第8話 直美(6)同窓会―親友多恵の不倫のはじまり
5月14日(土)集合場所の駅西口へは午後2時40分には到着した。進はまだ着いていなかった。幹事の秋谷さんがいたので同窓会の案内のお礼を言った。この指定場所に次々と何人かの顔見知りが集まってくる。
その中に
そこへ幹事の秋谷さんが跳んできて上野さんに話しかけた。それで思い出した。高校時代に秋谷さんと上野さんが二人で歩いているところをよく見かけた。放課後二人で一緒に帰ることも多かった。大学時代はどうだったかは分からない。秋谷さんは卒業すると上京して就職した。
進がようやく到着した。バスを待っている同窓生に挨拶をしている。ほとんどが地元以外で、10年前に出席していた人の顔もあった。地元の人は自分の車で会場へ直接来るのでほとんどいない。上野さんは自分の車が修理中で夫も仕事で都合が付かないので急遽バスに乗せてもらうことにしたと言っていた。
「吉田君、遅かったな、もっと早く来ているかと思った」
「ごめん、交通事故で道が混んでいて思いのほか時間がかかった」
「人数は?」
「迎えのバスに乗るメンバー8名はそろった。おまえが最後だ」
ほどなく迎えのバスが到着した。マイクロバスといっても20名くらいは楽に乗れる大きさがあったので、それぞれが思い思いの席をとって座った。3時ちょうどにバスは出発した。
秋谷さんと上野さんは前方の席に二人並んで座った。進は中ほどの席に一人で座った。私はその反対側の席に一人で座った。高校時代はお互い親しく話したことはなかったのでそれが自然だと思った。
前方の秋谷さんと上野さんは親しげに旅館に着くまで終始話し続けていた。旅館には30分くらいで到着した。
会場は昔のままの温泉旅館で部屋割りは男子が大きな一部屋、女子にも大きな一部屋が割り当てられていた。到着するとすぐに秋谷さんが会費を徴収していた。大広間で6時から会食をすることになっているので、男子はその前にそれぞれ思い思いに大浴場にひと風呂浴びに行っている。
女子は部屋で何人かが集まって話をしている。上野さんはもう温泉に入りに行ったみたいだ。女子はほとんどの人が温泉に入っても浴衣に着替えない。私は会食が終ってから寝る前にゆっくり入ろうと思っている。
仲の良かった上野さんとお話がしたかったけど、ここまでは機会がなかった。会食の時間が近づいてきたころに彼女はようやく部屋に戻ってきた。やっぱり温泉に入っていたみたいで、顔が上気している。上野さんに声をかけて一緒に宴会場へ向かう。
宴会場の大広間にはそろそろ人が集まり始めていた。秋谷さんがくじ引きで席順を決めている。私と上野さんは都合よく隣同士の席になった。私たちの向かいには幹事の秋谷さんと副幹事の進が隣同士で座っている。進が私たちをチラ見している。秋谷さんも私たちをチラ見していた。
定時になったので、幹事の秋谷さんの簡単な挨拶と乾杯で宴は始まった。始めの20分くらいは食事に専念して、そのあとに持ち回りで自身の近況を話すことになっている。私は席に着くとすぐに上野さんと話し始めていた。
「お久しぶりね。高校を卒業して以来かもね」
「一度会ってお話がしたかったけど、10年前の同窓会も、その前の同窓会も出ていなかったから。元気だったの?」
「ええ、元気だったけど、前々回は息子を妊娠中で来られなかった。10年前も子供がまだ3歳だったので手がかかって出られなかった」
「今回は出られたのね」
「息子が中学生になったので一息つけるようになったので、それと幹事の秋谷さんが久しぶりに会いたいから出席してほしいというので、出かけてきました」
「そういえば秋谷さんとは高校時代によく二人でいるところを見かけたけど、確か付き合っていると話してくれたことがあったわね。その後どうなったの?」
「大学では彼が電気電子学科で私が看護学科だった時も付き合っていたけど、家庭の事情で別れました。それで彼は東京へ就職して、音信不通になっていました」
「それで、久しぶりに会ったので、バスの中でもずっとお話していたのね」
「ええ、とっても懐かしくて。ところで直美さんは?」
「後で自己紹介するけど、前回の同窓会の2年前に結婚しました。見合い結婚です。それも高校の2年先輩です。今は11歳の男の子がいます」
「私の息子も13歳になりました。手がかからなくなってきたけど今度はいうことを聞かなくて」
「うちもそれで困っています。ゲームばかりして。ところでご主人はどんな人」
「私も実は見合い結婚です。私は一人娘だから両親は婿養子がほしかったみたいで、お見合い相手は次男の方ばかりでした。私はそれに抵抗があって、会っても断っていたのだけれど、たまたま3回目にお見合いした人は私が病院で看護したことがあった人だったの」
「運命の出会い?」
「そんな風には思わなかったけど、彼は私に一目ぼれしていたとかで、これは偶然ではない、どうしても結婚したいと言ってくれました。そして婿養子になることも承諾してくれました」
「ご縁があったのね、ご主人とは」
「そうかもしれません。結婚して跡取りの男の子も生まれて、両親も喜んでいます」
上野さんは嬉しそうにそう話してくれたが、その表情にかげりがみえたのは気のせいだったのだろうか?
こういう宴会の場合、料理はできるだけ温かいうちに食べて平らげておくのが鉄則だという。食べられるときに食べておかないとお酒を注ぎに回っていたら食べられなくなるし、おしゃべりしていたら食べられなくなる。それに食べておかないと悪酔いしやすい。主人がここへ来る前に私に教えてくれた。
それで上野さんとお話しながら食べられるだけ食べた。でも私と彼女は料理の半分も食べていない。手つかずの料理も何品かある。向かいの秋谷さんと進はそこらを心得ていて、もうすっかり食べ終えているように見えた。
幹事の秋谷さんから近況報告が始まった。東京で電機会社に勤めていることや、10年前の同窓会の後、すぐに結婚したこと、5歳の娘さんがいることなどを手短に話していた。進は前回の同窓会の後に結婚して、娘さんがひとりなどと簡単に話していた。
上野さんは前回、前々回も出席していなかったので、高校を卒業してからのことを手短に話していた。めずらしく婿養子をとったと言ったので会場が騒めいた。そういえば彼女の家は旧家で資産家と聞いたことがあった。
自己紹介のうまい人、長い人、短い人、様々だけど性格が出ている。私は短い方だ。自己紹介で自分のことを話すのはなにか照れ臭いのでいつも手短に終える。
私は進に聞かせるように10年前の同窓会ではもう結婚していたことやその1年前に男の子が生まれたこと、それから今勤めている旅行代理店での仕事について話した。
進は私をじっとみつめて自己紹介を聞いていた。10年前は彼も出席していたが、私の結婚を挨拶状で知らせておいたからか、私とは目も合わさなかった。もちろん話しかけてもこなかったので、私も彼とは終始離れたところにいた。
だからなおさらお互いに不完全燃焼のような燃え残りの思いがずっとくすぶり続けていたのに違いない。だから、突然ああいうふうに出会って話しかけることができたから自然となるようになったのかもしれない。
私と上野さんはそのころから仲が良かった。二人ともクラスでは可愛い方だったと思っている。秋谷さんが休み時間によく上野さんの席に来て話しかけていたが、いつの間にか上野さんと親しくなっていた。
私たち二人の回りにはもう何人かがビールを注ぎに来ている。秋谷さんも上野さんのところへ来て話し始めた。しばらくすると同級生たちは以前彼らが仲良かったのを知っているので、話している二人に遠慮して近づかなくなった。
進は私の周りに人がいなくなるのを待ってビールを注ぎに前に座った。目が合った。彼ははにかんだ笑みを浮かべていた。今日はお互いに身のまわりのことが詳しく聞けるはずだ。進は隣に座っている秋谷さんと上野さんに聞かれても差し支えのないように、何喰わぬ顔であたり障りのない会話を始める。
「お久しぶり。元気そうだね。ご両親は健在か?」
「四年ほど前に父が他界して、今は母親が一人で実家にいます。ときどき様子を見に来ています。この前の同窓会は主人と1歳の息子と一緒に来て実家で見てもらいました」
「ご兄弟は?」
「妹がいますが、大学を卒業して東京に就職してもう結婚もしています」
「吉田さんのご両親は?」
「一昨年、父が亡くなって、母親が気落ちしているので、ときどき家の片づけや庭の手入れの手伝いに来ている。君と同じだ」
「ご家族は?」
「さっき話したとおり、10年前の同窓会が終わって1年ほどして結婚した。妻は4歳年下の関連会社の社員だったので職場結婚に近いかな。8歳になる娘がいる。今は共働きで娘の世話などで忙しい思いをしている。弟がいるけど、今は仙台に住んでいる」
「お仕事は順調?」
「食品会社に勤めていることは知っていたよね。いまはチームリーダーになっている。中間管理職だから、忙しいだけ。でもブラック企業ではないから休暇は取れるけどね」
「田代さんいや中川さんのご主人は? 確か見合い結婚だったよね」
「13年前、仕事に行き詰って悩んでいたところ、実家からお見合いの話があって、会ってみるだけ会ってみることにしたら、お相手が良い人で好きになって結婚しました。2歳年上で理系の学科を卒業して医薬関係の会社に勤めています。家庭を大事にしてくれるイクメンです」
「お子さんはおひとりだけ?」
「はい、結婚を機会に仕事を辞めて大阪に移ってから専業主婦をしばらくしていましたが、子供ができないので、また仕事を始めました。11年前にようやく子供ができました。でも仕事は続けています」
「中川さんの近況が聞けてよかった」
「私も前回の同窓会では話しそびれたから気になっていました」
「実家には寄ってきたのか?」
「ええ、昨日半日と今日の午後2時まで、お昼ご飯を一緒に食べてから駅にきました。明日は寄らずにすぐに帰ります」
「僕も同じ感じだった。明日は直接帰るつもりだ」
「実家に泊まっているの?」
「実家は古い家具やものが多く片付いていなくて、ゆっくり寝られる部屋がない。昔使っていた自分の部屋は物置になっているから、駅前のホテルに泊まっている。その方が楽だから」
「いつも同じホテル?」
「今の駅前のいつも使っているホテルは部屋もベッドも大きくてゆっくりできる。コスパがよいからここのところずっとそこにしている。これからも予約がとれればそうしたい」
「私も実家は両親の家具や荷物でいっぱいで、私の部屋もやっぱり物置になっています。整理しようにも思い出の品だとか言って、なかなか整理させてくれません。週末に時々来たくらいではなかなか片付かなくて。だから、私も駅前のホテルに宿をとっています。これからもそうします」
「その方がお互い都合がよさそうだね」
「親の面倒を見るのは大変そうだね。俺は兄貴にまかせている」
隣で上野さんと話していた秋谷さんが二人に話しかけてきた。
「次男坊は気楽だな。上野さんのご両親はご健在か?」
「二人とも元気です。父もまだ働いています。私は結婚後も仕事を続けましたが、母が家にいて息子の面倒を見てくれていましたので助かりました。息子も中学生になったのでずいぶん楽になりました。最近は趣味の旅行もできるようになりました」
「東京を案内してあげるから来ないかと誘っているんだけど」
「二人だけで会うのはまずいんじゃないか? 僕も一緒に案内してあげるから声をかけて」
「そうね。そのときはよろしくね」
進は私の顔をそれとなく見た。目が合った。二人だけで会うのは危ないと思っているのがお互いに分かった。実際、私たち二人はもうすでにこうなっている。彼の目がそう言っていた。
宴会は2時間でお開きになって、二次会のために準備してあった部屋に移動することになった。カラオケも備え付けられているので歌も歌える。話し足りない人たちはそこで話をすればよい。飲み物とつまみも用意されていた。
秋谷さんと上野さんは二次会の会場でも話していた。誰かが高校生の時に流行っていた歌を歌っている。私はほかの女子とも情報交換をしたが、進とはもう二人で話しをすることを控えた。
私は気になっていた友人たちとも十分に情報交換ができた。専業主婦の人も共働きの人もいたが、夫や子供、両親など生活の状況は私とほとんど変わらなかった。同じ年代だと悩みも同じだと、安心したというか納得がいった。それでもう話し疲れてもいたので、その場はほどほどにして引き揚げた。これからゆっくりと温泉につかりたい、そういう気分だった。
私は昔からお風呂好きで温泉が大好きだ。こういう機会があるとゆっくり入りたい。温泉に浸かりながら、進の話を思い出していた。
パートナーと子供と幸せに暮らしているとの確信は得られた。また、これまでの彼の振舞いから私との関係も大切に考えていることも良く分かった。彼も私の振舞いから分かってくれたと思う。
◆ ◆ ◆
5月15日(日)翌朝、早めに食堂に入ったが、もう何人かは席についている。食堂に来た順にテーブルについて準備されたトレイの食事を摂ることになっていた。ご飯とおみそ汁はお替り自由だった。男子は二日酔いの様子を見せながら、皆、朝食を食べている。私は端の方の席に座った。
ほとんど食べ終わったころに、進が食堂に入って来て、私の向いの席に座った。目が合ったので軽く会釈をしてからご飯をよそってあげた。それから「お先に失礼します」と言って席を立った。
駅までの帰りのバスが9時に出発した。私も進も乗ったが、ここでも席は別々に座った。秋谷さんもバスに乗っていたが、上野さんの姿はなかった。後で聞いたら、友人の車に自宅近くまで同乗させてもらったとのことだった。
駅に到着して解散するとき、皆と挨拶を交わした。私は進に「また、お会いしましょう」と微笑みながら言った。彼は「またね」と嬉しそうに笑っていた。
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