第7話 直美(5)逢瀬2―どうして二人の人を好きになってはいけないの?
4月中旬に高校2年生の同窓会の案内が幹事の
日時:5月15日(土)~16日(日)、会食:5月15日(土)午後6時開始、会場:湯涌温泉山本旅館、会費15,000円、15日(土)午後3時に金沢駅西口にバスが迎えに来るので希望者は知らせるように書かれていた。回答期限は4月30日で返信用はがきかメールですることになっていた。
仲の良い友達が多かった高校2年生の同窓会は10年前に同じ秋谷さんが幹事になって開いてくれた。私も出席したが、その時は駅前のホテルでの会食だった。今回は開催日時が5月中旬でちょうど実家へ帰省する時期と合致していたし、副幹事が吉田進となっていたので、迷わず出席と連絡した。それから迎えのバスに乗車希望とした。
5月はじめに進との密会用のメルアドに連絡が入った。
[同窓会の出席を確認しました。こちらは2泊3日の予定で参加します。前日の14日(金)ホテル泊、15日(土)会場泊の予定です。]
すぐに返信を入れた。
[同窓会に出席します。同じく2泊3日で前日はホテル泊の予定です。]
[了解しました]
これで再会を確認できた。
◆ ◆ ◆
5月14日(金)同窓会の前日の朝、私は主人と息子の亮を学校に送りだしてから自宅を出発した。実家へはお昼前には着ける。
今日、金曜日は彼が早めに帰宅して亮の面倒を見てくれることになっている。土曜日は二人とも休みだから家で一日中一緒に過ごして面倒を見てくれる。日曜はお昼ごろに私が自宅に戻る。
2か月に1回の帰省はもう3年ほど続いている。結婚してしばらくして主人が同じように実家に帰省していた。5年ほど前に彼の母親が亡くなったので彼の実家通いは終わりになったが、今度は私の実家通いが始まった。それで主人も私の帰省には理解があって協力してくれている。
駅でおいしそうなお弁当を2個買って実家へ向かう。そして母親と二人で昼食を摂る。それから家の片づけや掃除、庭の手入れなどの手伝いを行う。
今回は同窓会に参加するので14日(金)は夕食を一緒に食べてからホテルへ戻り、15日(土)は朝から昼過ぎまで実家にいて、2時過ぎに駅へ向かうと母親には話してある。同窓会が終わったらそのまま会場から駅に行って大阪へ帰る予定にしている。進とは前日の今日14日(金)の夜に会って、翌日の同窓会でも会うことになる。
母親が夕食を準備してくれた。いつも私の好きな献立を考えて作ってくれている。母が料理を教えてくれたので味つけは私のいつもの味付けと変わらない。二人で食べて後片付けを手伝ってからバスで駅に向かう。進はもう着いているだろうか?
7時過ぎにチェックインした。1125号室だった。部屋はシングルにしているがベッドはセミダブルくらいの大きさがある。しばらくして[1210に到着]と進からメールが入った。すぐに部屋の電話から内線で1210号室へ連絡を入れる。
「私は1125号室です。8時にお待ちしています」
「部屋で少し飲まないか? 飲み物とつまみを買っていくから」
「はい、待っています」
彼が部屋に来たらもう流れはきまっている。もうこれからどうしようかなどと考える必要はない。彼にまかせておけばよい。ただ、彼はゆっくり話がしたいみたいだ。この前はお互いに照れ臭さもあって十分に話ができなかった。
ドアをノックする音がした。すぐにドアを開いて進を招き入れる。彼をじっと見つめて抱きついた。彼は軽いキスと思ったのだろうが、私はディープキスがしたかった。舌を絡ませてしばらく気の済むまでそれを楽しんだ。
「赤ワインを買ってきた。飲みながら少し話さないか?」
「いいけど、ここではあなたと私とのことだけにしてくれませんか? 仕事や家庭の話は明日の同窓会でお話しましょう」
「そうだね。君のいうとおりにしよう」
私は二人だけのこの逢瀬を楽しみたかった。何もかも忘れてのめり込みたかった。
部屋にあったグラス2個にワインを注いで静かに乾杯する。私はベッドに腰かけている。彼は正面の机の椅子に座っている。間接照明の薄暗い明りの中でお互いを見つめ合っていた。
彼の顔をしっかり見つめた。あのころよりもずいぶん落ち着いて自信に満ちているように見えた。私はどう見えたのだろう。あの時のように彼は眩しいように見てくれた気がした。
「再会を祝して」
「この前、お見合いの話をした時のことや私の結婚の挨拶状を受け取った時の話をしてくれたでしょう?」
「ああ」
「それを聞いて嬉しかった」
「あのときの本心を君に話した。君を手放すべきではなかったと後悔したことを。ずっと君のことは心のどこかにあった。だから、ああなった。ようやく思いが遂げられたといっても良いのかもしれない。だから後悔もしていないし、今また会っている」
「あの時、あなたは『それなら、会ってみるだけ、会ってみれば?』と言いました。でも『お見合いは止めて、僕と結婚する?』とは言ってくれなかった。それで思ったの、会ってみるだけ会ってみようかなと、それであなたよりより良い人でなければ、これまでどおりでいればよいと思って」
「よく覚えていたね」
「私もあの時のことは忘れていませんでした」
「それでお見合いをした?」
「ええ、それがとても良い人ですぐに好きになって結婚することになりました。よくご縁があるというけど、運命の人ってこういうことを言うのかなとも思いました」
「運命の人か? 今も幸せなんだろう?」
「ええ、11歳の男の子もいて幸せです。もちろん結婚も後悔していません。主人と結婚してよかったと思っています」
「じゃあ、どうして僕と?」
「あなたとのことでひとつだけ思い残したことがありました。それは結婚を決める前にあなたに会って『結婚しようと思うけどどうかしら?』と尋ねなかったことです。どうしようかとずいぶん迷ったけど結局連絡せずに、あとから結婚の挨拶状を送ることになりました。思いを残したということはやはりあなたが好きだったのだとあとから気づきました」
「僕があのお見合いの話を聞いたときに『お見合いは止めて、僕と結婚する?』と言えば良かったに違いないがそれができなかった。だから、それは結婚を決める前に相談されたとしても同じだったかもしれない。思いを残したことは僕の優柔不断のせいだから申し訳なかった」
「今はどうして二人の人を好きになってはいけないのかと思うことがあります。どうして一人の人でなければならないのかって、そういうこと思わない?」
「まあ、繁殖するたびにパートナーを替える生き物もいるし、一生同じパートナーとつがいになる生き物もいる。世界中どこの国でも王様には正室のほかに側室がいたし、日本でも昔は金持ちにはお妾さんがいたとも聞いている。イスラム教では一夫多妻も認められている。男性は一人以上の女性を愛することはできると思う。それは男の
「うふふ、あなたらしいわ、男性のあなたはそう思うのね」
「ああ、でも一夫一婦制はもうすっかりこの世の中に定着している。宗教の影響が大きいとは思うけど、君の思いは今は道徳的に否定されている。有名人で不倫のスキャンダルで仕事を失う人もいるけど、僕はあれほどバッシングする必要があるとは思えない。本人と配偶者と相手の三人の間のことだと思うけどね。他人の口出しする必要があるのかなとも思う」
「もし奥さんが他の人と関係を持ったらどうする?」
「僕に絶対に分からないようにしてくれればいいかな。だって知らないのだから、なかったことと同じだから」
「分かったらどうする?」
「僕は彼女と一緒にいたいから別れたくない。できれば知らないふりをすると思う。誰か有名人が言っていたが『絶対に浮気したことを自ら認めてはいけない』そうだ。嘘をつき続けてくれれば信じるしかない。嘘もつき通せば本当と同じになるから。だけど本当のことだと告白されたらもうどうしようもないけどね」
「奥さんが好きなのね」
「ああ、どうしてそんなことを聞くの?」
「主人だったら、どうするかと思って」
「君のご主人が僕と同じ考えをするとは限らないと思うけど」
「あなたと主人は似ているところがあるの。だから彼と結婚したのかもしれません」
「僕が君とこうしていることはご主人には分からないと思うけど、もしご主人がほかの人とこんなことをしていたらどうする?」
「主人はそんなことをするような人ではありません」
「でも僕はしている。こんなことをしたのは初めてだ。ご主人にもこんなことは起こりえることだと思うけど」
「もしそういうことがあっても主人は絶対私にわからないようにすると思います。あなたのように」
「でも、浮気しているか、気にならないか?」
「気にならないと言えば嘘になります。もし本当にしていたら悲しい。大好きだから」
「例えば、不審なメールを見つけたら問い詰める?」
「聞いては見るけど、問い詰めたりはしないわ。もし認めたらお互いに引けなくなると思う。それが怖いから」
「駄目は詰めないということか?」
「浮気ならね。お互いに愛し合っていることは分かっているから。きっとあなたの奥さんもそうするはずよ。なんとなく分かる」
「そんなものなのか?」
「じゃあ、もし、その相手の人があなたの知っている人だと分かったらどう? 例えば、あなたの友人だったら」
「知らない人だったら、知らないふりができるかもしれないけど、知人だったらまして友人だったらきっとだめだね。やはり裏切られたと思ってしまうだろう」
「知らない人だったら、知らないふりができて、知人だったら裏切り?」
「仮定の話だから確かなことはいえないけど、知らない人だったら、知らないふりができるような気がする」
「なぜ?」
「うーん、ほかにも何かあるような気がするけど、君がさっき言っていた『どうして二人の人を好きになってはいけないのか』と関わっているかもしれない」
「なるほど分かるような気がする。やはり私とあなたは同じセンスを持っているのが分かったわ。お話してよかった。だから昔から気が合ったのね。今それが分かった」
私は手を伸ばした。彼はその手を取って私を引き寄せて抱き締めてくれた。
「シャワーを一緒に浴びようか?」
「洗ってあげる」
◆ ◆ ◆
バスルームでお互いに身体を洗い合う。私は「いつも洗い合っているの?」なんて聞かなかった。二人だけの話しかしない約束だった。
進は手に石鹼をつけて、私の身体に直接擦り付けて洗い始める。まず、背中から始めて脇腹、お尻、太もも、足先と洗っていく。次に向きを変えさせて、首、乳房、乳首、お臍、下腹、大事なところへと降りていく。
すごく感じる。彼の目と手が一緒になって私の身体をなぞっていく。すごく刺激的だ。時々、身体がピクピクする。大事なところを洗ってもらっていると気が遠くなって思わず抱きついた。それから床に崩れ落ちるように膝をついた。彼はかまわずに屈みこんで洗い続けようとしている。
「もうだめ、一息つかせて下さい」
そういうと、その場にしゃがみこんでしまった。彼はここまでと思ったのか、シャワーでゆっくり石鹸を洗い流してくれた。そのシャワーが例えようがないくらいに気持ちよかった。
しばらくはその快感に浸った。ようやく落ち着いてきたところで、今度は私が洗ってあげた。同じように手に石鹸をつけて擦り洗いをしてあげた。彼もとても気持ちがよさそうだった。
洗い終わるとお互いにバスタオルで身体を拭き合う。彼は私を抱きかかえてベッドに運んでくれた。お姫様だっこを久しぶりにしてもらった。新婚旅行で夫が私をベッドまで運んでくれた。今なぜ彼のことを思い出すのだろう。二人だけのことしか話さない約束だった。
私は小柄だけど乳房とお尻は大きい方だ。乳輪が人よりずいぶん大きい。母もそうだったからそんなものだと思っていたが、女性のヌード写真と見比べたりするとかなり大きいことが分かった。それでとても恥ずかしく思っていた。
私が夫にそれをいったら「僕はすごくセクシーで大好きだ」と言って何度も舐めてくれた。それがとっても嬉しかった。また、夫のことを思い出していた。どうしてこんな時に夫のことが頭に浮かぶのだろう? やっぱり後ろめたいことをしているからかしら?
進は私をベッドに横たえると、私の視線をさけるように後ろに回ってゆっくり愛し始める。
◆ ◆ ◆
私は心地よい疲労を感じながら後ろから抱かれて寝ている。私は眠っていた。彼は愛し合ったあと、いつも私をうしろから抱いて眠る。
夫も私を後ろから抱いて眠ることが多い。その理由を聞いたことがあった。「後ろからの方がしっかり抱けるし、完全に自分のものにしたという満足感がある」と言っていた。また、夫のことを思い出していた。
今日の私はこの前よりずっと積極的になっていた。それに誘われて彼も我を忘れて私と絡み合い交わった。お互いに遠慮も恥らいもないメスとオスの交わりだった。夫とはこんなことは一度もなかったかもしれない。私は何度も何度も昇り詰めて快感にのめり込んでいった。
喉が渇いた。彼も喉の渇きを感じたのだろう。私を起こさないようにそっと起き上がって飲み物を取りに行った。
「私にも何か持ってきて」
「ミネラルウォーターでいい?」
「ええ、あるもので」
私はベッドで起き上がって壁を背にもたれかかって待っている。彼はすぐそばに座って封を切ったボトルを手渡してくれた。
「ありがとう。頭の中が真っ白になった。身体がだるいけど、とても気持ちがいいわ」
「そういうのを『心地よい疲労』というんだよ」
「ふふ。冷たい水がおいしい」
『心地よい疲労』は誰かがどこかで言っていた言葉だった。夫も言っていたような気がする。私もこの言い方が好きだ。
「ハッピーだ」
「私は今の生活には満足しているし幸せだと思っています。でもあなたと結婚していたら別の人生があったと思うの。私って欲張り? 別の人と別の人生を生きてみたかったと思ったことはない?」
「ないことはないけど、別の人生が思いつかないんだ。僕も今の生活が完全とは言えないまでも割とうまくいっていて、特に取り立てるほどの不満はないからね。別の人との人生がこれほどうまくいくかどうかは分からない。たとえ君とでもね」
「確かにそうね。別の人生といっても、今と生活が同じで暮らしている人だけが違っていると思いがちだけど、そのほかが今と同じでしかもうまくいっている保証なんかは少しもないと思う」
「そう考えるということは、お互いに十分幸せということなのかな。今の幸せは壊したくないね。僕たちは良いとこ取りをして、お互いにずいぶん贅沢をしているということかな?」
「分かっています。しばらくはこの贅沢で我儘な生活が続けられればとよいと思っています。だから絶対に二人のことは分からないようにしましょう」
二人ともボトルを飲み干して、再び抱き合って心地よい眠りについた。
◆ ◆ ◆
進が起き上がったので私も目が覚めた。5時を過ぎたところだった。彼は駅西口で午後3時の旅館からの迎えのバスに乗ることを確認して部屋に戻っていった。
これから朝一番で食事をして、実家へ向かう。今日は午後2時までしか時間がとれない。
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