第29話 魔王対勇者(前編)

 

「くっくっく……色々あって忘れていたが!

 今日こそ食らわせてやるぜ! 究極の魔食塊!!」


 両手に白いどんぶりを持ったガイおにーさんがじりじりとノナちゃんに迫ります。


「ちょっ!? その手に持ってるのは何よ!」


 お城の植木に水をやっていたノナちゃんは、びくんと尻尾を逆立てて振り向きます。


 ノナちゃんが身に着けているのは腰に大きなリボンのついた純白のメイド服。

 むむぅ……2重になったスカートのフリルが超かわいい。


 すっかり気に入ったノナちゃんは、お城のお仕事中もこの服を着ています。

 汚れが付かないのかなと思いますが、わたしの自慢の妹はとても器用なのです。

 むふ~。


 ちなみに、ガイおにーさんの『買物虐待』ってやつで買った服です。

 まかいつうはん?を使うと、やけに邪悪な見た目のガーゴイルさんがお城まで届けてくれます。


 おにーさんはプライム会員なので翌日配送らしいです。

 うん、意味が分かりません。


 ガイおにーさんは「なけなしの給金を散財させてやるぜ、まさに外道!」って言ってましたが、まかいつうはんはとてもリーズナブルなので、わたしとノナちゃんの貯金は増える一方です。


「よくぞ聞いてくれたぜノナよ!!

 これは魔界最高の達人が作る究極の麺料理……カレーうどんよ!!」


「か、カレーうどん!?」


「小麦で作った太麺を、スパイスがたっぷり効いた黄色いとろみスープに沈める。

 しこしこの歯ごたえの麵に、たっぷりと絡む深みのあるスープ、ぴりりとしたスパイスの刺激で食欲は無限大だ!!」


「ご、ごくっ!」


 物凄くいい匂いがどんぶりから漂ってきます。

 くぅ……わたしのお腹もさっきオヤツ食べたばかりですが別腹補給を要求してきます。


「だがなぁ!!」


 ギラリ、おにーさんの両目が紅く輝きます。

 わたしが大好きな、『虐待』を思いついた時の目。


「麵を啜るとき、スープを飛ばさずに食べるのは至難の業!!

 さぁノナよ! お前はその純白の衣装を汚さずにコイツを食べきることが出来るかなぁ!!」


「ぎゃ~~~~っ!?」

「なんでこの虐待だけガチっぽいのよ!?」


「逃さないぜぇ!!」


 ドタバタと逃げるノナちゃんと追いかけるガイおにーさん。

 こんな騒ぎをお城の中庭でしているものだから……。


「あらあら、相変わらずノナちゃんとガイ様は仲良しね」


「いや~、まさに平和って感じだな!」

「酒が進むぜ!」


 中央の噴水を囲むように設置されたオープンテラスで食事を楽しむ村の人から微笑ましい目で見られています。


 このオープンテラスは先日設置されたもので、おにーさんいわく

「1日の労働で疲れた身体にアルコールを沁みつかせ、早く寝させてやる!」

「夜更かしなんてさせてやらねぇ、まさに非道!!」

 という感じで設置されました。


 ごはんもお酒も食べ飲み放題!!

 連日村の人たちで大盛況です。


「んん~っ!」


 中庭のお掃除を終えたわたしは、手近なベンチに座って思いっきり伸びをします。

 空は青く澄んで……今日もいい天気。


「ちょ、ちょっとレナ姉! 見てないで助けてよっ!

 むぐっ!?」


 ザッ!


「出てきなさい! 魔王ガイ!」

「ボク、勇者フェリシアが成敗して差し上げます!!」


「ほえ?」

「んあ?」


 いよいよドロドロのカレースープにまみれた白い麵が、ノナちゃんの小さな口に押し込まれた瞬間、朗々とした名乗りの声が響き渡ったのでした。



 ***  ***


「んだよ、いいとこだったのに」


 昼下がりの城の中庭。

 俺様が究極のメシ虐待をノナに食らわせようとしたその時、突然響いた鬨の声。


(……ん? この力は?)


 城門前に4人の人間の気配を感じる。

 そのうちの一人から感じられるオーラは、まばゆいばかりの穢れなき純白。

 俺たち魔族が大っ嫌いな女神共の力だ。


(ちっ、もしかして”勇者”か? 思ったより早かったな)


 魔王候補が異世界に侵攻した時、女神共の気まぐれか”勇者”という神の使いが派遣される事がある。

 そいつらは魔王の世界征服の障害になると学院で教わったが……。

 まだ村一つしか征服していないというのに、女神共もマメなこったぜ。


「な、なんだ?」

「この声はッ!?」


 俺は浮足立つ村人どもを右手で制すと、城門を開けるように指示ずる。


 ギギギギ……


 ズズン!


「現れましたね魔王ガイ!!

 これであなたも年貢の納め時です!!

 何故なら私はもう一人じゃない……心強い仲間もいるのです!!」


「「ひ、ひいいっ!? 助けてくれぇ!!」」


「……」


 開いた門の先に見えたのは、白銀の鎧を着こんだ一人の少女と……

 いつぞやブッ飛ばしてやった禿げ頭の冒険者どもだった。

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