第22話

「ま、無理に言えとは言わないけどさ」と呟くように言った後で鈴木は少し考えるような素振りを見せてからこう言った。

「……とりあえず言える範囲でいいから話してみないか?」

そう言って笑う彼の表情がどこか悲しそうに見えたものだから、僕は小さく息を吐くと静かに話し始めた。とは言ってもどこから話すべきか正直わからないというのが本音なんだけど……そう思ったところで鈴木が小さく笑った。「最初から話せって」と笑う彼を見て思わず苦笑すると僕は覚悟を決めたように大きく息を吐いた。そして改めて彼に向き合うとゆっくりと話し出したのだった。

******

「――なるほどねぇ……」

一通り話を聞き終えた彼が呟いた言葉はたったそれだけだったが、それだけで十分だったように思う。だってそれ以上何を言えばいいのかわからないからだ。僕だってどうすればいいのかわからなくて困ってるんだもん。そんな僕を見かねたのか、鈴木は苦笑交じりに口を開いた。

「それにしても意外だな。お前のことだからてっきりキスの一つや二つ済ませてるんだと思ってたわ」

その言葉に一瞬ポカンとしてしまう。

「……はぁ?」

いやいやいやいや!いくらなんでもそれはないでしょ!?ていうか誰のせいでこうなったと思ってるわけ??そう思うものの目の前の彼があまりにも真剣な表情をしているものだから茶化すこともできないでいる。なので代わりにこう答えたのだ。

「そういう関係だったら悩むことないんだろうけどさ、そうじゃないから悩んでるわけでしょ?っていうかそういうのよくわかんないし……」

ため息交じりにそう話すと、彼は少しだけ考えた後に再び口を開いた。

「じゃあお前は彼女とどうしたいんだ?」

そう言われても返答に困るわけでして……だけど何か言わなければまずいだろうと思って必死に考えて絞り出したのがこれだ。「彼女を大切にしたい」――自分でもどうかと思うがそれが素直な気持ちなのだから仕方がないじゃないか。それを聞いた鈴木はしばらく黙り込んだ後で言った。

「大切にするだけなら付き合う必要はないだろ?」

「いや、まあそうなんだけどさ……なんつーのかな、こう、ちゃんと気持ちを伝えたいっていうかさ、彼女のことを好きなんだってことを伝えたいというか……」

「それだけか?他にはないのか?」

「他……?」

「もっと一緒にいたいとか触りたいとか思うことはないのかよって話だよ」

それを聞いて僕は驚いてしまった。鈴木がそんなことを言い出すとは思わなかったからである。だが考えてみれば当然と言えば当然のことなのかもしれない。なぜなら彼も同じ悩みを抱えているのだから――

僕と同じことを悩んでいるからこそ僕の力になろうとしてくれているのだ。その優しさをありがたいと思いつつ、それでもやはり自分の気持ちを伝えるべきではないと考えている僕にとって彼の気持ちは有難いと同時に少し辛いものがあったのだった。


***

***

「なあ、本当にいいのかよ?このままでいいのか??」

そんな彼の言葉に対して僕は何も答えなかった。いや、答えることができなかったと言った方が正しいのかもしれない。だってこれ以上言葉を発したら声が震えてしまいそうだったから……そして何よりも怖いと感じてしまったから。だから黙ったままジッと地面を見つめていたのだが、しばらくしてようやく顔を上げた時にはいつもの笑顔を浮かべていたと思う。もっともうまく笑えている自信はないんだけどね……。

「いいんだ。これでいいんだよ」

そう言うと、先輩は悲しそうな顔をしたけれど、それでも無理やり笑ってくれた。多分だけど僕が無理していることに気づいたんだろう。先輩はいつもそうなんだ。自分のことよりも僕のことを優先してしまうところがある。本当は嫌なくせに自分が我慢して相手の意見を優先する。そんな先輩だからこそ好きになったんだけど、こういうところは直した方がいいと思うよ、マジで。……と、ここまで語れば察しの良い人は気づいているかもしれないけど、つまるところ先輩が言いたいことってのは『別れよう』ってことだ。要するに、もう好きじゃないってことなんだろう。いや別に悲しくなんてないけどね。そもそも好かれてるなんて思ってないしね、ははは。ただちょっと寂しいな~って思うくらいで……あれ、なんか目から汗が出てきちゃったぞ??おかしいなあ……ははは。

(ダメだこれ、泣きそうだわ俺)

もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。どうしていいかわからなくなっていた俺は咄嗟に先輩に抱きついてしまっていた。いきなりの行動だったからビックリさせてしまったかもしれないと思ったけど、すぐに優しく抱き返してくれたことに安心したせいか我慢していた涙が溢れてきそうになったので慌ててそれを堪えたのである。ああやばいどうしよう、涙腺が緩みまくりなんだけど俺ってば……!こんな状態で別れたくなんてないんだけど、でも……どうしたらいいかわからないんだよ!!ごめん、ごめんなさい先輩……!!その時である。ふいに頭を撫でてくれる手の感触を感じたと思ったら耳元で囁く声が聞こえたのだ。

「佐藤……」

ああヤバい、そんな風に名前を呼ばれたら我慢できないじゃないか。ただでさえさっきから泣きそうになるのを必死に堪えているというのにこの人は――いや、今は俺が女になっているんだった……そうだった。ならいっそこの姿で思いっきり泣けばスッキリするんじゃないだろうか……?うん、きっとそうだ!そうと決まれば遠慮はいらないってことで早速泣いてやろうと思った俺は先輩の胸元に顔を押し付けて思いきり泣いたのである。


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お読みいただきありがとうございます!ご感想などございましたら是非お聞かせくださいm(__)m次話もよろしくお願いします!

20:03/Tue. 突然泣き出したので最初は驚いたのだが、彼女が何を求めているのかを察することができた私は何も言わずに頭を撫でてやったのである。彼女は普段から明るく元気いっぱいといったイメージが強いためこんな風になるとは思っていなかったが、どうやら私の前では違ったようだ。きっと彼女なりに色々溜め込んでいたのだろうと思う。そんな彼女のことが可愛くて仕方なくなりながらも私は黙って彼女を慰め続けた。

どれくらいの間そうしていたのだろうか、ふと気づくと腕の中の温もりが消えていたので顔を上げようとしたら背中に小さな痛みが走った。それと同時に聞こえてくるのは彼女の嗚咽だった。ああまたやってしまったかと後悔するがすでに遅いだろう。なぜこうなるまで放っておいたのかと自分に怒りを覚えつつもう一度謝ろうとしたところで彼女に先を越されてしまったのである。

「せんぱぃ……おれ、おれはっ……!」

そこまで言うと彼女は再び黙り込んでしまった。しかし今度は泣いているわけではなかったのでそのまま待っていると深呼吸をした後で続きを話してくれたのである。

「……俺は先輩が好きです。大好きなんです、本当に好きなんですよ!!」

その言葉を聞いた時、思わず目頭が熱くなった。もちろん泣くつもりなんてなかったし我慢しようと思っていたのだがダメだったのである。だがここで涙を流したらまた心配させてしまうだろうし、これ以上迷惑を掛けたくなかった私はグッと堪えると代わりに笑顔を向けた。上手く笑えていたかどうかはわからないけれど……でもきっと大丈夫だと思う。その証拠に私の気持ちに気づいていないであろう彼女も笑顔を向けてくれたのだから。「ありがとう」

「俺もお前が好きだ」と口にできなかった代わりにそう伝えると、彼女は驚いたような表情を見せた後で照れたように笑っていたのだった。

***

***

鈴木たちと別れた後、僕は家に着くまでの間ずっと考えていた。先輩と付き合うべきかそれとも付き合わない方がいいのか――結局答えは出ないまま家に帰ってきてしまい部屋に閉じこもっていた僕だったのだが、それから何時間も経ちさすがに空腹に耐え切れなくなってきたので重い腰を上げると台所へ向かったのである。そして冷蔵庫を開けて中に入っている食材を確認したところ卵しか入ってなかったのでどうしようかと考えることにした。するとそこでインターホンが鳴ったので確認しに行くとそこには宅配業者の姿が。そういえば通販で注文したものがあったっけと思いながら玄関に向かったところで荷物を受け取りリビングに運び込むとさっそく中身をチェックしてみたのである。中には大きな段ボール箱が三つ入っていた。それの中身を見た僕は思わず声を上げてしまったのだ。なぜならその中には大量の本が入っていたから。「マジか……結構買い込んだつもりだったけどまだまだ足りないとは……やっぱりもう少しバイトを増やすか……」などとブツブツ言いながらとりあえず届いたばかりの本を床に並べていったわけなのだが、その内の一冊を手に取ってみて「あ、これは鈴木から勧められてたやつだ」と思い出すと苦笑しつつも再びページを開いてみる。それは恋愛に関するコラムが載っているものだった。確かこれを読んでいた時に鈴木が「参考になるんじゃないか?」とか言ってたけど、正直なところあまり興味がなかったせいで途中で読むのを止めてしまったんだよね。でも今こうして改めて見てみると意外と面白そうな気がしてきたかも……そう思いながらパラパラめくってみた僕はハッと息を飲むことになった。というのもある記事が目に飛び込んできたからである。その見出しに書かれていた文字を読んだ僕は慌ててスマホを取り出すと鈴木に連絡することにした。もちろんあの事を確認するために……

***

***

22:15/Mon.

『明日時間ある?』

『おう』

『話したいことがあるからちょっと付き合ってくれない?』

『わかった。じゃあ10時にお前の最寄り駅でいい?』

『うん、ありがと!』

そんなやり取りをした後でホッと一息ついたところで顔を上げると壁に掛けられた時計が目に入ったのだが、時刻はもう間もなく23時になろうかというところだった――つまりは約束の時間まであとわずかということである。鈴木と約束をしているにも関わらず僕がこんなことをしている理由はただ一つ。先ほど届いた本を読んでいたからだ。それもかなりの集中力で読みふけった挙句すっかり時間を忘れていたというわけである。まあそんなことはさておき、そろそろ支度を始めなければいけないと思った僕はベッドから起き上がると急いで着替えることにしたのだった。

******

「お、やっと来たな」

そう言って手を振る鈴木の前にやってきた僕は開口一番こう言った。

「で、どうだったの??」

それを聞いた彼はなぜかニヤリと笑ったかと思うと急に真顔になったかと思えばとんでもないことを口にしたのである。

「結論から言えば付き合ってよかったぞ」……は?なに言ってんのこの人??え、まさかもう別れたとか言うんじゃないよね??っていうかその前に『付き合ってよかった』ってどういう意味だよ!!頭の中で色んな考えがグルグル回っている僕の表情を見て勘違いしたらしい彼がこう続ける。

「安心しろ、ちゃんと付き合ってるから。ただお前が思ってるような関係じゃなくてだな……」

その発言を聞いて一瞬ホッとしたものの、すぐに首を傾げたくなった僕は恐る恐る彼に問いかけた。

「え、ちょっと待って……どういうこと?」

意味が全く理解できなかったからである。そんな僕に対し鈴木は小さく息を吐くと言った。

「まだ説明していなかったことがあったんだよ」……は??なにそれ、もしかしてそれが今回の理由ってわけ!?そう思ったら無性に腹が立ってきたんだけど、僕が口を開くよりも先に彼が口を開いた。

「お前にキスしようとした時の話をしただろ?あの時俺が言いかけた言葉を覚えてるか?」

ああ……そう言えばそんなこと言ってたような気がするけど……でもなんでいきなりそんな話をしだしたんだろう……?不思議に思いながらも僕は正直に答えることにしたのだ――いやだって嘘つく必要なんてないからね。それに今はそれよりも大事なことがあるしさ!だから鈴木の言葉を聞き終えると同時に勢いよく頭を下げながら言ったのである。

「お願いします!!俺と別れてください!!!」――うん、言ったよ!よくやった俺!!!これでようやく解放されるんだと思った瞬間である、なぜかため息が聞こえたので顔を上げてみると呆れた表情でこちらを見ている彼の姿があったわけでして……ん???あれれ??おかしいな、なんでそんな顔してるわけ……?意味がわからないんだけど……。そんな風に思っていたら今度は苦笑いをしながら教えてくれたのである。

「誰が別れるなんて言ったんだよ。お前はバカなのか?」……へ??? 予想もしていなかったことを言われたことで混乱した頭でなんとか状況を把握しようとした結果一つの答えが出たのである。

「……えっと、それってつまり、どういうこと??」

そう問いかけてみるとまたしても呆れ顔をされてしまいながらも詳しく説明をしてくれたのだ。どうやら僕に告白をしようとしていたというのは彼の勘違いだったということらしい……いや確かに言われてみればそうだったのかもしれない。ただあの時は先輩が泣いていたことに驚いてしまいそれどころではなくなってしまったのが本当のところだし……ってかそれ以前に僕は女だったわけだから……うーん、考えれば考えるほどわからなくなってきたぞ……と思っていたら突然鈴木が頭を下げたのである。これにはさすがにビックリしたが、それ以上に驚いたのはなんと彼も僕と同じように謝ってきたのだ。「悪かった」……と。そして続けてこうも言ってくれたのである。

「お前と付き合い始めて思ったんだよ。俺はきっとお前のことを大事にできてないんだろうなって……もちろん大切にしたいと思ってるし幸せにしたいと思っている……だがお前のためにと思って行動しても裏目に出るばかりで全然伝わってなかったみたいだな……」

それを聞いて僕も申し訳ない気持ちになったのだが同時に嬉しかった。なぜなら今までこんな風に謝られたことなんて一度もなかったからである……だからこそ余計に辛かったのかもしれない。しかしそれと同時に嬉しくもあった――だってそれだけ僕のことを大切にしてくれているってことなんだろう?でもさ……

「俺は大丈夫だから気にすんなって!」

精一杯明るい声でそう言ったのはもちろん気を使ってのことではなく本心だ。鈴木には悪いけれどこのまま付き合っていてもどうせいつかは別れることになるだろうと思っているからこそなのである。きっと彼には僕よりももっとふさわしい人がいるはずだ――たとえば先輩の妹さんとか……そんなことを思っていながら彼の顔を見つめていたらふいに視界が滲んだ。やばい泣くかもしれないと思ったけど我慢していたおかげでなんとか堪えることができたようである。

「――佐藤、俺はお前が好きだ」

突然の告白にドキッとしたけどどうにか耐えることに成功した僕は再び笑顔を作ると返事をすることができたのである。

「ありがとう、俺も好きだよ」

*

***

22:30/Fri.

『また明日ね!』

そう送った後で画面を見ていたが、やはり返信はなかった。まあいつものことだから気にしないけどさ!そんなことよりも今日は色々とありすぎたせいで頭がボーッとしちゃってるんだよねー実は!なので今日はもう寝ることにしようと思った僕は部屋の明かりを消すと布団に入ったのである。そしてそのまま目を閉じようとした時である、枕元に置いたスマホから通知音が聞こえてきたので確認したところメッセージの送り主は鈴木だったのである。そこにはこんな内容が書かれていたのだ。

『おやすみ、また明日な』

それを見た途端、なぜだか急に先輩のことが気になり始めてしまった僕はなかなか寝付けずにいたわけだがいつの間にか眠っていたらしく気づいた時には朝になっていたというわけだが、目が覚めてもなお夢を見ているような感覚のままだったのでベッドから起き上がると着替えもせずにフラフラしながらリビングへ向かうことにした。しかし途中で足を止めた僕は小さく息を吐き出すとゆっくりと振り返ったのである。なぜってそりゃもちろん目の前に鈴木が立っていたからだ――ただし昨日と同じ姿で……。

*

***

16:50/Sun.

「あ~やっと着いた~」そう言って大きく伸びをする鈴木の隣に立っている僕だったのだが、そんな彼に向かってこう言った。

「ねえ、いい加減説明してくんない?どうしてまだここにいるのかってさ」それに対して彼はこう答えたのである。

「せっかく来たんだからもうちょっとゆっくりしてから帰ろうかなって思ってな。ま、そんなに心配しなくても夕方までには帰るつもりだからさ、それまでは二人で仲良くやっててくれよ」

いや、だからそうじゃなくてだな……ってああもう!なんでこんなに話が通じないんだこいつは!!こうなったら強硬手段しかないと思った僕は無理やり話を進めるべく行動を起こすことにした。すなわち、鈴木の手を取って歩き始めたのである――と言っても向かった先は駅のホームなんだけどね……でもここで電車を待つつもりはないので別の路線に向かうつもりだけどね!!

「お、おいちょっと待てって……!」そう言いながら慌てた様子で追いかけてくる彼を無視して僕は改札を抜けると階段を下り始めた。その後でようやく追い付いた彼が何か言っているような気がしつつもそれを無視すると再び歩き出したのである。そうしてしばらく進んだところで階段を上がろうとしたところで腕を掴まれたので振り返ると怒ったような表情をした鈴木の顔があった。そこでようやく自分のしたことに気づいた僕はすぐに謝ることにすると改めて問いかけたのである。「あのさ、昨日の続きを教えてほしいんだけど?」と。

それを聞いた彼は大きなため息を吐いた後で言ったのだ。

「ったく、せっかちだなお前は……」そう言うと僕の手を掴んで階段から引き離した後で再び歩き出しながら言った。

「まあいいや、とりあえず行くぞ」と言って手を引っ張る彼についていく形で進みながら考えていたことはもちろん鈴木のことだった――いったいどういうつもりなのだろう?僕と二人きりになりたかった理由はなんなのか、そもそも先輩は本当に大丈夫なのか……?などと考えていたわけだが急に立ち止まったことで現実へと引き戻された僕は顔を上げた。そこには改札口が見えており、さらに先に見える自動ドアの向こうには大きな駅ビルがあるのが見えた。それを見て僕は察したのだが彼はこう言うのだった。

「ちょっと休憩しようぜ」

「で、結局教えてくれないわけ?」

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