

「私も、それちょっとわかるかも」

 野球中継さえなければ、私たちはどれほどのアニラジをしっかり予定通り聞くことが出来たのだろう、と思うことがある。


 「そこまで積極的に、ある選手に興味を持つことなんて無くない?特にテレビの画面上でプレイして、少しインタビューに答えているだけの人をさ、なんかSNSとかで積極的に交流が出来るなら違うかもだけど」


 私はステージ上の15人の名前を全員知らない。

「私の好きな人が、野球選手になったら凄く嬉しいと思うよ。誰よりも応援すると思う。だけどさ、そんなに好きな人っていなくない…?きちんと私なりにその人と関われないと、人に対する興味って湧かないと思う」

 おそらく、この盛り上がっている連中は、ステージ上の15人一人一人とさぞと仲が良いのだろう。恐らく。


「って考えると、私より全然荒崎さんの方が誠実だなって、なんか今おもった」

「いや…別に私は誠実とか不誠実とか以前に、そもそも何も考えてないから…」

 盛り上がりを見せるステージも、そろそろ終盤である。

「まぁまぁそうだよね、実際。でもそういうのも凄く良いなって、私は考えるよ」

 ステージ前方、横一列になり、波を描くように一人一人の動きが連動していく。チームワークの妙というか、決して個別ではなくしっかり団体戦としてこの文化祭に挑んでいるのだろう。


「誠実ねぇ…そんなものあるのかねぇ…」

 気を抜いてそんなことを考えていると、いつの間にかダンスは終わっていた。ダンスそのものは見事ではあるものの、よくよく考えたら音楽そのものは同じような店舗で続いているだけだったかたら、正直急に終わった感は否めない。

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