第38話 混乱の王都

 

「そこの貴方!! なかなかいい身体をされていますね!

 ボクたちと一緒に、魔王へ正義の鉄槌を下しに行きましょう!!」


 ドガアッ!


 巨大な鉄製のハンマーが振り下ろされ、石畳に大穴が開く。


「ま、待ってくれ!」

「いったい何が何だか!?」


「問答無用です!!」


「「ぎゃああああああっ!?」」


 ジール王国王都に到着したばかりの冒険者パーティがフェリシアに見つかり、引き摺られていく。

 彼女が目指すのは王都の中心部にあるレグニス家の屋敷。


 もともとジール王国でもトップクラスの貴族であり、広大な屋敷を構えていたのだが。


「なんとか形になってきましたね、でもまだまだ足りません!」


 古代ジール様式で建築された、落ち着いた木造りの屋敷は今や要塞のような雰囲気に変貌していた。


「おっ、姐さんのお帰りだぜ!」


 屋敷の門に立っているのは、巨大な斧を得物に持ち、全身に入れ墨を入れた赤髪の男。


 明らかに貴族屋敷の門番として場違いな見た目だが、にこやかな笑みを浮かべたフェリシアは嬉しそうに挨拶をする。


「デニスさん! お仕事お疲れ様です!!

 この方たちも協力して頂けるようです!

 ”待機所”の方にご案内をお願いします!」


「はいよ」


 ずずん!


 肩から降ろされた巨大な戦斧バトルアックスが地面に亀裂を作る。


「あ、悪鬼のデニスッ!?」


 引き摺られていた冒険者パーティのメンバーが驚愕の叫びを上げる。

 Sランクに迫る力を持ち、要人の暗殺に一般人への恐喝、マフィアの用心棒を務めるなど悪行の限りを尽くし、冒険者ギルドから破門された筋金入りの悪人である。


「おい、コイツらを地下にぶち込んどけ!」


「了解しやした!!」


 門の脇に設置された待機所から数人の男が出てくると、冒険者パーティを連れてゆく。

 そろいもそろって筋骨隆々のスキンヘッドの男たちであり、悪人オーラを全身に漂わせている。


「ま、まってくれえええええっ!?」


 なすすべもなく連行される冒険者パーティをニヤニヤと眺めていたデニスだが、何か思いついたらしくフェリシアに向き直る。


「そうだ、姐さん。 活動資金が足りねぇんだが。

 ちょいと手勢を引き連れて、銀行を襲いに行ってもいいかい?」


 くちゃくちゃと干し肉を嚙みながら、フェリシアを見下ろすデニス。


 いきなりコイツが俺のアジトに踏み込んできて、あっさりとぶちのめされた時はどうなるかと思ったが、

 ただの単純馬鹿だったからな、取り入るのは簡単だったぜ。

 それに、コイツといるとなぜかオレたちの力が増大するのも都合がいい。


「はいっ! もちろんですっ! 正義の為ですからっ!!

 ボクたちの聖戦に資金を貸してくれない中央銀行は悪ですねっ!!」


 デニスの提案に賛同するフェリシア。

 世界中の強者を勧誘するには、いくら資金があっても足りないのだ。

 正義のためには必要な仕事と言えた。


「それにしても……ボクの説得を受け入れない連中がいるのは、情けない事です」


 心を込めたフェリシアの”説得”にもかかわらず、冒険者ギルドは彼女から逃げ続け、噂では地下に潜ってレジスタンス活動をしているとか。

 国王陛下も遺憾、遺憾と言われるだけでボクたちの活動に手を貸そうともしない。


 この方たちの方がよほど正義の心を持っているではないですか!

 悪人そうな見た目なので誤解していました!


「ふん。

 じゃ、何人か手駒を借りるぜ?」


「お願いします!! フェリシア正義傭兵団の初仕事ですね!!

 ボクは作戦会議がありますのでこれで」


 フェリシアは華麗に一礼すると、屋敷の中に入っていった。

 紅潮した頬には生気が満ち、長い金髪が日光を浴びてキラキラと輝く。


「ごくっ……ああ見るとお嬢って綺麗ですよね」


「……あ? お前ああいうのが好みなのか?」


 銀行襲撃の準備をしていると、部下の一人が目をぎらつかせながらデニスに話しかけてくる。

 ギルドを破門になった後にデニスが組織した傭兵集団のメンバーで、デカい案件で国外に出張に出ていたのを呼び戻したのだ。


「剣の腕はせいぜいEランクなんでしょ?

 それにしょせん18の小娘の腕力では……」


「ふん、お前アイツをぶち犯してえのか?

 姐さんの部屋の鍵なら貸してやるけどよ、その馬並みの一物をすり潰されてバラバラにされたいのか?」


「い、いや自分だって腐ってもBランクですよ? そんな簡単に……」


「ふん……」


 フェリシアに”勧誘”された日の事を苦々しく思い出す。

 オーガーすら一刀両断する戦斧の一撃を、アイツは指一本で止めたのだ。

 それにあの両目の”輝き”……。


 裏の世界で長く生きて来たデニスは瞬時に判断していた。

 コイツはヤバい奴だと。


「ま、精々頑張んな。

 オレは銀行襲撃の準備に忙しいんだ、やることやってからにしろ」


 ちゃりん


 フェリシアの部屋の鍵が部下に手渡される。


「りょ、了解です!!」


 その夜、ジール王国の中央銀行が何者かに襲撃され……。

 多数の死傷者と、王国が保管するインゴットの8割が持ち去られる大事件が発生した。


 その陰で、王城の堀に股間を潰された男の変死体が浮くという事件が発生したが、いつ「フェリシア正義傭兵団」にスカウト (強制)されるのか……恐怖に慄く王都住民にとってそんな些細な事件を気にする余裕などないのであった。

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