缶蹴りなんて⑦

 結論から言うと、「パン屋探し」は難航した。というのも、普段はほぼ「妹が滑り台の後ろに隠れているのを見つける」という、ほぼ缶が要らなくても成立してしまうゲームになってしまっているせいで、それ以外の場所に逃げてしまうと、途端に対応出来なくなってしまうようである。

「クソ…あいつはどこだ…?」

「パン屋さーん!助けてー!」

 姉の方は、かなり不測の事態だったらしく、かなり焦りが顔に現れている。そして、片方の妹は、それはそれは顔が濡れてしまった時の〇ンパンマンを助けようとする時にしか出てこないであろう台詞を叫んでいる。

「いや…ほかに隠れる場所なんてあるのか…?」

 いや…あるだろ…というか、探してよ。どうして、いつもの滑り台の下以外のアイデアが浮かばないのだろうか。探してよ。

「う~ん実希、こういう時はどうしたらいいんだ?」

「そうだね…そんなすぐパン屋さんがここに来るはずもないから、ちょっと探しに行った方がいいんじゃないかな…?」

 囚われの身である妹アロハは、鬼に助言している。ここは、単純に姉に助言をしたい妹としての発言か。それとも、囚われの身として、私に助けてもらえるようにするために、姉をまくための発言か。

「そうか、じゃあちょっと真剣に探さないとなぁ…」

「今までは真剣に探してなかったのね…うん、行ってらっしゃい」

 滑り台、ブランコ、シーソー、ジャングルジム、小さくても、一通りそろっている公園を、姉はめぐる。

 いわば灯台下暗し、私は鬼の陣地からほど近い、ベンチの後ろに潜んでいる。

 ベンチの後ろは、狭いしぬかるんでいるし、普通に汚い。正直、缶蹴りに参加したことを後悔している。後悔しているけど、それはそれでここまで妙に首を突っ込んでしまった私自身の責任だから、ひとまず耐えることとする。

滑り台、ブランコ、シーソー、ジャングルジム、小さくても、公園にあるべき施設が一通り揃っている。

小さな公園の中に、大きな疑問が詰まっている。何故缶蹴り?あの2人はどういう関係性?あの姉の目的は何?何故、今日私のバイト先に現れたの?

疑問を持つということは、そこまで難しいことではない。自分が持つ「違和感」というものの正体に、少しだけ敏感になればいいだけだから。

ただ、それだけ自分の中で問いを立てたとしても、特段、それが解くべき問いであるとは限らない。だから、頭の中でたくさん思いついても、ただ、流れていくだけ。

いつだって私は、言葉という武器を持っている。いつだって私は、言葉で誰かを刺すことだってできる。ただ、それを使う機会も、それが価値を持つ機会も、私には訪れることはない。

「くっ…あいつはどこに行ったんだ…?そんなに変な格好もしていなかったし…そんなに探すのが難しいとは思わないんだけど…」

「でもお姉ちゃん、今日は楽しそうだね」

「む、どうしたの?」

「なんか、パン屋さんを探すのに、すごく一生懸命になっている。普段じゃあまりないもんね、こういうこと」

 じゃあ普段もあんな感じですぐ見つかってしまっているのね…

「そうかな…?まぁ私鬼だし、ていうか鬼だから。最後まで探さないといけないし。あいつがいつ実希を助け出しに来るかわからないし」

 鬼だから、鬼は、隠れている子どもを探さないといけない。隠れている子どもは、鬼に見つからないように、缶を蹴ることで捕らわれた子どもを助け出さないと行けない。

 やらないといけない。何故なら、そういうゲームだからである。とはいえ、このゲームに参加するにあたり、私は超絶アグリーな状態で参加したという訳ではない。

 だから、今思ったんだけど、これは逃げても別にいいのだ。正直、捕らわれの妹を助け出したいと思う「理由」が別に見当たらない。彼女が私にとって特別な存在でもないし。

「トイレ…?いや…トイレか…?ていうか、缶蹴りとかかくれんぼでトイレに行くってご法度だよな…?」

「いや…パン屋さんはそこまでひどいことはしないと思うよ。トイレって汚いし、ちょっと危険だし…」

「どうだろう…でも他に探す場所なんて無いぞ…実はもう帰ってしまったとか?」

「う~んパン屋さん帰っちゃったかな…でも責任感は強そうだったからそんなことは無いと思うけど…」

 責任感が強そうってどういう推論なんだろう…?

「でも私たち強引に誘っちゃったかもしれないね…どうしよう、怒って帰ってしまったら…」

 別に怒っているかどうかはともかくとして、正直あの妹が私を怒らせたとしても、本質的にはどうでもいいことだろう。何故なら、赤の他人だから。

 そうだ、赤の他人なのだ。だから、何をしても、どう思われようとも、正直どうでもいい。

「いや、トイレだ!トイレだな。ああいう奴はトイレに行く」

 そうだ、赤の他人なのだ。だから、何をしても、どう思われようとも、正直どうでもいい。

 姉の方は、既に勝ち誇ったような顔をしている。

「いやぁ、何だかんだ言って、結論は単純だったなぁ!どうして気付かなかったんだろう!」

 そうだ、赤の他人なのだ。だから、何をしても、どう思われようとも、正直どうでもいい。

「こんな狭い公園の中で、手っ取り早く隠れるならトイレだな!やっぱり、あの顔はそういう卑怯なことを考えそうだし」

 そうだ、赤の他人なのだ。だから、何をしても、どう思われようとも、正直どうでもいい。

「最初からそうやって考えておけばよかったんだよ、プライドは高そうだから、公園から逃げることはしないだろうけど、カロリーのかからない楽な道を選びそうだろう?」


 そうだ、赤の他人なのだ。だから。


「お姉ちゃん、あんまりパン屋さんを悪く言うのやめてよ…そんな、勝手なイメージじゃん」

 トイレの方に向かう姉を見つめながら、妹はそう呼びかける。

別に、私のことをかばう理由なんてどこにもないのに。


 ボンッッ。


私は、気付いたら、一斗缶を蹴り飛ばしていた。

ベンチの裏側から、駆け出してしまった。

あっ。なんか、要らないことをしてしまったかもしれない。

立ち上がってしまった。別に、鬼に捉われた仲間を救いたい訳でもないのに、ただ自分のためにやってしまった。所謂「魔が差す」というやつだろう。

「あっ、、くっそ、、見つけたぞ」

 あ、バレた。一斗缶は音だけやけに大きいから。

「パン屋さん…!私のことを助けに来てくれたんですね…!」

「いや、そう訳じゃないから…本当に、なんか真面目に缶蹴りに参加しようとした訳じゃなくて…」

「そこのベンチの裏にいたんですね、私、全然気づかなかったです…!さすがです…やっぱり、頭良いんだなぁ…」

「本当に、そんなんじゃないから…」

 妹が、目を輝かして私を見つめてくる。どうしよう、こんなに見つめられても、私はどころがどうしてこの場にいてはいけない気がしてきた。

「逃さない…絶対に、ひっとらえてやる…」

 一応、逃げているプレイヤーが缶を蹴ることに成功したら、捕まっている子は解放され、缶蹴りは仕切り直しとなる。だけど、このままだと、単純に鬼ごっこに移行してしまいそうだった。

「お姉ちゃん、缶は蹴られたから、缶蹴りはもう一回やり直しだよ…」

 いや、正直もう一回やる体力はない。隠れてただけだけど…。

「逃さない…!」

「え…ちょっと…捕まえてどうするのよ…」

 何か、姉の方が私に襲い掛かりそうだったので、私は走って自分の荷物を回収する。

「おい!逃げるのか!」

「いや…、普通にもう遅いんで…」

 ニコニコ笑顔をその場を濁しながら。

「っ帰りますっ!」

「あっ、コラ!まだ終わってないぞ!私が勝つまで!」

 私は荷物を持って公園の外に走り出る。別に走る必要なんて、逃げる必要なんて、どこにもないのに。

 もちろん、遅い時間だから早く帰るべきだというのはあるけど、予感として、ここにいると危険な気がした。

 多分、あぁいう風に言われて、単純にムカついたんだと思う。誰にどう思われたって良いし、何をされたってかまわないし、正直、ムカついたとしても、軽く流してしまってもいいと思う。別に「怒りを伝えた」ところで、何かが変わる訳ではないし。何かが変わって欲しいと思った訳で無いし。

 自分に、感情というものがあることを、いじらしく思う。苛立たしくも思う。そういう風に、感情任せに動いてはいけない、動く必要はないということに、どこか逆らってしまう自分がいることに、私は嫌悪感を抱くことがある。今日の様に。

 住宅街を私は走る。街の顔はいつもと変わらない。電柱。いつも思う。「〇〇動物病院 この先200メートル」のような標識が合っても、いつも、あまり実感が湧かない。

200メートルは、どのくらいの距離だろう。単純に考えて、50メートル走を4回やれば済む話ではあるけど、昔の、小学生の頃の様に、無心で走り抜ける自信はない。

 客観的な指標で、誰にとっても分かりやすい形で、結論を伝えられたとしても、私は他の誰かと同じように、そこまで辿りつけるかと言われれば、自信が無い部分がある。どうしても、道に迷うかもしれない、途中で工事をしていて道がふさがっているかもしれない。犬にかまれて、病院に搬送されるかもしれない。そんなことはないけど。

 私は走り続ける。別に本物の鬼が追いかけてくる訳でも、私の家がどんどん遠ざかる訳でもないのに。必要ないと頭ではわかっていても、駆け抜けたいと、思うことがある。


◆◆◆作者よりお礼とお願い◆◆◆

ここまで読んで戴きありがとうございました。一旦一区切りになります。

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