ステージなんて⑦


 ようやく倉庫にたどり着き、委員長が鍵を開けてくれる。

「荒崎さん、輪投げの場所ってわかる…?」

「いや…わからない…」

 彼女は私に何を期待しているのだろう。

「まぁそうよね…あっ、なんだ、あった」

 入口のすぐ右側、陸上で使うハードルの手前にあった。えぇ…使用頻度…。

「すぐ見つかって良かったわね!」

「この学校は私立輪投げ学園か何かなのか…?」

 3人で手分けして輪投げを外に出す。輪っかが20個と、輪投げの目標となる台が3つ出てきた。正直、完璧である。


「ちょっと汚いけど、でも当日雑巾で拭けば大丈夫そうね」

「そうだね!これを教室まで運ぶのも、そこまで重くなさそうだし」

 高畑君もテンションが上がっている。確かに、輪投げの企画を立てていたけれども、実際に目にするのは初めてだった。目にすることで、存在が確固たるものとなる。

 確かに、輪投げに対してこの歳になって意識を向けることが出来る方が、よっぽどおかしいとは思うから、少し新鮮ではある。

 ズリズリと輪投げを1セット運び出し、適当に輪投げに興じる。グラウンドの端っこで高校生3人が輪投げに興じているのは大変シュールである。

「結構これは輪を投げる位置というか、距離感が重要ね。本当は参加者の身長とかに合わせて変えた方が良いかもしれないけど、実際はそうもいかないかな~」

 私たち3人は輪投げにトライしながら、適宜自分なりに適切な距離を見つけていく。

 ちょいちょいグラウンドで練習をしている野球部がこちらを見つめてくる。そりゃそうだ、一応今日グラウンドをメインで使っているのは野球部だからだろう。「なんでこいつらはいるんだ?」と思うのは当然のことだろう。とはいえ、別にグラウンドを半面使おうとしている訳でも何でもないのだから、まぁまぁ多めに見て欲しいというのはある。


 「荒崎さんはさ」

 輪っかを投げながら、委員長は私に話しかける。

「部活とかには入ってないの?まぁ、入って無いからこれ手伝ってくれているとは思うんだけど」

 高校生にして、最適で最高な話題。そして、それに対してきちんと委員長は自分なりの仮説を持って話しかけてくれる。ただ質問をするのではない。自分なりの答えを持って、話を前進させたいという意思。そういうものは、こんな些細な会話のラリーから一瞬にして読み取れてしまうものだ。このあたり、人によって差が出る。


「ご名答です、入っていませんよ。パン屋でバイトしてる」

 一応私も合わせて、会話を先回りして応答するようにする。

「えぇ~素敵じゃない。良いなぁパン屋。そうだよね、部活なんかよりそういうのが良いもんね」

 勝手に私の意向をくみ取られてしまった。まぁ、合っているから全く問題ないのだけど。


「委員長は、部活入ってないの?」

 私に向けられた興味というものを、私も人並みに返してみる。あ、ちなみに高畑には興味が毛頭ありませんのだ。

「そうよ~まぁ私は勉強で手いっぱいだから、あんまりそれ以外にやってもなって」

「え…相川さんあんなに勉強できるのに…?」

 高畑が発する言葉な、何か一言足りない。気がする。

「勉強が出来るんじゃないの、してるだけ」

「あぁ…」

 高畑は圧倒されている。委員長は、言葉にそのまま本当の感情を乗せて喋る。言葉を通して、私たちが普段見えないものを見せてくれるように。質量がある。

 当たり前だ。勉強しているから勉強が出来るのである。元々出来るということは多分あまりないだろう。仮に元々勉強が出来るとしても、そこから努力をしているというだけなのである。机に向かって努力している姿が、私にだって容易に想像できる。


「なんかさ、この学校って『文武両道』であることを強く求めるじゃない?」

 まぁまぁ、そうである。この高校は一応進学校。一応県内でもトップ3に入るほどの名門校ではある。名門校で私たちは輪投げをやっています。

「正直私には厳しいなって。なんだろう、そんなにどちらとも追い求めるのは大変だなって思って」

「あぁ…僕もスゴくわかる…」

 高畑の共感も掴み得る。これだけでも委員長は相当なパワーがあると思うんですけれども。

「『部活も勉強も両立しよう』、というか、『両立させた方がイイ』とか『上手く行く』みたいなことってあると思うんだけど、それがどうもわからなくて」

 委員長はまっすぐ、「6」の的に輪っかを入れ続けている。うまい。

「多分、勉強はできた方が良いと思うのよ、それに、大学に、より偏差値の高い大学に行く方が良いとは思う。一応それに対して文句は無いし。ていうかそうなりたいし」

 輪っかがもう4つも入っている。相川委員長は、ブレない。

「ただね、多分同じレベルの大学に行った生徒が2人いるとして、片方が部活を凄く頑張っている子だったら、多分そっちの方が高く評価されると思うんだよね」

 すぐ脇で、ピッチャーの生徒が球を投げ続けている。きちんとした速さのストレート。遠くから見ても速く見えて、バッターとして登板する生徒の多くが、何も出来ずに交代していく。


「勉強の結果で見たらその2人は一緒じゃない?だけど、そうは見えない。要は勉強の成績なんかには本当は興味が無いのよ」

「結構委員長はズバズバ言うんだね…」

「あらそう?別にそういう訳じゃないけど。このくらい普段から考えているわよ」

 高畑の反応に対しても、委員長は平然と返す。

 そうなのである。エッジの利いた奴というのは、「エッジの利いた奴になってやろうわい」ということを考えている訳ではない。ただ単に、思考でいつも頭が満たされているだけなのである。引き出しを開けたら、言葉が色々出てくる。ただ単に、それだけ。

「結局『イケてる人間性』を求めているのよ。実際、部活も勉強も両立させられたらカッコいいでしょう?ガリガリ勉強してましただなんて、夢が無い。夢がある方がいいでしょう?」

 またバッターが交代した。まだピッチャーは黙々とボールを投げ続けている。バントとかもダメなのかな。

「そうそう、夢はあった方が良いに決まってる。でもさ、『あった方が良い』程度のものでもあるんだよね。なくても、まぁ生きていけるっていうさ」

 ピッチャーの投球は続くけれど、これはいつまでやるんだろう?よくプロ野球選手が、昔高校生の時出場した甲子園で登板し続けた結果、肩を壊すというのはよくある話だ。今の甲子園はピッチャーの投球回数に対して制限があるから、そんなことは起こらないかもしれないけれど。

「どうせその辺の大人も皆全員夢破れてるのよ、だから、少しでも生徒を通して夢を見たいのよね。でもそれはあくまで『生徒の夢』とイコールじゃない。勝手に『自分の夢』を見ているだけだから。勝手にやってくれって話だよね」

 「甲子園で肩を壊しまして…」というのは、ネガティブなものにも、ポジティブなものにも捉えられる。普通に考えれば『そこまで投球を続けさせた大人が悪い』ということにもなるし、一方で『そんなに頑張ることが出来て素晴らしい!』という評価もあるだろう。人の夢と言うのは、美しさも痛さも、どちらも併せ持ったものだ。

「夢なんて、ちょっとした人生の1つのオプションに過ぎないのにね。カツカレーはおいしいけれど、カツが無い普通のカレーでも十分満足できるでしょ?っていう」

「相川さん凄いね…僕も似たようなことは思う時はあるけど、そこまで明確に言語化することはあんまり出来ないかな…?」

「あらそう?高畑君も結構そういうの得意なのかなって思ってたけど」

「なんだろう…結論部分は同じなのかもしれないけど、そこに行きつくまでが、多分あんまり僕は得意じゃないって言うか…そんなに丁寧じゃないっていうか」


 高畑はさっきから「2」の的に輪を投げ付けている。ポイント自体は高くないし、輪投げのフォーム(という言葉が合っているのかどうかわからないけど)もなよなよしているけど、きちんと最終的には的に当たっている。外さないだけ凄いことだとは思う。

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