第30話 魔王対勇者(後編)

 

 ギギギギ……


 ズズン!


 レンド村の入り口に築かれた巨大な城塞。

 漆黒のレンガで組み上げられた邪悪な城門が周囲を圧する。


「現れましたね魔王ガイ!!」


 地響きと共に扉が開き、姿を現した黒髪の偉丈夫に向け、聖剣ゲイボルグを抜きはなったフェリシアは堂々と宣言する。


「これであなたも年貢の納め時です!!

 何故なら私はもう一人じゃない……心強い仲間もいるのです!!」


「……!?……!?」


 アドレナリンが全身に行きわたる。

 興奮した頭では、後ろの彼らが何を言っているか上手く聞き取れないが、大丈夫!

 正義の使徒としてボクの崇高な使命に賛同して頂けたのです。


 フェリシアは”仲間達”との熱い出会いを思い返していた。



 ***  ***


「そこのあなた方!!」


 ざしゅん!!


 目の止まらぬ速さで抜き放たれた白刃が金属製の肩当てを切り飛ばし、建物の壁にめり込む。


「なっ、いきなりなんだお嬢ちゃん!?」


 ハゲ頭の戦士ゲウスが情けない声を上げる。

 ガイとか言う男にコテンパンにされ、命からがら逃げだしてきたゲウス達。

 レンド村に対して行っていた悪行がバレ、冒険者ギルドから追放された彼らは再起を期してマフィアの下請けに精を出していた。


 クスリの運び屋を引き受け、王都の裏路地を歩いていたらいきなり白銀の鎧を着た少女に話しかけられたのだ。


 斬撃と共に。


「奥底に激情を潜ませるその澄んだ目……ボクと一緒に”正義”を知らしめましょう!」


「は、はぁ?」


 金髪の少女は切っ先を壁にめり込ませたまま、キラキラとした眼差しで見上げてくる。


(こ、こいつ……オレに気配を悟らせなかっただと!?)


 目の前の女はどう見てもせいぜい17、8歳のガキんちょ。

 剣技をかじっていたとしても、腐ってもBランク冒険者であるゲウスにかなうはずがない。


「おい、ゲウス!

 コイツの鎧に付いてる紋章……レグニス家のじゃねぇか?

 ちょうどいい! お宅のお嬢様にいきなり暴力を振るわれたってレグニス家を脅して……」


 屋台で一杯ひっかけ、ほろ酔い気分のデガがフェリシアの肩を掴もうとする。


「ば、馬鹿ッ!?」


 コイツは得体が知れない、警戒しろ!

 そう警告する間もなく、フェリシアの左手が伸び、デガの顔面を鷲掴みにする。


 がしっ!


「ふぐっ!?」


「そうなのです! お父様ったら、ボクの話を聞いてくれなくて……ヒドイですよね!」


 ギリギリギリ……


「ぐっ、ぐるぢい!?」


 信じられないことに、少女は左手一本でデガの巨体を持ち上げるとそのまま締め上げる。


「くそっ! ファイア・シュート!」


 デガの危機を見て取ったキーツがバックステップで距離を取り、爆炎魔法を唱える。


「ふふ、魔法使いの方もおられたのですね、とても心強いです!」


 ぶおん!


 巨大な火球を目にしたフェリシアは、花が綻ぶような笑顔を浮かべると右脚を一閃する。


 バシュウッ!


「馬鹿な!?」


 ドガッ!


「ぐはあっ!」


 後蹴りから放たれた衝撃波が火球を吹き散らしただけでなく、キーツをも吹き飛ばす。


「皆様、ご承諾いただけたと思いますので、レンド村……魔王ガイのところに参りましょう!」


 どさっ


 気絶したデガを放り投げ、使命感に燃える表情でこぶしを握るフェリシア。


「あ……あぁ」


 腰を抜かし、地面に座り込むゲウスにその申し出を断る術はなかった。



 ***  ***


(ああ、今思い返しても体が熱くなります!)


 正義の勇者になれた興奮で頬を赤らめたフェリシアは、あらためて魔王ガイを観察する。


 身長2mを超える漆黒の偉丈夫。

 邪悪な紋様の描かれた鎧を着ており、まさに悪の権化と言ったたたずまいだ。


 開いた門から見える城の中庭には、大勢の村人たちが囚われている。


「良かった……村の方はまだ半分くらいは無事のようですね。

 必ず、ボクがカタキを取ります!」


「お、おう?」


 そして、魔王の右肩に乗っているのは獣人族の少女。

 先日もちらりと見えたが、可愛そうに首輪を付けられヤツの奴隷にされている。


(それに……)


 彼女の可憐な口には、黄土色の粘液にまみれたおぞましい物体がねじ込まれている。


 恐らくあれは禁呪に属するマジックアイテム。

 アイテムの力を使って強制的に彼女を従えているのだろう。

 ほのかに香る香ばしい匂いはカモフラージュか。


「なんて……ひどいことを!」


 少女の白い服は粘液にまみれている。

 あのままでは少女の肉体に影響が及びかねない。


 こくこく

(かわいい服が汚れちゃうし!)


 その時、涙目でぐったりしていた少女が僅かに頷いた。


「!!」


 その光景を目撃した瞬間、フェリシアの中で何かが切れた。


「もはや一刻の猶予もありません!! 成敗させていただきます!!

 はあっ!」


 フェリシアは聖剣ゲイボルグを上段に構えると、力いっぱい大地を蹴る。


 むんずっ!


「ぎゃああああああっ!?」


 魔王の一撃をしのぐため、頼りになる仲間をぶん投げるのを忘れない。


「あん?」


 どがっ!


「げふうううううっ!?」


 魔王の左パンチで吹き飛ばされるゲウス。


 貴方の尊い犠牲は無駄にしません!

 魔王に生じたわずかな隙……この一撃にすべてを掛ける!!


「はあああああああああああっ!?」


 ブウウウンッ!


 裂帛の気合と共に繰り出された一撃だったが。



 ガキンッ!



「なっ!?」


 必殺の間合いで放った渾身の一撃。

 フェリシアは半ば勝利を確信していたのだが、ゲイボルグの切っ先は魔王の右手であっさりと抑え込まれてしまう。


「あ~、暑苦しいところわりぃが、俺はいまコイツの虐待で忙しいんだ。

 なにしろ、おかわりを食わせてやらなきゃなんねぇからな!」


「むがっ!?」


「安心しな! 汚れは中性洗剤で綺麗さっぱり落ちるぜ!」


「そういう問題じゃな~い!!」


「な、な、なっ!?」


 汚れた種族はきれいさっぱり (この世界から)落としてやるですって!?

 あまりに非道な言葉に、全身の血が沸騰するような怒りを覚えるフェリシア。


「じゃーな」


 ドガアアアアアアアアンッ!


 だが、力及ばず……巨大な爆発に地平線の彼方まで吹き飛ばされるフェリシアたちなのだった。

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