第23話

自動販売機で買った缶ジュースを飲みながら僕は聞いた。というのも、あれからずっと鈴木に振り回され続けていたからである。特に行く当てもなく、ただただ適当に歩いているだけといった感じだった。それはいいのだが、ここまでくると不安にもなってくるのである――まさかとは思うが僕を撒こうとしているんじゃないだろうな?いや、さすがにそれは考えすぎだろう……と思いたいところだ。だっていくらこいつでもそんなことはしないよな……?そんなことを思っていた時だった。突然後ろから声をかけられた僕は驚きながらも振り返ってみるとそこにいたのは先輩の妹さんだったのである。彼女は僕たちの顔を見るなり笑顔で近づいてきたので挨拶を返すことにした僕は、そのまま彼女と話しているうちにあることに気がついてしまった。そう、目の前にいる先輩が一言も言葉を発していないということに……いや別に喋っちゃいけないというわけではないんだけど、でもやっぱり気になるというか何と言うか……そんなことを考えていた僕だったのだが、やがて彼女がこんなことを言ってきたのである。

「お姉ちゃん、元気になったよ」

その言葉を聞いた瞬間、僕は思わず息を飲んだ。

「えっと、それはどういう意味ですか……?」

そう問いかける僕に先輩が笑顔で答える。

「私なら大丈夫だよ!」いや、大丈夫と言われてもですね……? 戸惑う僕に助け舟を出してくれたのは妹さんの言葉だった。

「あのね、お姉ちゃんはもう大丈夫だから心配しなくていいんだよ」

そう言われてもすぐに納得することなどできなかった。何故なら、どう見ても様子がおかしいのだから無理もないことである。それでも彼女の言うことを信じるならば、先輩が以前のように戻ったというのであればそれでよしとしようと思うしかなかった。

「……わかりました。そういうことでしたら安心しました」

そう言って微笑む僕に先輩が優しく微笑んだ。

「うん、心配してくれてありがとう」

それから少しの間、先輩と話をした後である、そろそろ帰ると言った彼女に見送られて駅を後にした僕たちは来た道を引き返すようにして歩いていた。その間中、無言だった鈴木だったが、その沈黙を破るかのように突然立ち止まるとこちらに顔を向けてきたのだ。しかも真剣な表情で。その表情を見た僕はこれから一体何が始まるのだろうと考えつつ同じように立ち止まって彼の顔を真っ直ぐに見つめ返していたのである。しかし次に彼が口にしたのは意外な内容だったのである。

「実は今日ここにきたのはお前に大事な話をする為なんだ」……え、どういうこと??そう思った僕だったのだが、彼は構わず話を続けた。

「俺と付き合ってくれないか」――え!?えええぇぇぇーーー!!?そ、そんなこといきなり言われても困るんですけどぉー!!!っていやいや違うそうじゃないだろ自分!っていうかマジで言ってんの!?これって告白されてるってことだよな!?いやでもさ、だってさ、ありえないでしょ普通!?昨日フラれたばかりなのにどうしてこうなるわけ!?あ、もしかして罰ゲームか何かか!?そうなのか!?……いや、そうだとしてもこんなこと言うわけないしなあ。

混乱する僕に対して鈴木は無言のままジッと僕のことを見つめている。

僕はどうすればいいのかわからずにいると不意にあることを思い出してしまったのだ――そういえばあの時、キスされそうになった時に何かを言いかけてたよね?それってもしかしたらこのことじゃなかったのかな?……だったら答えは決まっているじゃないか!そう思い至った僕は彼の目を見ながら答えたのだ。

「はい!」――と。

僕が返事をすると同時に鈴木が抱き付いてきたのであった。

そしてその直後である――スマホから着信音が鳴り響いたのだ。その音に驚いたのはもちろん僕だけではなく鈴木もまた同じだったらしい。慌ててスマホを確認したところ画面には『先輩』と表示されていた。それを見た鈴木は慌てて通話ボタンを押していた。しかし聞こえてきたのは先輩のものではなく知らない男の人の声だった。そしてその人が話し出した内容というのがこれだったのである――『君は本当に佐藤悠人くんかい?』

と――僕はもちろん混乱していたわけだが、鈴木もどうやら困惑しているようだった。

「あの、誰なんですかあなた!?」――すると電話の向こうで笑い声がした後でこんな声が聞こえてきたのだ。

『まあそう慌てずに聞いてほしい。私は君たちと同じ高校の教師をしている田中というものなんだが……』――その言葉を聞いてもまだ状況が掴めずにいた僕だったが、その後の言葉を聞いて一気に血の気が引いていったのである――なんと彼は今現在行方不明になっている生徒の名前を出してきたからである……それもよりにもよって僕がよく知る人物の名前を口にしたことで動揺を隠しきれないまま鈴木に視線を向けたのだが、彼もまた信じられないといった表情を浮かべていた。そして、電話の向こうからはさらに驚くべき内容が告げられることになったのである。『君が知っている佐藤悠人というのはそこにいる鈴木隆史くんのことなのだろ?そして彼はすでに亡くなっているはずなんだ。なぜなら昨日亡くなったからな』――……なんだって?い、いやいやいやちょっと待ってくださいよ、いくらなんでも話が飛躍しすぎですって!第一どうして彼が死んだなんてことになっているんですか!?そんなのおかしいですよ!そう言いたかったものの、今の僕には言葉を発することすらできなかったのである――あまりの衝撃のせいでパニック状態に陥ってしまったからに他ならない。しかし鈴木の方は違ったようだ――すぐさま反論したかと思えば相手を捲し立てるように喋り続けたのだ。すると相手の方も負けじと食い下がるようにこう返してきたのである。『確かにおかしな話なのかもしれない……だがこれは紛れもない事実なんだよ!』

それを聞いた鈴木の表情が変わるのがわかった。おそらく信じたくないという思いが強くなったに違いない。それは僕も同じだ……ただ今は鈴木の方が冷静になれる分、彼に任せる他なかったのである。そうしてしばらく言い合いが続いていたが、最後に相手がこんな一言を残して電話を切ったことで終わりを迎えた。

『近いうちにまた連絡するかもしれないからその時はよろしくな!』

それっきり聞こえなくなったことで静寂が訪れたところで鈴木は膝から崩れ落ちるようにして座り込むと頭を抱え込んでしまったので、今度は僕が話しかける番だった――大丈夫か?そう問いかけたらゆっくりと顔を上げた彼はこう言った。

「……なんでだよ……一体どうなってんだよ……」

その目からは涙がこぼれ落ちていたのである――。

*

1月25日(金)22:40/Mon. そんな二人の様子を物陰から覗き見ている人物がいたことに二人が気付くことはなかった……いや、正確には気づける状況ではなかったのである。何故なら二人は既に恋人同士になっており、お互いを抱きしめ合っていたからだ。しかもそれだけではない。口づけを交わしているだけでなくその先まで進めていたのだ……もはや二人だけの世界と言ってもいいほどの雰囲気に包まれていたのだから無理もないのかもしれないが。とにかくこのまま放置しておくわけにはいかないと考えたその人物は慎重に近づいていくことにした。下手に声をかけてしまえば二人の世界を壊してしまう恐れがあるのでそうなる前になんとかしなければならないと判断したからである。やがて目の前へとやって来たところでようやく二人がこちらを向いたのだが、その表情は今までとは一変しており驚愕に満ち溢れたものであった。まるで幽霊にでも出くわしたかのような顔つきだと言えばわかりやすいだろうか?そこで改めて自己紹介をしようとした時だったのだ、彼らがこう口にしたことで動きが止まることになる。

「ま、まさか……お姉ちゃんなのか……?」そう言って指をさす先にいたのは間違いなく女性であり、どこからどう見ても本人としか思えない姿だったからだ。

「そんなわけないでしょ!」

「だって俺たちの前で裸になる女なんかいないだろ!」

「いやだからって別人とは限らないじゃない!」そう言った彼女は近くにあった服を拾い上げて着替えると彼らの目の前にまでやって来て言った。

「初めまして」――その瞬間、彼らは再び言葉を失ったのである。それも当然の反応だろう……何せ目の前にいる人物は自分たちと全く同じ姿をしているのだから驚かない方がどうかしてるってもんだよね?でも驚いている場合じゃなかったんだよね……なにせ相手は幽霊みたいな存在なのだからね!だから僕はとっさに鈴木の手を取ると走り出したんだ!逃げるんだよおおおぉぉぉー!!!――って感じで全力で駆け抜けて行くことになったんだけどね。

そんなわけで走り続けること10分後のことだった、ようやく一息ついた僕たちはとある建物の屋上に来ていた。というのもここならば隠れる場所がいくらでもあるということで避難してきたというべきなのだろうか。さすがにいつまでも外にいたら寒さに耐えかねて風邪をひいてしまうかもしれなかったしね……というわけで僕たちは建物内に入ったわけなんだけど、ここは3階建てのビルのようで1階と2階にはテナント募集中の看板が出ており3階にはレンタルビデオ店が入居しているようだ。とりあえず階段で3階まで上がることにした僕たちは通路を歩いて行くとそのまま突き当りにある扉を開けたところで立ち往生することになったのである。なぜなら扉に鍵がかかっていた上に中に人がいるような気配がしたからである。どうしたものかと考えていた矢先のことである、中から扉が開けられて姿を現したのが男性だったのである……しかもそいつは僕たちを見るなり笑顔で挨拶してくるとこう言ってきたのだ。

「いらっしゃいませ」

それに対してどう答えるべきか悩んでいた僕だったのだが、隣に立っていたはずの鈴木の姿がいつの間にか消えていることに気がついて振り返るとなぜか男と話し込んでいる姿が見えたものだから不思議でならなかった。いったいどういうことなんだろうか……?そう思いながらも話を聞いてみると意外なことがわかったのだ。つまりこの男はこの店の店員だということなのである。さらに話を聞くところによるとこのビルのオーナーの息子らしく現在は一人暮らしをしているということだったのだが、そんなことよりもこの後に発せられた彼の言葉こそが衝撃的な内容であった。というのも、彼は鈴木隆史という人物のことをよく知っていると口にしたばかりか自分の弟であると断言した挙句に『自分は兄を知っている』と言いきったのだ。これにはさすがの僕も驚いてしまったわけでしてね、一体何が起こっているんだろうと思った次の瞬間、いきなり視界が歪み始めたかと思った直後に僕は意識を失ってしまったのだった――。

*

3月4日(土)10:35/A.M.1.00 目が覚めるとそこは見たこともない部屋であった……え、どこなんだここは!?そう思って慌てて身体を起こしたところで僕は思い出したのだ。そうだった、僕は昨日この人と会って話をしている最中に倒れてしまったことを……そしてここが病院ではなく彼の家であるということが判明したのがつい先ほどのことである。どうやら鈴木は僕より先に目が覚めていたようで色々と話を聞いていたところらしいのだが、肝心の僕は完全に記憶が飛んでいるせいで何があったのかほとんどわからない状態だった。まあでも何か大変なことがあったということだけは確かなんだろう。

ちなみに鈴木の話によれば僕と鈴木はあの後、気を失ってしまったのだが、それを介抱してくれたのがこの男の人なのだという。そして意識が戻った後は簡単な質問をされた程度で特に何事もなく帰宅できたそうだ。それから数時間ほど経った後で目を覚まし、今の状況に至っているというわけだった。しかし一つだけ疑問が残ることがあるとすればどうしてこの人は僕らのことを知っていたのかということである。そこが気になるところだったけど当の本人は何も語らないし、それどころか僕に対して何も聞いてこなかったのである。

こうして考えてみてもわけがわからないままだったのでひとまず鈴木と話すことにしようと思い立ったわけなのだが、その前にどうしても言っておきたいことがあったのだ。そう、僕はこの男の人にお礼を言おうと思ったのである。というのも、僕が目覚めた時には鈴木はすでに目覚めていたにもかかわらず、僕と一緒にいてくれたことが何よりも嬉しかったからなんだ。

「本当にありがとうな、鈴木。僕のそばにいてくれてさ……」

そう言うと彼は微笑んでくれた。その笑顔を見た僕は思わず胸が高鳴るのを感じたのだ――ああ、やっぱり好きなんだなって実感した瞬間でもあったけどね! そんなことを思っていると彼が問いかけてきたのである。それはなぜ自分たちがこのような状態になってしまったのかについてであった。しかし残念ながらこれについては本当に何も知らないから答えようがなかったんだけど、代わりに鈴木が答えてくれたのである。なんでも突然気を失ったのがショックだったのか倒れた時に頭を打ったことが原因なのかは不明だが記憶障害が起きてしまったらしく、それ以前の出来事が全て消えてしまったというのだ。もちろんそれを聞いた時の衝撃たるや言葉に言い表せないほどであったことは言うまでもない。だからこそ僕にはもう何も残されていないんじゃないかと思っていたのだが、意外にも彼はこんな言葉を口にしたのだ。

『佐藤くんのことは決して忘れないよ……たとえどんなことがあっても君だけは必ず守ってみせる!』

それは僕にとって嬉しい言葉だった――いや、嬉しいという言葉では表現しきれないほどに感激していたのだ!だから自然と涙が溢れてきてしまって自分でも止められなかったんだよね……。すると今度は鈴木が僕に言ってくれたのである。

『大丈夫、これからは俺がずっとそばについてるからさ!』

そんな心強い言葉のおかげでようやく落ち着きを取り戻すことができた僕が涙を拭いながら頷くと彼もまた安心したかのように笑ってくれたのだ。

そうして一通り話を終えた後で僕らはリビングへと移動したわけだが、その時にはもうすっかりお昼を過ぎていたことに愕然としていたものの、お腹が空いていることに気付いたので食事にしようということになった。だが冷蔵庫の中を見てもこれといって食べられるものがなかったので近くのコンビニへ買い物に行くことを提案することにした。

「じゃあ俺一人で行ってくるよ。悠人はゆっくり休んでていいよ?」

「何言ってるんだよ、せっかく二人きりになれたんだから一緒に行こうじゃないか!」

「え、いいのか?俺は別にいいけどさ……」

「いいんだよ!だってこれからデートするんだしさ、これくらいしないとだろ!」

そう言って鈴木の腕を引っ張って玄関へと向かっていく途中でふと気付いたのである。あれ、そういえばなんで当たり前のように会話しているんだ?そう、それが不思議なことだったのだ――だって僕とこいつは付き合ってなどいなかったのだから……いや、正確に言うと彼氏彼女の関係ではなかったというのが正しいかもしれないな。そもそもこいつには恋人がいたわけだし、しかもその恋人っていうのが……っておっと!これ以上先はネタバレになるから言わない方がいいかな?というわけで、ここから先はあくまで想像に委ねることにするからね!さてと……それでは話を元に戻そうか……というわけで二人で近所のコンビニに向かうことにした僕達は家を出て歩き出すとすぐに他愛もない世間話を始めたわけなんだけど、そんな時にある違和感を抱いていたのである。というのも、さっきから一度も彼から話題を振ってこないどころか笑顔を見せてすらくれないのだ。いや、それどころか何やら考え事をしているのかどこか思い詰めたような顔つきになっているではないか。さすがにこれは心配だなと思って話しかけようとしたその時だった……突如として目の前が真っ白になっていくのを感じ、それに呼応するかのように意識が遠退いていくのを感じた僕は咄嗟に手を伸ばそうとしたのだが、どういうわけか身体は思うように動いてくれなかった。それどころか声も出せなくなってしまい、どうすることもできなくなった僕は為す術もなく意識を手放してしまうことになったのである。

*

3月4日(土)10:41/A.M.1.00 僕は一体何をしていたのだろうか……。そう思って起き上がろうとしたら激しい頭痛に襲われた。おまけに身体全体が鉛のように重く、まるで全身に重りをつけられたような感覚に陥っていたのだ。あまりの痛みに再び倒れ込んでしまったのだが、その瞬間になって初めて自分がベッドの上で眠っていたのだと気づいたわけなんだけど、果たしてどうしてこんなことになっているんだろうかと考えていた矢先のことだった。ふいに扉が開いて誰かが部屋の中に入ってきたのである。しかもその人物とはまさかの彼だったのだ――どういうことだ?どうして君がここにいるんだ!?というかそもそもここはどこなんだよ!!そう思った僕はなんとか立ち上がろうと試みたが、それよりも先に駆け寄ってきた彼に制止させられてしまったのだ。

「落ち着いてくれ!」

彼はそう言うと僕の額に手を当てながら心配そうに顔を覗き込んできた。どうやら相当ひどい顔をしているようだと思った僕は素直に従うことにしたのだが、その直後に聞いた彼の言葉で僕は自分の置かれている状況を理解することになる。それはまさに寝耳に水とも言えるような内容だったのである……なんと僕と彼は付き合っているらしいのだ――それも同棲までしていてお互いに結婚の約束をしているとさえ言うではないか!?そんなのおかしいだろと思ったのは言うまでもないことだろうが、同時に一つの疑問が生じたのもまた事実である。一体いつの間にそこまでの関係になっていたのだろうと頭を悩ませていたところでさらに驚くことが起きたのだ――それは目の前にいる彼が鈴木じゃないと知ってしまったからに他ならない……というよりどう見ても本人としか思えないのだが、それでも彼は別人だと言うのだ。だったら一体誰なんだと問いかけてみると信じられない答えが返ってきた。というのも彼の正体は『佐藤 一真』だと言いきったわけなのだが、僕はそれを聞いて絶句した。何故なら彼の口から『鈴木隆史』の名が出てきたのと同じだったからである。ということはつまり、目の前の人物が本物の鈴木であり、この身体の本来の持ち主だというのだろうか!?いや、ちょっと待て!それじゃあ今の僕はいったい何者なんだ??混乱し始めたところでさらなる驚きが訪れたのである。

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