第21話 監察官殿、手料理を作る

 

「よ、よしっ!

 肉に野菜に調味料……大抵のものはあるなっ!!

 魔導調理器具の魔術回路反応ヨシ!!」


「…………」


 応接室内に設置されたカウンターキッチンの向こうから、ミルラの大声が聞こえてくる。

 あいつは几帳面な性格だ。

 食材や調味料、調理器具に至るまで指差し確認しているのだろう。


 だが……。


「レナ、ノナ」

「こっちにこい!」


 ささっ!


 俺はソファーの後ろに移動すると、手招きでふたりを呼ぶ。


「ん? どうしたのよそんなとこに隠れて」


「ふお? もしかしてあのおねーさん、メシマズ?」


 不思議そうな表情を浮かべて駆け寄ってくる二人。

 素直なのは良いことだ。


「メシマズ程度ならいいけどな……」


 俺はソファーの背もたれから少しだけ頭を出し、慎重にキッチンの様子をうかがう。


「ま、まずは下ごしらえだ……香辛料を全体にまぶして……」


「……ふう~っ」


「なんでそんなに緊張してんの?

 ミルラさんがメシマズなら、下ごしらえなんてしないでしょ?」


「甘いなノナよ」


 お前はアイツの表面しか見ていない。


「むむっ……」


 俺があきれた表情を返すと、むっとした様子で考えこむノナ。

 対照的に何かを悟ったレナがポンと手を打つ。


「……なるほど!

 ガイおにーさんはこう言いたいのですな?

 食材の……名前を呼ばないヤツに旨いもの作れるはずなし!!」


 ほう!


「流石だ、レナ」


 やはりレナは良い観察眼を持っている。

 食材を指さし確認するのはいいが、牛肉なのかエビルバッファローの肉なのか。

 更に言えばどの部位なのか。

 それによって調理法も変わってくる。


 現に、ミルラはドードー鳥の肉に魔界唐辛子をまぶしているが、アレはダメだ。

 ドードー鳥は繊細な肉汁を楽しむ食材。

 刺激の強い香辛料はNGである。


「だがな、それでは80点だ」


「ぬほっ!? これ以上にテクニカルなメシマズがあるのですかおにーさん!!」


「それは……」


 説明してやろうと口を開いた時、ひときわ気合の入ったミルラの声が響く。


「て、点火!!」


「はっ!?」


 すかさず床に丸まり、対爆姿勢を取るノナ。


 くくっ、いい反応だ!!


「エネルギー・シールド!!」

「レナも伏せろ!」


 あらかじめ練っておいた魔力で、最上位防御魔術を発動させる。


「ふお!? まさか、そっち系ですか!?」


 ヴィイインンッ!


 緑色の遮蔽フィールドがキッチンを囲った瞬間。


 ズドオオオオオオオオオオオオンッ!


 巨大な爆発が魔王城全体を揺るがした。



 ***  ***


「ふぅ、やれやれだぜ」


「「えぇ……」」


 五感を支配する閃光と轟音が収まった後、応接室は即席のオープンテラスに早変わりしていた。

 防御魔術が少々間に合わなかったのか、天井が綺麗に吹き飛んでしまった。


「ふ、長い付き合いだからな。

 こんなこともあろうかと最上階の部屋にしたのだ」


「どんな付き合いなのよ……」


 塔を丸ごと吹き飛ばされちゃあ、再建が面倒だからな!!


「ふぅ、完成だ……。

 む、天井が無くなっているな?

 ガイ、少々の風で屋根が飛ぶなど、手抜き工事ではないのか?」


「「自分のしでかしたことに気づいてない!?」」


 レナノナのツッコミが冴える。


「はん、お前さんの”調理”に耐える天井なんて、三千世界のどこにもないね」


「く……まあいい。

 お前の好きなチーズオムレツだ。

 久々に作ったから、出来は期待するなよ?」


 反論材料を見つけられなかったのか、一瞬口ごもったミルラだったが、銀の皿に出来上がった”チーズオムレツ”をよそい、こちらに向かってくる。


「あの手順でなぜチーズオムレツが!?」


「それよりレナ姉! 撤退よ!

 あのオムレツ (?)、絶対ヤバいわ!!」


 相変わらず危機管理能力の高いノナは、うじゅるうじゅると蠢くオムレツの危険を感じ取ったのだろう。

 レナの手を取り逃げ出そうとする。


「ふ、知らなかったのか?」


「な、なによ?」


「魔王からは、逃げられない」


「「い、いやああああああぁあ」」


 入り口のドアに駆け出したものの、不思議な力に跳ね返されソファーに投げ出されるレナノナ。

 よし、俺も久しぶりに覚悟を決める必要がありそうだ!


「ふ~っ、ふ~っ」


 じりっ……じりっ


 鼻息荒く、ブリザード・メイデンが迫る。

 魔界でも頂点を極める使い手同士の戦いが始まった。



 ***  ***


「あ、あれ? 意外に食べられるわね」


「むほっ!? 唐辛子が少々辛いけど……」


「ど、どうだろうか?」


 この世の終わりみたいな顔をしていたレナとノナだが、オムレツを一口食べるなり、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。


「な? ネタになるほどメシマズでもねぇし、さりとてウマくもねぇ。

 これじゃ虐待にならねー。 昔から面白くないんだわ、コイツ」


「な、なにっ!?」


 いつもの感想に、目を剥いて驚くミルラ。


「確かに……この見た目でこの味は、ある意味期待を裏切られたって感じだね」


「がーん!!」


「そ、そうね……2日ほど絶食した後なら美味しく食べられると思うわ」


「ががーん!!」


 レナとノナの心温まる感想に、真っ白に石化するミルラ。


「そんで、ここにレナノナが作ったオムレツがあるんだが」


 傍らに避難させていた魔導冷蔵庫から昨日の夕食の残りを取り出す。

 食べ残しはしっかり翌日に食べるのが俺の流儀だぜぇ!!


「ほら、食ってみろミルラ。

 これが”ホンモノ”だ」


 ぱくっ


 固まったままのミルラの口に、オムレツを乗せたスプーンを押し込む。


「!?!?」

「冷めても美味!!」


「くっ……こんな年端も行かない少女たちにグレンデル家の娘が女子力で後れを取るなど……。

 ぜ、絶対お前たちをぎゃふんと言わせてやる!!

 うわああああああああんっ!!」


 ぱしゅん!!


 石化から立ち直ったミルラは、小悪党のようなセリフを吐くと子供のように泣きながら転移してしまった。


「おい、天井を直していけよ……。

 ていうかあいつは何しに来たんだ?」


「むふ、面白いおねーさんだったね」


「ガイの関係者ってこんなのばっかなの?」


 ザンガの件(レッドデビルなどの詳細)は後日通信魔術で送られてきた。

 ま、アイツが何を企もうと力で跳ね返してやるだけだぜ!!

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