第28話 勇者の天啓

 

 カツ、カツ、カツ


 大理石の床を打つヒールの音がやけにはっきりと響く。


 ここは王都の大聖堂。

 レグニス家の多大な寄付で改修されたため、レグニス家専用の礼拝堂があり、フェリシアは事あるごとにそこを訪れていた。


(ああ、女神様……お許しを)


 伝説上のモンスターであるドラゴン。

 それが出現したとなれば正に国家的災厄。


 それなのに、自分は怖気づき……。

 レンド村の住人が生贄に捧げられようとする光景を目撃したのにも関わらず逃げ出してしまった。


 王都に戻ったフェリシアは、冒険者ギルドを必死に説明し、討伐隊の組織を懇願するものの

 また来たよ正義かぶれの貴族の娘が。

 という感じであしらわれ、まともに取り合ってもらえなかった。


 それどころか父親からは無断外出をこっぴどく叱られ、大聖堂での静養を命じられたのだ。

 入り口にはレグニス家の守衛が何人も警備についており、体の良い軟禁と言えた。


「女神様……」


 両手を組んで目を閉じ、女神像の前に膝まづく。


「ボクは何て無力で……この国に正義はあるのでしょうか」


 彼女の心を覆い尽くすのは無力感と周囲の人間に対する絶望。


 すうっ


 白磁のような頬を一筋の涙が流れる。


(力が、欲しい)


 女神の前で周囲の人々に文句を言い、力を求めるなんて、なんて浅ましい事。

 必死に心を律しようとするフェリシアだが、心を覆う闇はどんどん大きくなっていく。


 キインッ

 ……汝……


(うっ!?)


 村から逃げ出す時にも感じた不思議な声。


 ……汝に、力を授けよう……小賢しい”魔王”を始末しろ


(ああ……!)


 ピシッ!


 女神像に僅かにヒビが入る。


(ボクに、力を)


 どこか甘美でほの暗いその声を、彼女は天啓だと信じた。



 ***  ***


「ねぇねぇ~ザンガ」

「この娘にするのぉ?」


 ソファーに座るザンガに後ろから抱きつくミラージュ。


「…………」


 ミラージュの問いかけを無視し、首に下げたペンダントを弄ぶザンガ。


「……それにしても、そのペンダント凄いわね!

 魔王派遣済みの世界に干渉できるなんて!」


「……ふん」


 めげずに話しかけてくるミラージュに、ようやく返事を返すザンガ。


 目の前のテーブルには小さな銀製の燭台が乗っており、その上にぼんやりと映像が浮かび上がっている。

 そこには膝まづいて神に祈りを捧げるフェリシアが映っており、先ほどペンダントを使って”仕込み”を終えたところだ。


(本来なら、1つの世界には1人の魔王しか存在できない)

(監察官ならまだしも、魔王候補であるオレが、直接ヤツの世界に干渉する事は出来ないのだが……我が家のもう一つの家宝であるコイツを使えば)


 対象に制限はあるが、このように意のままに操ることが出来るのだ。

 出来れば心に闇を抱えたものが望ましい。


(ふん、レベルが少々低いのが気がかりだ)

(オレの力を与えすぎると壊れてしまうかもしれん)

(まあいい、しょせんガイを始末するための捨て駒だからな)


 監察局のデータをひそかに確認したが、ガイは魔王城を築いたものの特段大きな動きを見せていない。

 それに、何のつもりか知らないが原住民共にはあまり危害を加えていないようだ。

 それならば。


「今度こそ貴様は終わりだ、ガイ」


 あらかじめ仕込んでいた罠も、そろそろ効果を発揮する頃合いだ。


「……で、ミラージュ。

 長老連の方はどうなっている?」


 ガイにばかり構っているわけにはいかない。

 ザンガは己の野望を成就させるため、裏工作にまい進するのだった。

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