ステージなんて②
あの謎の缶蹴り日から、地味に足が筋肉痛になったけれど、程なく数日で治り、あっという間に新学期が始まった。とはいえ学校が始まるのは8月下旬からだから、まだまだ夏の雰囲気というのが残っている。
パン屋に行くか、学校に行くかの単純な違いであり、バイト代を貰えるかどうかといった違いだけど、やっぱり学校というのはしんどい。まだこのクラス企画を自分がやらされる分にはいいのだけど、3週間後の文化祭に向けてウキウキワクワクドキドキしている集団を見ているだけで、どうも落ち着かない。なんだよ、一番くじかよ。
私たち3人は、そんな「大きな流れ」に溢れてしまったから、仕方なくクラス企画の運営に従事している。本当は、「そんな企画やってられっかっぁ!」と投げうって、不良みたくサボってしまえばいいのだけど、そこまでの勇気は、無い。「いや、私マジで文化祭とか興味ないんで、ハイ」と斜に構えるほどの度胸は無いのである。自動的に、参加の波に乗せられる。
「要は、『謎解き』と『輪投げ』と『カフェ』っていう3つの要素のうち、2つはもう揃ってる訳。だから、あとは謎解きを適当に見繕ってしまえば大丈夫って言う話」
「なるほど…さすが委員長ですね」
「いやいや荒崎さん、そんな褒めることじゃないわよ。紙を書いて出すだけだし」
相川は、言葉にそのまま本当の感情を乗せて喋る。彼女が言う通り、この文化祭のクラス企画は彼女にとって負担にはなっていないのだろう。
「まぁまぁやるなら楽しくやりましょう、せっかくなら、楽しく」
正直、ハイパー不良になって、文化祭に一切かかわらないようなクール系女子に憧れていたというのは、実際自分の中にあると思う。だけど、それをするには、ちょっとこの学校は民主的でよく出来ている。学校側で管理できない、『生徒としてカウントできない生徒』に対しては、容赦がないのである。だから、面倒でも、こうやってクラス企画に参加せざるを得ない。
正直、「やるなら楽しくやろう」という考え方が、私は好きではない。『事実というものは存在しない。あるのは解釈だけだ』みたいな言葉が指し示す通り、多分「やるなら楽しくやろう」というのが真実なのだとは思うけれど。だけど、それになぞるなら、であれば私たちは『事実』というものに、『悲しい事実』というものに、負けてしまう気がするからだ。『悲しい事実』があるということを認めなくてはいけないのは、正直癪に障る部分がある。
「まぁまぁ別に私だって凄くやりたくてやっている訳じゃないし」
「えっ…そうなの…?」
高畑が不思議そうに委員長を見つめている。いや、それはそうじゃろう。
「そうよ。なんとなく席が前だったから委員長をやらされて、なんとなく委員長だからこの企画をやらされているだけ」
私が『あらさき』という名前で良かったと、密かに思ってしまったよ。
「まぁでも、普段やってる図書委員の方で何かをやる訳じゃないから、丁度良いんだけどね。少しは文化祭の風を浴びていないと、罰が当たるかなって」
やはり、この委員長は殊勝な奴だと、私は思う。
「なるほど…そうなんだ…じゃあ僕も頑張ってみるよ…」
「うん!せっかくだしね、些細な企画だけど少しは楽しんでいこう、ね、荒崎さんも!」
「あ…う、うん…そうだね…時間もあまり無いし、ちゃっちゃとやっちゃおう…」
話の冒頭で「あっ」と言っている高畑と、本質的には私も変わらないじゃないか…。
「えーという訳で、ざっくりと企画概要としては、
・基本的にはカフェ(ペットボトルのジュース)
・脇に置いてある輪投げで遊ぶことも出来る
・入った輪っかの数に応じて、運営側から謎解きを出題する、それに正解したら飲み物をプレゼント
という感じで行こうと思うけど、いいかしら?」
「良いと思う。というか、こういう動線しか思い浮かばないよね…」
『謎解きが解けた人からジュースを飲んでよし、飲み終わった人から即輪投げに移行』というハードカフェでもいいけど、絶対に苦情が来る。
「僕も良いと思う!あとは謎解きをたくさん用意すればいいってことだよね」
「そうそう!とはいえ、図書室で謎解きの本何冊か借りてきたから、このあたりを参考にしてみよう。レベル感とかも本によってまちまちだから、ちょっとそのあたりも今日話し合いたいと思っています」
そう言いながら相川は私たちに謎解きの本を配る。普段絶対に行かないであろう図書室の、絶対に手に取らないであろう本たち。
「結構うちの学校って、こういう本も揃ってるんだね。確かに、こういう本から引用しちゃえば簡単そう」
「そうそう!早速だけどなんか出してよ荒崎さん!」
「えぇ…なんだろう…ていうか『謎解き』って言っても色々あるんだね。私マッチ棒動かすやつだけだと思ってた」
「そうそう!結構種類も多いんだよね。できれば実際の文化祭の場でもやりやすい奴がいいんだけど…」
「あ、これいいかも『水平思考ゲーム』」
私は、偶々見つけたページを2人に差し出して見せる。
「えー、なになに…?『まず問題の出題者と回答者に分かれます。出題者は最初にクイズを出し、それに対して回答者は【はい】か【いいえ】で答えられる質問を出題者にします。出題者とやりとりをする中で、回答者は答えを推理していく、それが【水平思考ゲーム】です』ね…」
「僕昔やったことあるかも‥あれだよね、答えを直接聞いちゃダメって言うやつ」
「そうね…質問をして答えるっているやりとり自体は平たんだから、一回やってみようか」
そう言いながら、私は適当なページを見遣る。
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