第39話 魔王軍団、地下から静かに侵攻する

 

「室内に敵影無し……クリアですぜガイおにーさん!」


「おう、ごくろう!」


 成長した身体能力を生かし、偵察に出ていたレナがしゅたたたっと小走りでこちらに戻ってくる。


「いったい何のノリなのよ……ううっ、白い冒険着が汚れちゃいそう」


 作戦会議から2週間、回復アイテムや装備を錬成し、十分な訓練を積んだ俺たち魔王軍 (3名+α)は、レナが入手した地図を頼りにジール王国王都の地下遺跡に潜入していた。


 一部は下水道として使われているのか、所々に汚水が流れ、すえた匂いが漂っている。


 当然の事ながら、ノナの奴には白を基調にした魔導服を、レナには白のタイソーギと呼ばれる格闘に向いた服を準備してやった。


 ファッションに敏感なノナは、純白の装備に汚れが付かないか気にしているようだ。

 くくっ……カレーうどんでは飽き足らず、打ち捨てられた汚い地下遺跡に潜らせるなど、なかなかの虐待ではあるのだが。


「ふんっ!」


 きゅぴんっ!


「ふおっ!?」

「な、なに?」


 俺が軽く右手を軽く振ると、二人の装備に仕込んでおいた術式が反応する。


「くくっ、お前達は白い装備をできるだけ汚して、洗濯の時間分給金の割り増しを請求するつもりだろうが。

 いま掛けてやった俺様のスペシャルコーティング魔術は、全ての汚れを弾き飛ばす!!」


「お前らがどんなに暴れても服はきれいなままだぜ!

 ふっ、残念だったな!!」


「お、おうっ……ありがと」


「ばーん! レナちゃんの拳が敵の心臓を貫き、真っ赤な返り血が降り注ぐが……そこに現れたのは汚れ一つない天使のような悪魔の姿だった!」


「だから何のノリなのよ?」


「ふっ、さすが俺の相棒だ……強がりが半端ないぜ!」


「すごい……なんというか嚙み合ってないようで噛み合ってるよねこの3人」


 ガラガラと台車を押すニーナが呆れた口調で感心している。


 ちなみにニーナの役目は補給物資を運ぶこと。

 兵站は重要だ。


 ニーナが押している台車には一抱えほど箱が乗っているのだが、この箱には格納魔術が掛かっており、家1軒分くらいの荷物が仕舞い込まれている。

 質量の大部分は異空間に飛ばしているので、ニーナの細腕でも楽々運べるのだ。


 くくっ……自ら軍団に志願した新人を荷物持ちに使うなど、俺様は厳しいんだぜ!


 試用期間中だから時給わずか200センド!

 多重にかけられた防御魔法により恐ろしいほど安全で、冒険のドキドキも感じられない。

 まさに非道!!


「それにしても……王都にこんな広い地下区画があるなんて。

 入り口の場所から推測すると、王都の官庁街……冒険者ギルド本部があるあたりかな?」


「ニーナ姉さん、ビンゴ!

 地図を見る限り、この先の通路を突きあたるまで進んで、T字路を右に進めば冒険者ギルドさんの地下に着くね」


「おお、さすが王都暮らし!」


「う、私は当主様のお使いでよく来てただけだから……」


 ふむ、ニーナのヤツはたぐいまれな方向感覚を持っているようだ。

(ちなみに俺様は全然分かんねぇ!!)


 思わぬ新人の能力に満足する俺。

 勇者が陣を構えているとするなら、冒険者ギルドかレグニス家の屋敷だろう。

 恐らく本陣は屋敷だろうから、冒険者ギルドから調査するのだ。


 そういえば、なんでこんな少人数で勇者の本拠地に潜入しているんだと思う奴もいるだろうが、これには深い訳がある。


 魔王サイドは大軍団になると女神の奴らからデバフを食らうことがあるからな。

 メンバーを4というのは重要な事なんだぜぇ!


「よしっ、目的地までの道が分かった所で、お茶にするぞ!

 俺のコテージの中に入れば匂いも気にならねぇ!

「ケーキも用意してるからな!」


「やった~♪」


「え、もう休憩? 探索を始めてしか1時間しか経っていないけど」


 俺はレナが確認した小部屋に入ると、魔導コテージを出現させる。


「ふっ、お前はまだまだ素人だな」


「む~っ」


 ノナはふくれているが、人間の集中力は90分が限界だ。

 こまめな休息が最高のパフォーマンスを引き出すんだぜ?


 俺たちはコテージに入るとケーキと紅茶でゆっくりと英気を養ったのだった。



 ***  ***


「室内に脅威対象Dを確認……ていっ!」


 べしっ!

 べちゃん!


 わたしの回し蹴りが炸裂し、天井から落ちてきたブロブは壁に叩きつけられて消滅します。

 はじけ飛んだブロブの粘液が服に掛かるものの、汚れが残ることなくするりと地面に落ちます。


 うお、これマジすげぇ!

 お皿に掛けておけば洗い物をしなくてよくなるんじゃないでしょうか?


「くくっ、そんなことをすればつるつると皿の上でダンスを踊る料理と格闘する事になるぜ?

 残念だったな」


「ちぇ~っ……ガイおにーさん、ポイントD-21クリアだよ」


「おう、ご苦労」


 おにーさんの大きな手が、わしゃわしゃとわたしの頭を撫でてくれます。

 えへへ……魔王であるガイおにーさんが本気を出せば、一瞬で方がついてしまうだろうけど、こうしてわたしたちにも活躍の場をくれるのが嬉しいです。


「……む、この壁の向こう。

 人間共の気配がするな」


 わたしを撫でた後、真剣な表情になるガイおにーさん。

 下水道として使われている古代遺跡に複数の人影……怪しいですっ!


「カオスブリンガーで壁ごと切ってやってもいいが……」


「ちょちょっ!?

 ガイ、あたしに任せて!」


 魔剣の柄に手を掛け、脳筋な手段を取ろうとするガイおにーさんですが、慌てた様子で部屋の中に入ってきたノナちゃんがおにーさんを止めます。


「中にいる人が敵さんとは限らないでしょ?」


 ぴとっ


 そういうとノナちゃんは右の耳を壁につけます。

 そう、ノナちゃんの武器の一つ……スーパー地獄耳!!


 八百屋さんの特売情報も、わたしたちに悪いことをしようとする悪人の気配もたちどころに知覚する地獄イヤー。

 こうやってわたしたちは幾多のピンチを切り抜けてきたのですっ!


 まあ、隣に住むご夫婦などの営み (意味深)の音も聞こえたそうなので、こんなかわいい耳年増の妄想癖ありのノナちゃんに育ったのですが。


「……一言多いわよレナ姉」


 おっと……ジト目で睨まれちゃいました。


 ***  ***


「む……室内に人が増えたわ」

「会議でもするのかな?」


 壁の向こうに聞き耳を立てるノナ。

 俺の見立てでは、部屋とこの通路を隔てる石壁は厚さ数メートルはあるだろう。

 僅かな音も聞き漏らさないノナの聴覚に感心する。


「え~っと……『まずは悪い知らせだ』?

『レグニス家の屋敷に放った密偵は彼女に捕まったようだ』」


 室内の会話を聞き取っているのだろう。

 ノナが小さな声でしゃべりだす。


「『それに、屋敷を警護する人員の中にあっき(?)のデニスを始め、”闇の鷹”の構成員が多く見受けられた』」

「『先日の中央銀行襲撃事件も奴らの仕業だろう』……って、ええ?」


 交わされる会話の内容に驚くノナ。

 彼女の言葉は続く。


「『連中はフェリシア正義傭兵団などど名乗っているようだが……王宮に至る通りも連中に押さえられており、近衛騎士団の援助は見込めない』」


「お、お嬢様!?」


 ニーナは口に手を当て驚きの表情を浮かべているが、なんか面白いことになってんじゃねーか。


「『我々は秘密裏に国王陛下の依頼を請けた』」

「『隣国ギルドからの増援を待って、我らギルド構成員はレジスタンスとして一斉蜂起、レグニス家令嬢を拘束する!!』」


「……だって」

「よくわかんないけど、ギルドの人たちが王様(?)から依頼を請けてフェリシアさんを捕まえようとしているっぽい?」


「そ、そんな……お嬢様がお尋ね者にだなんて」


「ニーナ姉さん……」


 自分が使えていた主人が、冒険者ギルドから追われている。

 その事実がショックだったのか、ぺたんと床に座り込むニーナ。


「ふむ……わかったぜ!」


 ザッ!


「ガイ?」


「おにーさん?」


 俺はカオスブリンガーを抜きながら前に出る。

 ノナが聞き取った内容とニーナの話を総合するとこういう事になる!


「つまり!

 コイツらは正義の勇者にたてつく悪の集まり……俺様の手下候補だ!!」


「は!?」


「ふおっ!?」


 ブオンッ!!


 漆黒の刃が翻り、壁を四角く切り裂く。


 ズ、ズズン……

 重い音を立て、石壁が手前に倒れる。



「「…………」」


 そこにいたのは唖然とした表情を浮かべた10人ほどの人間たち。


「ガイったら、人の話聞いてたのかしら……」


 ノナのツッコミは、迷宮の中に空しく消えていった。

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