第20話 監察官殿、弄ばれる

 

「なんだなんだ!?」

「ガイ様の屋敷に落雷が……」

「ガイ様は無事かっ?」


 村全体を揺るがした轟音に、村人たちが集まってくる。


 ちっ、ミルラのヤツ……目立つ登場の仕方をしやがって。

 落雷と共に現れるとか、俺より目立ってんじゃねぇか!


「久しぶり……というほどでもないか」


 コオオオオオオッ


 サクッ


 ミルラが一歩を踏み出すたび、空気中の水分が凍結し雪の結晶となって彼女の周囲を舞う。

 氷雪の支配者ブリザード・メイデンの異名を取るミルラは冷気系の魔術を得意とする。


 コイツが部屋にいれば冷房いらずだ。

 窓が結露するのは勘弁してほしいがな!


「ガイ、貴様……また私に失礼な事を考えているんではなかろうな?」


「はっ、考え過ぎだぜミルラ!」


 軽口を叩きつつ、警戒は怠らない。


「それにしても……えらく急なご訪問じゃねぇか?

 お前さん、暇なのか?」


 征服対象の世界に降臨して数日で監査など、勘弁してほしいんだが。

 俺は自由にやりてぇからな。


 ちなみに”監察官”の仕事とは、征服対象の世界に対する魔王の働きを評価する事だ。

 魔王としての威厳を保てているか、原住種族の扱いはどうか……など、華麗なる虐待魔王を目指す俺には相性の悪い相手だ。


 それはともかく、魔王候補に比べて監察官は閑職だ。

 学院でも5本の指に入る成績のコイツが監察官を志望するなど、何を企んでいるんだか。


「むぐっ!?

 わ、私はお前が心配で……い、いやっ!

 破天荒な貴様が無茶をしでかさないか監査に来たんだっ!」


 顔を赤くして言いよどんだと思ったら、両腕をぶんぶんと上下に振って怒鳴るミルラ。

 相変わらず所作が子供っぽいヤツである。

 クールビューティが台無しだ。


「ほうほう! あの蒼いおねーさん、わたしの見立てではガイおにーさんの昔の女ではないかとっ」


「なんでそうなんのよレナ姉……。

 なんか監察官とか書いてあるし、ガイの働きをチェックしにしたんじゃないの?

 でも目つきが怖いわ……悪い人かも?」


「むふ~、とりあえず涼しそうだね」


「レナ姉、あたしの話聞いてる?」


 ミルラに対し興味が湧いたのだろう。

 てててっと走り寄ってきたレナノナが、俺の背中に隠れながら好き勝手なことを言っている。


 ぷぷっ、そう言ってやるな。

 コイツは自分の目つきが悪くて愛玩魔獣に逃げられることを気にしてんだよ。


 下僕共の正直な感想に思わず吹き出す俺。

 だが、ミルラはコイツらの言葉にいたく驚いたようで、文字通りその場で飛び上がる。


「な、なにっ!?

 お、お前達!! どうやって私の役職を見抜いた!?

 ま、まさか……ユニークっ!?」


 ぷぷ、俺と同じリアクションしてやんの。


「い、いやあの……腕章に書いてあるし」


 そう。


 魔王学院の女子制服を身に着けたミルラの右腕には、黄色地に黒でデカデカと「監察官」と書かれた腕章が巻かれている。

 あの腕章デザインくそだせーよな。

 監察官ってモロバレだし……まあ何故かミルラには似合っているが。


「そういう……ことかっ!?」


 先ほどに負けず劣らず顔を真っ赤にしたミルラは、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。


「なんというか……ガイの関係者という事がよく分かったわ」


「えっと……お茶でも飲みます?」


「ああ、案内してやってくれ」


 こうして俺たちは再起不能状態に陥ったミルラを引き摺り、城の中に入ったのだった。



 ***  ***


「どうぞ、お砂糖たっぷりのコーヒーですっ」


「あ、ああ……ありがとう」


 城に入ってすぐ右手、俺たちが”応接塔”と呼ぶ5階建ての塔の最上階に連れてこられたミルラ。

 レナが持ってきたコーヒーを一口飲むと、興味深そうに部屋の中を見回している。


「ここが貴様の”魔王城”とのことだが、なぜ客間が別棟になっている?

 案内図を見ると20室以上も用意されているようだが、無駄ではないのか?」


「はっ! 俺様の領民共に旨い飯を食わせ、苦しませる”飯虐待”の為には部屋がいくらあっても足らねぇだろうが!」


 今さら何を言ってやがる?

 虐待魔王を目指す俺の覇道を、オマエも見て来ただろう?


「そ、そうか……相変わらずだな」


 俺がそう言い返すと、モゴモゴと言いよどむミルラ。

 あんなに勢いよく登場したのに変なヤツだな。


(くっ……応接室とは言いながら、ベッドルームやキッチンまで備え付けられているではないか!!)

(ただでさえ殿だというのに、これではまるで……)


 新婚さんみたいだ!!


 目つきが鋭く、ブリザードメイデンと恐れられている彼女だが、その内実はガイのお嫁さんになることを夢見る乙女であった。


 それはさておき。


「ん、んんっ!

 それにしても貴様が獣人族のような下等種族を従者とするのは意外だったな、てっきり……」


 なぜか顔を赤くしたミルラは、咳ばらいを一つ、キッチンから興味深そうにこちらを覗くレナノナの方を見て率直な感想を述べている。


「……待ちやがれ、ミルラ」


「え?」


 ミルラが今言ったことは、魔族として標準的な感覚だろう。

 だが、俺としては断固として訂正しておく必要があった。


「コイツらは下等種族なんかじゃねぇ。

 俺様の食虐待を何度も耐えきった猛者であるし、屈辱に震えながらもいっちょ前に強がる芯の強さを持ってるんだぜ?

 このガイ様の下僕第一号にふさわしいと認めた逸材だ、侮るなよ?」


(……本物のユニークかもしれねぇしな)


 ガタッ!!


「す、済まない! そんなつもりでは!」


 いつになく真面目な口調で語った俺の様子に驚いたのだろう。

 顔を青くして立ち上がるミルラ。

 ふっ、昔から俺の脅しに弱いヤツである。


「「!!!!」」


 てててっ……ぎゅっ


 そのとき、俺の言葉が聞こえていたのか、何故か驚きに目を見開いた二人が俺のもとに駆け寄り抱きついてくる。


「っと、どうしたお前達?」


「えへへ~」

「ふ、ふん! ちょっとグッと来ただけよ!」


 ??

 よく分からねぇが二人の頭を撫でてやることにする。

 相変わらず撫で心地の良い頭だぜ。


「くっ、すまない……あっ、なんたる……」


(ガイのあのような優しい笑み、私は見たことがないぞ!!)

(はっ!? 派遣された異世界で現地種族の娘と恋に落ちた魔王が以前いたと聞いたことがある!)

(いかん! いつの間にやらこの娘達にリードされているではないか……どっ、どどどどどうすればっ!!)


「……ふっ」


 その瞬間、レナと呼ばれた方が勝ち誇った笑みを浮かべた気がした。


「!?!?!?」


「ガ、ガイ!!

 久々の再会を祝して、私が手料理を作ってやるっ!!」


「……は?」


 ダラダラと汗を垂らして顔色を七色に変化させているかと思ったら、いきなり意味不明な事を宣言したミルラ。


「……レナ姉、もしかしてあのお姉さんを挑発した?」

「うふ、なんか面白そうだし?」


 ……なんか不穏な事を下僕共がつぶやいている。

 ブリザードメイデンを手玉に取るとか、やるなレナ!!


 こちらの返事も聞かずにキッチンに突進していくミルラの背中を見ながら、改めて下僕共を見直す俺なのだった。

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