オーロラなんて②

「まぁまぁ頑張ってよ、そんなに重く考えずに」

「ほら~またそういうこと言う」

「まぁ実際それ位しか出来ないしね~」


 実際その程度のものだ。私たちの関係性というものは。


「まぁ荒崎はその点悪質なことはしないからいいよねぇ」

 七島が私の方に振り返って私に話しかける。同じ暗闇でも、七島がまとう背景は、少し違って見える。

「その心は」


「この前さ、家のトイレが詰まって流れなくなっちゃったんだけどさ」

え、お前話聞いてた?と思うほど話が変わる。

「でさ、とりあえず、あのギュッってやってポンッってやるやつあるじゃん?あれで少し頑張ってみたのね」

 正式名称は知らない、というか知らなくてもいいけど、あの、あれね。あれ。頭の中ではいつも完璧なのに…。

「だけど全然治らなくてさ~結局夜遅かったんだけど、業者さんを呼んだのね」

「あぁトイレ使えないと困るからねぇ」

「で、なんか錠剤を入れれば、詰まっているものがとけて直るって言うんだよね。その費用が3千円位だったんだけど、でも必ず直る保証は無いって言うの」

 まぁそういうリスクヘッジが重要な業界なのだろう。


「その上で、なんかでっかい専門のポンプを使えば、ほぼ確で直るっていうのね、だけどそれが、なんと費用が1万円するっていうの!」

「なるほど、で、あれでしょ?その3千円の錠剤を使って、直ったらそれでいいけど、直らなかったら追加で1万円払ってポンプを使わなきゃいけないと!」

「そう!だから


① 錠剤を使って3千円で済むラッキーなパターン


② 錠剤では上手く行かない前提で、万全を期して1万円払ってポンプで確実につまりを直すパターン


③ ①で上手く行くだろうと思って、結局上手く行かず、追加でポンプを依頼し合計1万3千円支払うことになる地獄のパターン


の3つの可能性があるのです!」

 箇条書きは分かりやすい。流石小説。


「いや~それは悩むねぇ…結局どうしたの?」

「そりゃ①でしょ!」

「で?」

「結局③…」

「地獄…」

 大体予想した通りである。


「私だったら安全に②で行くな」

「なんでよ!勢いで断然①でしょ!私は私の家のトイレに期待していたの!」

「そこまでの勢いは私にはない…なんだろう、普通はそういうのってさ、確率とか、もしくはそれぞれのパターンの期待値とかを計算して考えるんだろうけど」

「キタイチ?」

「えぇ…成績良いんでしょう…?まぁまぁ、だからそういう面倒な話は置いておいて」

 たまに七島は抜けている部分がある。私といる時はより一層、たまにその傾向が現れる。


 私も立ち上がり、黒板の方へと歩みを進める。

「考えるんだよ、相手の意図を」

 教壇に上り、七島の方に目線を向ける。見下ろす形になる。


「向こうはさ、基本的に自分のお金儲けのことを中心に考える訳じゃん?」

「そう…本当にそれ、それ超思った…事後的に…」

 後悔の念は尽きない。

「いい経験になったね…で、そういう風に考えると、『なるべくお金を多くとりたい』ってなるじゃん」

「はい…その通りでございます…」

 別に悪いことは1つもしていないのに、七島は逮捕された容疑者のような顔をしている。

「で、正直トイレのつまり具合に関しても、程度っていうものはあると思うんだよね。簡単に直るか、それこそ、さっさとポンプを使わないと直らないか、とか」

 私は両手を教卓につけて、体を前にもたらせながら話す。さながら、授業のようである。


「とはいえ、私たちにはわからない訳じゃん、トイレが直るかどうかなんて。ていうか知る必要もないし。だから、結局向こうはどうとでも説明できるって訳」

 さながら、授業のようになったので、もう少し授業っぽくしてみる。だから、私はチョークを手に取る。


「そうだな…言葉でまとめると、『お互いの目的の不一致』とか『情報の非対称性』みたいな感じかな。

 それっぽく、箇条書きで黒板に書き付ける。まるで、本当にテストに出そうな単語に見えてしまう。

「結局、私とあなたの間では、求めるベスト時の状態も、そこに辿りつく上で必要な情報の量も違う」


 さながら、授業のようになってしまうと、やや説明が冷たくなる。こういう、あるなるな些細な出来事も、ちょっとした用語でまとまってしまうと思うと。黒板の字を見ながら、ちょっと後悔する。

「だけど、そのこと自体は悪いことじゃない…っていうか仕方ないことなの。自然なことなの。だから」

 大体のことは、客観的に説明できてしまう。もしくは、それっぽい理論めいたものは、調べればネットでも本でも、どこにでも転がっている。


 だから。


「『そういうものなんだな』って思っとけばいいの。もちろん『でも今回は上手く行くんじゃないか~』みたいなことも思ってしまうんだけど、そういう時でも、『あるあるのパターン』に従っておけばいいんだよ、考えるだけ疲れる」


 少しだけ、七島を突き放したような話し方になってしまう。普通の説明をしただけのつもりなのだけど、どこかで「正論」を押し付けるような形になってしまう。

自分としては、ただただ現象を説明しただけに過ぎないのだけど、どうも「先生」っぽくなってしまった。「先生」っぽくなってしまった途端に、凄く自分が「偉そうな奴」に見えてしまう。


 七島にはもっと普通に話した方が良かったか?これじゃ、その辺でイキり散らしている奴と見かけ上は同じじゃないか…。


「なるほど」


 お。


「さすがでございます…」


 期待は、良い意味で裏切られる。まぁそのことも、そこそこ期待してはいたけれど。


「なんだろう…私だったら今回1万3千円払ったことを忘れない!とはおもんだけど、なんだろう、荒崎みたいにこうやって言葉に出来れば忘れないかもって思った」

「お…おぅ…」

 絶賛の嵐。はずい。

「うーん荒崎はどん!と構えてるよねぇ、なんでなんだろう。私なんて、毎回いちいち騒ぎ立てているみたい」

「まぁそんなことは無いと思うけど…」

「いや、そんなことはある!絶対に私にはそんな風に捉えられないんだもん!」

 七島は、私をまっすぐな目で見てくる。ちょ…はずい。


 夏の暑さはとっくのとうに過ぎ去って、涼しい風が窓から吹いてくる。「まるでそれはオーロラのように」なんて言ってみたら少しは格好がつくのだろうけど、カーテンはどこまで行ってもカーテンだ。布。

 この時間になると少し肌寒いくらいだ。ようやく、衣替えした制服が身に合ってくる。


 夏の暑さはとっくのとうに過ぎ去っても、七島の熱量だけは変わらない。この熱量こそが、多分多くの人を惹きつけるのだろう。

 ただ、何故七島は私に対しても同じ熱量を向けてくれるのだろう。もっと言うと、他の人にはわざわざしないような話も。熱量と言うのは、人に向ければ向ける分だけ、減っていくものじゃないのか。だから、七島と話をしていると不思議な気持ちになる。どこをどうして、人と人とが繋がることができるのか。

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