第5章 魔王様、王都を征服する
第31話 王都の異変
「さっきのおねーさん、何だったのかしら?」
思わぬ闖入者にびっくりして、スープが衣装に飛んだことで諦めが付いたのか、カレーうどんのおかわりを堪能することにしたらしいノナ。
くくっ、あとでちゃんと洗わせてやるから安心しな?
魔界謹製の洗剤は、潤いモイスチャー成分もたっぷりだからお肌もつるつるになるぜ!
摩擦係数が減退するほどすべすべになった肌に驚愕するがいい!
いい気味だぜ。
「なんか”勇者”って言ってたけど……」
「ふむ」
俺は先ほどヤツの一撃を受け止めた右手のひらを見る。
お気に入りの黒い皮手袋は裂け、わずかに覗いた素肌に血がにじんでいる。
こんなもの、傷のうちに入らねぇが……。
(俺の魔術障壁を貫通しただと……?)
あのフェリシアという女から感じた”聖”なる力。
俺様に比べて数千分の一のレベルしか持たないとはいえ、万一の場合を考えて防御魔術を張っていたのだ。
幾らあの女の得物がそれなりの剣だったとはいえ、この俺様が傷つけられるなんて。
(ミルラのヤツに調べさせてもいいかもな)
(ふん、気を付けるに越したことは無いか)
「ガイ様! ご無事ですか!
ああっ、お召し物にキズが!?」
「ああ、こんなのすぐ治せるから心配ねぇよ」
慌てて駆け寄ってくる村人たちに笑顔で答える。
「大丈夫?」
俺の肩に乗ったままのノナが心配そうなので、優しく撫でてやる。
「んっ……」
その気配りに免じて、さらなる虐待をしてやらねえとな!
「問題ねぇ。 それより食虐待の続きだ!
お次はカルボナーラの早食い競争だ!」
「さぁて、その服にスープを飛ばさずに完食できるかな?
もちろん手を抜いたら晩飯抜きの刑だ!」
「わーい! 次はわたしも参加するっ!」
「むがっ!?
なんでごはん系だけガチの勝負なのよっ!?」
やいのやいのと騒ぐレナノナを連れ、城の中に戻る。
せっかく確保した楽しい虐待対象……勇者か何だか知らねえが、邪魔はさせねぇぜ!
俺はひそかに心に誓うのだった。
*** ***
「……はあっ、はあっ。
あれが魔王ガイの本気……まだまだボクの力は及ばないという事でしょうか……っっ」
レンド村から山を一つ越えた森の中。
ガイの攻撃で吹き飛ばされたフェリシアは息も絶え絶えに地面に転がっていた。
魔力はほとんど底を突き、息も上がっているが深刻なダメージはなさそうだ。
「女神様……ご加護を」
ぱあああああっ
フェリシアが目を閉じ神に祈ると、
「ふぅ、貴方たちも無事ですか?」
ぴくぴく
「はい……生きてますね! 問題ありません!!」
ガシッ!
こちらはリアルに瀕死状態のゲウス達。
フェリシアは乱暴に彼らを掴み上げると、黒い光で治療していく。
「あ……うあ……」
ゲウス達の意識が戻ったのを確認すると、彼らの両脚をロープで縛り、引きずりながら歩きだす。
「やはり、ボク一人の力ではまだ及ばぬようです……。
今度こそ……クソッタレな冒険者ギルドや、ボクのいう事を聞いてくれないお父様にご協力いただく必要がありそうですね!」
強制的に!!
キッ!
フェリシアの蒼い双眸が、金色に染まっていく。
狂気を孕んだ彼女の視線は、王都の方角を捕えていた。
*** ***
「ま、待てフェリシア!
落ち着いてくれ!!」
王都に着くなり実家の屋敷に殴り込んだフェリシアは、父親の”説得”を続けていた。
「ですからっ、何度も申し上げているようにっ!!」
だあんっ!
激情のまま振り下ろした右手が、レグニス家当主の執務机を粉々に粉砕する。
「ひいいっ!?」
樹齢百年以上の硬い樫の木から作られた机である。
いくら剣術をかじっているとはいえ、娘の細腕一本で破壊できるものではない。
「我がレグニス家を上げて! 魔王ガイに! 対しなければ!」
だん! だん! だんっ!
鎧を脱ぎ、私服姿になったフェリシアのほっそりした脚が大理石の床に叩きつけられるたび、割れた床の破片が宙を舞う。
「レンド村の皆様方だけではなく、王国全体が闇に飲まれてしまうのですっ!!」
「レ、レンド村から納められる税金がこの1か月で3倍になったと聞いているが……?」
レンド村が魔王に支配され、魔王は見たこともないモンスターを使役し村人を生贄に捧げているなど、にわかには信じがたい。
王国の庶務を統括するレグニス卿はそう娘を諫めるが……。
「ですからっ!
魔王ガイは村の方々をモンスターに改造し、強制的に働かせているとご説明しましたよね!?」
ロクに食べ物も与えられず、四六時中働かされ、倒れ込む村人たち。
レンド村で目撃した地獄のような光景が脳裏にありありと浮かぶ。
実際は昼過ぎで仕事が終わったのでお城のオープンテラスで飲んだくれた男達が酔いつぶれていただけなのだが。
見えない力に突き動かされ、視野が狭くなっているフェリシアは気付かない。
「もうよいです! お父様には実際にレンド村の惨状を見て頂きます! 遠征軍に参加を!」
ぐいっ!
「う、うわあああああっ!?」
フェリシアはレグニス卿の首根っこを引っ掴むと、庭に待機させている大型馬車に放り込む。
「デル、ニーナ!
貴方たちもボクと共に行くのです!!」
「「え、えええええっ!? お嬢様!?」」
その後も目に付いた使用人や侍女を片っ端から馬車に放り込んでいくフェリシア。
「さあ、次はクソッタレ冒険者ギルドですね!!」
ドドドドドド!!
レグニス家の関係者をあらかた馬車に詰め込み終えたフェリシアは冒険者ギルドに向かって走る。
ズドオンッ!!
ギルド方面から爆発音が轟く……ジール王国王都は混乱に包まれたのだった。
*** ***
「ふふふ、あの人間の女……なかなかやるではないか。
やはり信心深く思い込みの激しいヤツは操りやすい」
ワイングラスを傾けるザンガの目の前には、炎上する王都を映した魔術映像が浮かんでいる。
(あの女……もしやと思ったが”神託”を受けた直後だったとは)
ガイを始末する刺客候補を探していた時、やけに気になったのがコイツだったのだ。
”勇者”とは、忌々しい女神の神託で誕生する。
女神自体は特定の人格を持つわけではなく、何かしらの条件を満たしたときに自動的に勇者を選別するらしい。
ガイの何に反応したのかは知らないが、素晴らしいタイミングだ。
お陰で”聖なる力”と”闇の力”を併せ持つ突然変異体が誕生したのだ。
「ガイを始末した後は、手駒として使ってもいいな」
上機嫌でワイングラスを傾けるザンガ。
映像の中ではギルドの建物を破壊したフェリシアがギルド長らしき男に詰め寄っている。
『ま、待ちなさい!』
『君が言うレンド村の城は、きちんと建築申請と固定資産としての報告が王国税務部にされて……』
『問答無用です!』
ドガッ!
『うわああああああっ!?』
「ふ、なかなか見ものだな。
いい余興になりそうだ」
長老連への根回しで少々疲れていたザンガは、この極上のショーを楽しむことにしたのだった。
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