第33話 王都からの逃亡者

 

「はあっ……はあっ……お嬢様……」


 黒いメイド服姿の少女が王都の路地に座り込み、荒くなった息を整えている。


「いったい何が起きたというの?」


 少女の名前はニーナ。

 田舎の村から王都に出稼ぎに来て、レグニス家で侍女として働いていた。


 レグニス家の一人娘であるフェリシアとは同い年という事で特に仲良くしてもらっていた。

 田舎出身の庶民ではあるが差別などはなく、むしろフェリシアがお忍びで街に出るときなどよく影武者を買って出たものだ。


 少々思い込みの激しい所はあったが、正義感が強く優しいお嬢様。


「でも……」


 そんなフェリシアはレンド村へ救援隊として赴いてから、がらりと変わってしまった。


「レンド村は魔王に制圧されました。民衆のために国を挙げて魔王を退治するべきです!!」


 お嬢様の言うことはもっともだとは思うが、やり方が強引すぎる。

 お尋ね者として手配されていた冒険者を仲間に引き入れたと思ったら、レグニス家当主や冒険者ギルドを脅し強引に遠征軍を組織しようとしている。


 フェリシアはニーナも軍勢に加えようとしたため、隙を見て逃げ出してきたのだ。

 ただのメイド娘のニーナに戦う力などない。


「それに……」


 ニーナはメイド服の懐から一通の手紙を取り出す。


 差出人はレンド村に住んでいる両親だ。


 モンスターの凶暴化で村に帰れなくなり、両親と幼い弟は無事だろうかと気を揉んでいたのだが。


 ぱらり


 ニーナはもう何度も読んだ手紙を読み返す。


 食料が尽き、ゲウスという冒険者の横暴で村が崩壊寸前だった時、黒髪の救世主が現れた。

 彼はゲウス達を成敗した後、モンスターのネストを吹き飛ばし、農地を整え、あばら家同然だった村人たちの家を建て直した。

 作物の生産高は以前の数倍になり、村の暮らしは見違えるほどよくなった。

 それに、救世主は村人に教育を施し、村を守る城を立て、動物園などの娯楽を提供してくれているとのことだ。

 そして、彼を連れて来たのが。


「レナとノナか」


 王都に来る前、妹分として可愛がっていた獣人族の双子の事を懐かしく思い出す。

 孤児ではあるが好奇心旺盛で、自分たちとは違い頭のいいこの子たちの事だ。

 村のピンチに必死に動いてくれたのだろう。


「……」


 手紙には絵が得意なカルラさんが書いたと思われる肖像画が同封されていた。

 黒髪の偉丈夫を中心に笑顔で画面に納まるレナ、ノナ、両親に弟や村の人たち。


「確かめる必要がありそうね」


 幸いフェリシアが起こした騒ぎのお陰で、街道に通じる門の警備がおろそかになっている。

 お嬢様を疑うわけではないけれど、彼女の見た光景が”勘違い”だったなら?


 使命感に駆られたニーナは、混乱に乗じて王都を脱出するのだった。



 ***  ***


「まおーぐん、ふぁいおー! ふぁいおー!」


「ふぁ、ふぁいおー!」


「ノナ! ペースが落ちてんぞ!

 レナの奴を見習え!」


「体力お化けなレナ姉と比べないでよ~!

 あたしはまほーつかい志望なのにっ!」


「問答無用!」


「ひぃ~っ!?」


 うららかな昼下がり、俺はレナとノナのトレーニングをしていた。

 教育虐待の一環ではあるが、こないだの勇者の件もあり俺は本格的にこのふたりを鍛えることにしたのだ。


 俺が目を離した隙に狙われたら厄介だし、よく考えたら俺の下僕が弱いと格好がつかねぇ!


 それに……。


 限界までトレーニングした後に食う飯の衝撃は、何事にも代えがたい。

 昨日なんてレベルCトレーニングクリア記念に豪華三段ハンバーグを作ってやったが、あまりの旨さに泣いてたからな。

 これぞ究極の食虐待だぜぇ!


「ふうっ、ふうっ……ランニング15キロ終わったわよっ!」


 今日は何を食わせて泣かせてやろうか……俺が昏い喜びに心を震わせていると、ランニングを終えたノナが地面に大の字になる。


「ノナちゃん! だらしないよ?」


 今日は暑かったので、そういうレナも汗だくだ。

 程よく日焼けしたみずみずしい肌に玉のような汗が浮いている。


「ふむ……」


 やはりトレーニングで流れる汗は美しい。

 とても健康的な光景だ。


「うっ、なによ?」


 白いトレーニングウェアが汗で透けていることに気付いたのか、頬を染めて胸元を隠すノナ。

 くくっ、こういう自意識過剰なところがコイツの可愛い所だ。


「かわっ!?」


 思わず口に出ていたのか、更に真っ赤になるノナ。


(発汗が少し多め……体温も高いか?)

(このままじゃ熱中症になっちまうかもな。 それなら!!)


 俺はあらかじめ錬成しておいたとっておきを懐から取り出す。


 シャッ!


 ふたすじの蒼い刃。

 冷酷なまでに研ぎ澄まされたそれは狙いたがわずレナとノナの口に吸い込まれる。


「「むぎゅっ!?」」


 氷の刃を突きこまれたレナとノナの顔がさっと青くなる。


 これは、そう!

 俺様特製、ソーダアイスバーだ!!


「つ、冷たいっ!? けどしゃくしゃくっ!!」


「あうあうっ、とっても美味しいけど頭がキンキンするよぉ!?」


 爽やかな甘みと鋭い刺激に悶絶するレナノナ。

 熱中症を防ぎ、頭キンキン攻撃を仕掛ける一石二鳥の虐待アイテムだぜ!!


「うおおお、ガイおにーちゃんそれなに!?」


 騒ぎを聞きつけ、村の子供たちも集まって来た。


「おう、たくさんあるからお前らも頭キンキンしろ!!」


「「わーい!」」


 俺がガキどもと戯れていると、村の見張り塔で街道を見張っていた村人の大きな声が響く。


「たっ、大変だ!! 人がモンスターに襲われているぞ!?」


「あん?」


 村人の声に街道の方を見るが、遠くてよく分からない。


「ホントだ! 女の人がモンスターの群れに襲われてるよ!」


「助けなきゃ、ガイ!」


 目がものすごくいい二人には見えるらしいな。


「そうだな……。

 決めた!!」


 むんずっ!


「ふお?」

「え?」


 せっかくだし、実地訓練もいいだろう。

 そう思いついた俺は、レナノナの首根っこを掴み、現場へ転移するのだった。

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