缶蹴りなんて②
「そんなお前たちに、お店からお願いがあります!」
そう言いながら、高戸さんはポスターを差し出す。
「『第36回神明社例大祭』、あぁ今度もお祭りのポスターですか」
「おっ!高戸さんもうこんな季節ですか!早いですね、本当に夏も終わるんですね」
毎年恒例、夏のお祭り。8月の第四週の土日に開催される。
「そうそう!でさぁ、今年も二人に少し手伝ってほしいことがあって…」
毎年恒例、夏のお祭り。子どもの頃は毎年楽しみにしていて、よく出かけてはいたけど、この歳になったら特段何も思わない。周りの同級生は、みなとみらいの花火大会とか、もっと大規模なイベントに行っているのかもしれないけれど、特段一緒に行く相手もいない。
「今年もさ、うちのお店からもお祭りの屋台を出さなきゃ行けなくて、でもそこまでうちの店人手が多いわけじゃないから、今年も手伝ってほしいんだよね…」
「えぇ~今年もソーセージを売りさばくんですか…?」
店長がビール好きだというだけで、昨年は勝手にうちの店だけで「オクトーバーフェスト」なるものを開催した。
「マジっすか…それは俺も嫌です…隣で日本らしい金魚すくいとかヨーヨー釣りをしてるのに、うちだけ『本場ドイツを目指しました』みたいな感じで超やりづらかったです…」
店長は熱意があるというだけで、お酒の販売業免許の申請をして、鉄板も買い付け、私たちに本場ドイツを目指したメルヘンな衣装を着せた。
未成年だからお酒の扱いはできないということで、私たちはひたすら鉄板でソーセージをメルヘンな衣装で焼いた。
大人はお肉もお酒も大好きだから、屋台自体は結構盛況した。だけど、パン屋の、日本のパン屋のプライドは無いのか?おい。プライド・オブ・ベーカリー!
「いや、今年はねぇ、オクトーバーフェストはやらないんだって」
「よっし!よかったー!今年は何するんですか?普通にパンですか?」
夏祭りとパンの相性は特段良くはないだろう…春ならパン祭りいいけどね。あれは多分、永遠の前の日。
「えっと今年は今年で変わっていて…」
そう言いながら、高戸さんはチラシを私たちに配ってくれる。
『ブレッド・ブリッジの新定番!夏のスムージー祭り!』
「は?」
「いやいや…荒崎さん…そんなキレ気味な顔しないで…」
「なんですか?これ。うちはジュースバーだったんですか…?」
「いやいや…パン屋ではあるんだけど…店長が今年はこれをやりたいって…」
まだまだ店にはパンがあり余っている。さっさと片づけて帰りたいのに、『夏のスムージー祭り!』の文字面はそうさせてくれない。
「なんか、この前店長がBBQに行った帰りにさ」
あの人鉄板好きだな…。
「サービスエリアに寄ったらしいんだよね。そこでたまたまバナナジュース?かなんかが売っていたらしくて、凄く美味しくてなんかハマったらしい」
「えっ、高戸さん…結構スムージー種類あるんすね…」
金山に倣い、チラシに目を向けてみると、結構な種類のスムージーが記載されている。「豆乳バナナ」、「キウイ」、「りんごとにんじん」、などなど。はぁ。
「店長、こんなにスムージー作ってどうするんですか?モデル?」
「いや、マジでその勢いなんだよね…普段もパンを作るのに野菜とか果物使うんだけど、それをフルフルに使って、仕事を忘れてスムージーづくりに邁進しているという…」
「あーだから最近のアップルパイ、リンゴが全然入ってないんですね…」
「あ、ホントだ、金山よくそれ気付いたね…。ていうかカレーパンもにんじんが入ってない…」
というか店長、もうパン作り完全に飽きてんじゃん…。プライド…。
「という訳で、明日からこのビラを配って、当日はスムージーを作ってもらうから、よろしく!」
まぁ去年の鉄板よりもミキサーの方が大分マシだからいいけど…。高校生でも、最早パン屋でも何でもない。。
スムージーの話が長くなってしまったので、急いで掃除を再開する。別に急がなくても時給は支払われるので良いのだが、後々チーフの社員から「帰るのが遅い」とチクチク言われるのが嫌なので、さっさとパンを捨てる。こういう場面では、変に抵抗をせずに勤勉なふりをしている方が、大変気が楽である。
パンを捨て、食パンなど次の日も売れるものは別で整理をして、棚を掃除する。大したことはない。というか主婦みたいなことをしているだけだ。自分がいわゆる家庭を持っていわゆる主婦になるイメージは全く無いけれど、1人で生きていくならこのような感じなんだろうなと思う。
棚を掃除して、床を掃く。当たり前だけど、床は最後に掃く。何故なら、掃除をしているとパンの粉などの汚れが床に落ちていくから、最後に一気に履いてしまうのが最も効率的だからである。ということは、考える必要もなく、ルールになっている。そしてこういうことは、ルールになっていなくても、自分で考えればすぐにわかることである。目の前の作業をどういう順番でこなすのが最も効率的か。それは「勤勉なふり」をするために必要なことに過ぎなくて、別にそれは特段楽しいことでも、価値があることであるとも思わない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます