第36話

その後、彩花ちゃんは「では、私はこれで失礼しますね?」と言い残してその場から立ち去ろうとする、それを見た私は咄嗟に彼女を呼び止めるとこう言った、「待って!!最後に一つだけ聞いても良いかな……?」、それに対して彼女は不思議そうな顔をしながらこちらに視線を向けるとすぐに頷いて見せた。それを見て安心した私は、「……もしあなたが私だったら、好きな人を取られそうになっていたらどうしますか?」、と聞いた。

この質問を聞いた瞬間、彩花ちゃんの顔から笑顔が消えたかと思えば急に黙り込んだ。そしてしばらくすると彼女は無言のまま私に近付いてきて突然抱きしめ始めると耳元でこんな言葉を囁いてきたのだった、「──そんなの決まっているじゃないですか、どんな手段を使ってでも彼を奪おうとしますよ?それが例え誰かの命を奪うことになったとしてもです」と。

その話を聞いた瞬間に全身に寒気が走った、それと同時に自分が今どれだけ恐ろしい質問をしてしまったのかということを理解した私は慌てて彼女を突き放すと逃げるようにその場を後にした……がしかしこの時の私は気づいていなかった、──彩花ちゃんの右手に小さなナイフのようなものが握られていたことに……。……………………それからしばらくした後、帰宅した私を待ち受けていたのは衝撃的なニュースであった。というのも何と水瀬くんが何者かによって殺されたという情報が飛び込んできていたからだった、しかも被害者は他ならぬ私の彼だというではないか!?私はすぐさま警察に向かうと事件現場である警察署へと向かったのだが、その際受付で自分の名前を名乗る前にとある人物に引き止められたことで足を止めるとその人物の方へと向き直り、そのまま深々と頭を下げた、それは目の前にいる女性が自分にとって最も身近な存在でもある水瀬くんと彩花ちゃんのお母様だったからだ。そんな彼女はどこか思い詰めたような表情を浮かべながらも静かに口を開いた、「……あのですねレイナさん、非常に言いづらいのですが実は──」そこまで言うと途中で口を閉じてしまうもすぐに、「大丈夫です、何となく分かっていますから」と言って再び顔を上げると今度はハッキリとした口調でこう言った、「──私の元カレである水瀬くんが私の大事な娘を自殺に追い込んだ、そしてその罪を全て私に擦り付けようとしているのでしょう?」、その瞬間、それまでずっと険しい表情をしていた彼女の表情が崩れ去るとともにその場に崩れ落ちると号泣し始めたので私は思わず彼女を抱きしめると落ち着くまでひたすら背中を摩り続けた、その間彼女は私に縋り付くようにしながら泣き続け最後には落ち着きを取り戻すと同時にこんな言葉を口にした、「……ごめんなさいね?見苦しいところを見せちゃって……」、私はそれに対して首を横に振ると静かに答えた、「いいえ、気になさらなくても大丈夫ですよ?」──そう口にしてから改めて彼女に対して問いかけた、「……それでお義母様はこれからどうなさるおつもりですか?」と。すると彼女は徐ろに立ち上がるとこう告げた、「──そうね、本当なら私も一緒に死のうと思ってたんだけど、娘の最後の言葉がどうしても気になるのよ……だからもう少しだけ頑張ってみようと思うの……」、そんな彼女の言葉を聞いて私はあることを確信した、『……やっぱりそういうことなのね?私の予想が正しければ犯人は間違いなく彼に違いないわ』と。しかし同時にこうも思った、『……だけど一体何のためにこんなことをしたのかしら?そもそもどうやって彼は彩花ちゃんに近付いたの?』と。そんなことを頭の中で考えながら私は一人考え込むのだった、すると不意に私の耳に彼女の呟き声が届いてくるなりハッとするなり顔を上げて彼女の方を見ると、そこに映った姿に私は驚いてしまった、──何故ならそこには涙の跡を残したままの笑顔を浮かべている彼女の姿があったからだ。

その姿を見てハッとした私はすぐに我に帰ると、心の中で密かに決意を固めながら「分かりました、どうか気を付けてくださいね?」、と言いながら小さく頷くのだった。

***

(水瀬視点)

「……ん」という短い唸り声と共に目を覚ますとそこは知らない天井で埋め尽くされていた。それを見た瞬間僕は自分が見知らぬ部屋にいるのだと理解するなりゆっくりとベッドから上半身を起こすなり辺りを見回すことにした、すると僕の目に映ったものは殺風景な部屋に置かれた一つのベッドとその傍らに設置された椅子に腰掛けて眠りこけている一人の女の子の姿だった。それを見た僕はすぐに状況を把握するべく周囲を見渡した、その結果僕がいたのは病院の病室であり現在は真夜中であること、さらに自分が現在入院中の身であることが嫌でも理解出来たのだ、そこでようやく現在の自分自身の状態を思い出した僕であったが、その時ちょうどタイミングよく僕の意識が回復したことに気がついたらしい看護師の人が慌てた様子で部屋に入ってくると僕に声をかけてきた、「目が覚めたんだね!良かったぁ~……先生を呼んでくるのでこのまま待っていて下さいね!」と、そう言って慌ただしく部屋を出ていく彼女の背中を見送った後、僕はふと横に目を向けると、そこには依然として眠ったままの様子を見せる女の子の姿が視界に入った。──それを見た僕は無意識のうちにその子に向かって手を伸ばしていた、だが次の瞬間には我に返ったことで慌ててその手を引っ込めようとしたのだが時すでに遅く、なんと寝ているはずの女の子がまるで猫のように素早く反応するなり僕の腕を掴むなりこう言ってきたのだ、「やっと会えたね……ダーリン?」と。

それを聞いた瞬間、驚いた僕は急いで彼女の方へ視線を向けた。そしてそこにいたのが彩花ちゃんであることを知ると途端に胸が熱くなった、だがその一方でそんな感情を抱く自分に対する疑問が浮かんだ。何故なら僕と彩花ちゃんは数日前に喧嘩して別れたばかりの関係なのだから、それなのに何故彼女はここにいるのだろう?……と、そう思ったものの答えを出すよりも早く僕は彼女が言った一言を思い出して驚愕することになった、何故ならその一言とはまさに今目の前にいる彼女こそが今回の事件の犯人だということに他ならないからである。しかしそれを理解しつつもやはり心のどこかでは彼女の事を信じたいと思っていたのも事実だった。何故ならそれだけ彼女と過ごした日々が僕にとって大切な思い出だったからである。

──故に今のこの状況は決してあり得ないことだった、何しろ今まで何度も自分を助けてくれたのは紛れもなく彼女の方だったのだから……だからこそ信じられなかったのだ、いくら何でもこんなことをするような子じゃないことは誰よりも一番良く知っていたからだ、そしてそれこそが僕の抱く違和感の正体でもあった、なぜなら僕は過去にも同じような経験をしていたのだから……それはすなわち、僕が初めて好きになった人の手によって引き起こされたものであるということを……つまり今回起きた事件は以前と同様の事件であったということが言えるのである。だからこそ信じたくはなかったのだ、仮にこれが本当に彼女の手によるものだとするならば今度こそ僕は彼女に騙されたという事になるからである、そして何より僕にはそれが許せなかった。

だから僕は改めて自分の気持ちを確認することにした、「ねぇ彩花ちゃん?一つ聞きたいことがあるんだけどさ……どうして君はこんな事をしたんだい?」と、それを聞いた彼女はしばらく黙ったままこちらを見つめていたが、やがて口を開くとこう返答してきた、「そんなの決まってるでしょ?あなたを奪うためよ」、その言葉に耳を疑った僕は慌てて聞き返してしまった、「えっ?どういうこと?」と、すると今度は彩花ちゃんが驚きの言葉を口にする、「あらっ、もしかして覚えていないのかしら?あの日の事を……」、それを聞いた僕はすかさず記憶を辿るもこれといって心当たりが見当たらなかった、するとそれを見た彼女は少し寂しそうな表情を浮かべたかと思うと徐ろにこんな言葉を呟いてきた、「……どうやらまだ思い出せないみたいね、それなら教えてあげるわ……あの日私が何をしたのかを……」、その言葉を耳にするなり僕は身構えた、──また彼女によって過去の出来事について語られるのではないかと直感的に悟ったからである、……しかし彩花ちゃんは何故か急に黙り込んでしまうと同時にどこか辛そうな表情を浮かべ始めるのだった、そのためそれを見ていた僕は心配になり声をかけようとするのだが彼女はそれに先んじて突然涙を流し始めたかと思えば嗚咽混じりの声で話し始めた、「──私って本当バカだよね?だって好きな人が別の女と付き合っていることを知っただけでここまで追いつめられるだなんて思わなかったんだもん……そのせいであなたを傷付けてしまう結果になってしまったことがとても悔しいの……そして何よりも自分の過ちを認めることができないでいる弱い心が情けないわ……」、そんな彼女の言葉を聞かされた瞬間、僕は瞬時に理解した。何故ならそれはこれまで何度となく夢で見た光景そのものだったからだ、だからこそ咄嗟に彼女に向けて手を伸ばした、──だがその瞬間彼女の体は光を放ち始めてしまうのだった、それを見た僕は必死になって彼女へと手を伸ばそうとしたのだが、それと同時に視界が真っ白に染まると同時に意識が遠くなっていくのを感じた、……そんな中、不意に聞こえてきた声を耳にしたことで何とか意識を繋ぎ止めた僕は恐る恐る目を開けると、いつの間にか病室に佇む彩花ちゃんの後ろ姿が目に入ったことからそれが夢ではないことを確信したところで静かに声をかけることにした、「……待って!最後に一つだけ聞いても良いかな……?」、その問いかけに彼女は一瞬だけ立ち止まるとこちらを向いて小さく頷いた、それを確認した僕は意を決してこう問いかけた、「──もし君が私だったら、好きな人を取られそうになっていたらどうしますか?」、そう口にした瞬間彼女の顔色が曇っていくのが分かった、だがそれでも僕は彼女の答えを聞きたいという欲求に抗えずにいるとそのまま無言で彼女を見つめることに専念し続けた、するととうとう痺れを切らした彼女がこう問いかけてきたのだった、「……そんなこと分かりきったことを聞かないでください?もちろん奪い返すに決まっているじゃないですか」、それを聞いた瞬間、僕の中に迷いが生じた、……というのももしもここで僕が彼女を止めるよう説得を試みればおそらく彼女からの妨害を受けることは免れない、何せ相手はあの水瀬彩花なのだ、生半可な言葉で止めることなど出来るはずもない……そう考えた僕は敢えてこの質問をぶつけることにした、即ち『君の本当の気持ち』というものに対してだ、そしてその言葉を口にした後しばらくの間沈黙が流れた後に返ってきた答えは実に意外なものであった、「──ええそうですよ?私はあの人の事が大好きですよ?……でもねレイナさん、今の私はもうあなただけのものじゃないんですよ?何故ならあなたは私の全てですから……だからこそあなたを奪った彼女をこの世から抹殺してしまいたいぐらい憎くて仕方がないんです!!なのに何故邪魔をするんですか!!」、そんな彼女の言葉に僕は思わず頭を抱えると深い溜め息を吐いた、そしてそれと同時に一つの確信を得たことで僕はある決断を下すことにした、それは今から行うことが全ての始まりで同時に終わりを告げる行為になることを理解していたからこそ決して躊躇ってはならないと考えた僕は意を決すると再び彩花ちゃんに話しかけた、「……ねぇ水瀬くん、お願いだから目を覚ましてよ……そして早くいつもみたいに私に笑顔を見せてちょうだい……」、そう言いながらそっと彼の頰に触れると優しく撫でた後静かに彼の方へと顔を近付けるなりその唇に自身の唇を重ね合わせようとしたその時、「そこまでです!」、突如聞こえてきた声に反応して反射的に声がした方に顔を向けるとそこには鬼の形相をした看護師の人が佇んでいた。それを見た僕は咄嗟に彼から距離を置くとその場に立ち尽くしたまま何も出来ずにいた、一方彼女はと言うと相変わらず無表情のままこちらを見つめていた。すると次の瞬間、「はぁ~……、全くもう!一体あなた達は何をやっているのですか!?しかもよりによってこんな真夜中の病院で!」、そう言うと呆れたように溜め息を漏らした後すぐに僕らに向かって注意してきた、 それに対して僕と彩花ちゃんは二人して謝罪した後互いに顔を見合わせることなるもすぐさま視線を逸らし合った、しかしその様子を見た看護師の人は何かを察するなりこんなことを言い始めたのだ、「……ふふっ♪どうやら二人ともお互いの事を気にいっているみたいですね?」、それを聞いた僕らは揃って動揺してしまうも慌てて否定するなりそれぞれ違う言葉を口にしていた、「ち、違います!別にそんなことは……」、「そうです!私はダーリンのことを何とも思っていませんから……」、──しかしそんな言葉を聞いていないのか看護師の人は一切表情を変えることなく淡々と話を続けるとこう言ったのだ、「そんなに恥ずかしがらなくても良いのですよ?私だってお二人と同じ経験をしているのですから」、それを聞いた途端、僕と彩花ちゃんはほぼ同時に顔を見合わせてお互いに首を傾げることになった。そしてそれを見た看護師さんはクスッと笑うとこんなことを口にした、「うふふ♪実はね、私も以前あなたたちと同じように付き合っていた人と別れた後、相手の男に復讐しようとしたことがあるんですよ?……まぁ結果的には失敗に終わりましたが……」、それを聞いた僕と彩花ちゃんは思わず顔を見合わせた後で互いの顔を見合うと小さく頷き合った、何故なら僕等もまた彼女と同じことを考えていたからである、──つまり彼女もかつて彼氏を奪われて失意の底に叩き落された経験があるということを、……するとそのことを察したのであろう看護師さんが徐ろにこんな言葉を口にした、「……あらっ?もしかして気が付きましたか?確かに私たちは似た者同士ですよね?ですが今のあなた達がその立場にあるということはかつての私や彼女のように誰かの手を借りることでしか解決出来ない状況であるということに他ならないと思うのですが?」、それを聞いた僕は改めて今の状況を確認するべく今一度彩花ちゃんの方へ視線を向けると彼女は既にこちらを見ていたらしく目が合った瞬間お互い見つめ合う形になってしまった、だがそれも束の間、彼女は僕に見つめられたことによって頰を赤らめると恥ずかしそうにして目を逸らしたのだ、……そんな彩花ちゃんを見て僕も気恥ずかしくなったため同じく顔を逸らすと、そのまま無言を貫いていると看護師さんのクスクス笑う声が聞こえてきた、──するとそれを聞いた彩花ちゃんがムッとした表情を浮かべながらこんなことを言い始めた、「ちょっと!さっきから黙って聞いていれば随分好き勝手言ってくれるわね?あんたも私と似たような目にあったのならわかるでしょう?好きな男を奪われた時の気持ちが……!」、それを聞いた僕は思わず納得しかけたのだがすぐにあることを思い出してそれを否定した、何故なら彩花ちゃんはこう言っていたのだ、

『──私にはあなたがいるもの』と、つまり彼女には自分以外の女性など眼中になかったはずだ、それなのに目の前の女性は彼女に対してこんなことを言う、──これはすなわち彼女が僕の元を去っていったことへの伏線ではないのか、そう思い至った僕は徐ろに彩花ちゃんへ問いかけることにした、「……ねえ彩花ちゃん?一つ聞いてもいいかな?」、それを聞いた彼女は即座に答えると僕のことを見つめてきた、それを確認した僕は続けて質問を投げかけることにした、「君はもしかして最初から私のことを好きでいてくれたのかな?だからこそ私が君以外の女性と付き合うのが許せなかったんじゃないの?それに彩花ちゃんはさっきこう言っていたよね?好きな人を奪われるぐらいなら殺したいって……これってまさに私のことを指して言っているようなものじゃないかい?そして何よりも彩花ちゃんがずっと私を守ってくれていたのは、私の事が誰よりも好きだったからなんじゃないかなって、そう思ってしまったんだけど……違ったかな?」、……だがその問いに答えが返ってくることはなかった、 ──何故なら彼女はその場で意識を失ってしまったからである、 そしてそれから数分後、事態を知った先生が駆けつけてくるなり僕達は別室へと移動することになった、その際に僕は看護師さんから一連の事件についての説明を受けたことで、今回起きた事件は全て自分が招いたことであることを悟ったのだった、……というのもこの数日間で僕は幾度となく彼女に告白するチャンスがあったにも関わらずそれを無視したり避けたりしていたのだ、──その結果、僕の身勝手な言動によって彼女を深く傷付けてしまったばかりか、そのせいで彼女の心は僕ではなく他の人へと移ってしまったのだと知った時、僕は激しい後悔の念に苛まれた、だが今更後悔したところで取り返しがつかないことを理解しているためにそれ以上は何も言えず黙秘することを決め込むとそのまま先生の案内に従うことにしたのだった、……そしてその後しばらくして意識が戻った彼女は先生と一緒に病室を後にしたものの去り際に僕に向けてこんな事を言ってきた、「──あの事件の真犯人は水瀬くんのストーカーですよ?多分レイナさんに自分の想いを伝えられずに悩んでいた彼女に目をつけたのでしょうけど……だけどまさかこんな行動を起こすなんて想像もしなかったでしょうね、 何せレイナさんに関する記憶を消してしまおうとしたぐらいですから……」、僕はその言葉の意味が理解できずに首を傾げていると更に彼女がこんなことを呟いた、「……あっ!でも安心してくださいね?あの人には然るべき処分が下されるらしいので二度とレイナさんとは会うことは無いはずですから、だからあなたも早く忘れて前を向いてくださいね♪」、それだけ言うと彼女は僕の返事を待たずして部屋から出ていってしまった、 一人残された僕はその意味を理解することの出来ないままにしばらくその場に立ち尽くしていたがやがて我に返ると先程口にした疑問を解消すべく先生に問いかけた、「……あの、一つだけ質問があるんですがよろしいでしょうか?」、そう声をかけると先生は笑顔で頷くと「もちろん構いませんよ」と返事をくれた、それを聞いた僕は一呼吸置いてからある事について尋ねてみた、「……先生、実は私の知り合いの中にストーカーがいるんです、その人は先日レイナさんに対してとんでもないことをしてしまったせいで今警察に身柄を拘束されていましてね……そのことについてなんですけど、どうしてあの人は私だけでなく他の人からも記憶を消そうとまでしたのでしょうか?……そもそもそれが可能なのかどうかさえ分かりませんし本当にそんなこと出来るのだろうかと思ったりもするんですよ……」、僕がそう口にするなり先生も困った顔をしながらこんな言葉を口にした、

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