第17話 魔王俺、金と経験値を稼ぐ手段を奪い、村の支配を完成させる(後編)

 

「まもなくレンド村につきますね。

 モンスター共がざわついています! 急ぎましょう!!」


 白銀の鎧を身に着けた女戦士を先頭に、10人ほどの冒険者が街道を進む。

 冒険者ギルドがレンド村の為に派遣した救援隊である。


「……承知しました」


 彼女の勇ましさとは対照的に、付き従う冒険者たちの表情はさえない。


(やれやれ、いくらいい稼ぎになるとはいえ、ひよっこちゃんのおもりをしながらネスト退治かよ……)


 あからさまに面倒そうな表情を浮かべている者もいる。

 なぜなら……。


(王国のため……民草を救うのはボクの使命!)

(お父様、見ててくださいっ!!)


 少女は正義感だけが強い、いいとこのお嬢様!

 自分の家であるレグニス家の点数稼ぎだとは全く気付いていないのだった。



 ***  ***


「ふぅん、アレがネストねぇ……」


「ちょっ、ちょっと!」


 俺は空中から魔獣共の発生源を観察する。

 高所恐怖症だというので肩車してやってるのに、マナのヤツはなぜかご不満のようだ。


「そんなに暴れるとアブねぇぞ、掴まってろ」


 ぎゅっ


「あうう~、肩車とか子供みたいでいやなのにっ」


「ぬふ~っ、それにしては顔が赤いですなマナちん」


「レナ姉~!!」


 ぽかぽかと俺の頭を叩きながら肩の上で暴れるマナ。

 面白いからいいか……偉大な魔王は下僕には寛容なんだぜぇ!

 俺は構わずネストの様子を観察する。


「空間のひずみが周囲に干渉し、魔獣を呼び寄せる”穴”になってんな」


 数千体に及ぶ魔獣が巣から吐き出され、村に押し寄せようとしている。

 魔界ではよくある現象だ。


 魔王学院のトレーニングフィールドにもたくさん設置され、B~Gランクの世界から召喚した魔獣と好きなだけ戦うことが出来た。


 くくっ、ミルラの奴と挑戦した120時間耐久魔獣退治訓練が懐かしいぜ。

 アイツはなぜか「二度とやらないからな!」と涙目で怒鳴っていたが。


 目を閉じるとあの日の光景がよみがえってくる……おっと、俺としたことが柄にもなく郷愁に浸っちまったぜ。


「え、もしかして、駄目なの?」

「大ピンチ?」


 あん?

 黙っている俺に勘違いしたのか、下僕共が顔を青くしているが、俺にとっちゃあんなの障害にもならねぇぞ?


 そうだな……ここは虐待の一環として、コイツらのとしますかぁ!!


 ばっ!


 新調した黒いマントを風になびかせ、ネストを睥睨する。


「分かるぜぇ、レナ、ノナ。

 お前らこう言いたいんだな?

”巣から出現するモンスターのレベルが低すぎる、私達どうやって経験値を稼げばいいの!?

 大ピンチ!”とな!」


「ふぉ!?」

「ええ? あんな大量のモンスターに攻撃されちゃひとたまりも!」


 くくっ、必死にごまかそうとしてるようだがそうはいかねぇ!

 ユニーク (の素質があると思われる)村人どもがレベルアップしたら、少々厄介だからな。


「あめぇぜ! お前らには少しの経験値も稼がせてやらねぇ!

 俺様に飼いならされ、怠惰で安全な生活を送るんだからよぉ!」


 血沸き肉躍る冒険譚なんざ、お前らには不釣り合いだ (危ないしな!)

 まさに外道!!


「くらえ!

 はああああああああああああっ!」


 ブワアアアアアンッ!!


 俺の右手から放たれた魔力ビームは、ネストに向かってまっすぐ伸びていき……。


 ズガアアアアアアアアアンッ!


 周囲の森ごと綺麗さっぱりネストを吹き飛ばしたのだった。



 ***  ***


 ヴイイイイイインンッ!


「ばっ、馬鹿なっ!?」


「…………」


 誰もがあんぐりと口を開け、その信じられない光景を見つめる。

 直径数十メートルはあるだろう紅い光がモンスターの群れとその奥にあるであろうネストを照らしたかと思うと、次の瞬間全てが吹き飛ばされていた。


 ドドドドドドド……


 何かが誘爆しているのか、爆発音が続く。

 元は木やモンスターだったと思わしき燃えカスが空から落ちてきて鎧の肩に降り積もるが、それを気にする余裕などない。


ネストの反応……完全に消えました」

「こ、これで我々の目的は達したという事になるのでしょうか……?」


 救援隊のまとめ役である初老の魔法使いが何とか言葉を絞り出す。


「おいお前たち、いつまで呆けている?

 まずは状況の確認だ」


 彼は茫然自失としていた部下の冒険者たちに声を掛けていく。

 貴族筆頭であるレグニス家の横やりで急遽決まった依頼とはいえ、仕事は仕事である。

 プロとして正確な情報を把握する必要があった。


「フェリシア様、どうやら目的のネストは消失したようです。

 部下が情報を集め終えましたら早急に王都へ戻り、本部へ報告を…………フェリシア様?」


 部下に指示をし終えると、いまだ立ち尽くす少女に声を掛ける魔法使い。


 いくらお飾りとはいえ、彼らの雇い主なのだ。

 放っておくわけにもいかない。


「…………」


 だが、彼女にはその問いに答える余裕はなく。

 深刻な衝撃が彼女を襲っていた。


(レグニス家の魔法顧問を務める爺やに聞いたことがあります)

(数百年前に突如この世界に降臨し、世界の半分を壊滅せしめた災厄……)

(”魔王”と呼ばれた伝説の存在……)


 カチャッ


 胸に下げたペンダントを強く握りしめる。

 ”魔”の力に反応する宝玉がしつらえられたそれが熱を持っていることを考えても、そうである可能性は高い。


(世界を守るために血を繋いできたレグニス家……ボクがその使命を果たさなければいけないのなら)

(この身果てるまで、戦いに捧げましょう……!)


「えっと、その……フェリシア様?」


 なにか感極まった様子で目を閉じ、膝まづいて天に祈りを捧げ始めた少女を見て困惑する魔法使い。


 とりあえず爆発の余波で色々なものが飛んできてますんで、危ないから身を隠して頂けませんかね?

 貴方がケガすると報酬を減らされるんですが。


 これだから英雄気取りの貴族の子女は……ため息をついた魔法使いが、彼女の肩に触れようとした瞬間。


 ドバアアアアアアッ


 目の前の地面が盛り上がったと思うと大きな爆発が起きる。


「がうっ!?」


 立っていた他の冒険者たちは爆風に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 みな意識を失っているようだ。


「……え?」


 ただ一人、地面に膝まづいていたため難を逃れたフェリシアの前に、八本の腕を持った巨大なモンスターが姿を現した。



 ***  ***


「な、なにぃ!?」


 思いもよらぬ展開に、思わず声を上げてしまう。

 魔力ビームの爆発で出来たクレーター。


 その外縁部の地面が盛爆発したかと思うと、巨大な魔獣が出現した。


 赤銅色の肌を持ち、八本の腕を持つ醜悪な姿。

 レッドデビル……悪魔エビル族に分類されるSランクの魔獣だ。


「馬鹿な!? ここはGランク世界じゃねえのか!?」


 半端な魔族では命の危険がある、魔界でも要注意の魔獣である。

 それがこんな低ランクの世界で出現するなんて。


 ウオオオオオオオンンッ!


 レッドデビルは雄叫びを上げると、上半身に付いた4本の腕を振りかぶり、魔力を込めて振り下ろそうとしている。

 魔獣の目の前には呆然とレッドデビルを見上げている一人の女。


 ちっ……あのクラスを倒すには、俺ですら魔力の”溜め”が必要になる。

『虐待』対象を殺されるのは気にくわねぇが、どうしようもない……カタキは取ってやるよ。


「コオオオオオオオッ……」


 俺は深く腰を落とし、魔力の錬成を開始する。


「「だめえっ!!」」


 ひゅっ!!


「なに?」


 その瞬間、顔色を変えたレナとノナが一直線にレッドデビルに向かって行った。



 ***  ***


「っっ!!」


「あ、あれ!!」


 突然地上に出現した巨大なモンスター。

 その姿を目にした途端、何かで殴られたかのように目のまでが真っ暗になってしまいました。


 今となっては殆ど覚えていないわたしたちの原風景。

 光あふれる楽園に差す漆黒の影、わたしたちを狙う醜悪な腕。

 光を塗りつぶしていく悲鳴、赤……。


「だ、だめえええええええええっ!」


 今でもたまに夢に見るフラッシュバック。

 地面にへたり込む白い鎧のお姉さんが、いつか見たことがあったかもしれない大切な人の影に重なって。

 あたしとノナちゃんは、お姉さんに向けて空を駆けていました。


「バ、バカ!! やめろっ!!」


 珍しく焦ったガイおにーさんの声が遠くなっていって……。


 ガキインッ!!


 ザシュッ!!


 ノナちゃんと一緒にモンスターの前に降り立った瞬間、衝撃と共にわたしたちの視界は紅く染まりました。



 ***  ***


 ぽた……ぽた


 まだ暖かい、赤い血があたしの顔を濡らす。


「あ、あああ……」


 あたしの心の奥底に眠っていた圧倒的な絶望。


「あっ……ああああああああああっ!?」


 ソイツが頭をもたげようとした時。


「……ったく、お前ら……無茶すんな」


 ぽん


 どこか懐かしい、大きな暖かい手があたしの頭を優しく撫でた。



 ***  ***


「ちっ……さすがにとっさの防御魔術と鎧だけでは防ぎきれなかったか」


 突如地中から出現し、居合わせた不幸な人間を屠ろうとしたレッドデビル。

 何を思ったのか、そいつを庇おうとレナとノナが飛び出してしまった。


 幾ら下僕として俺の力を少し分け与えてるとはいえ、Sランクエビルの一撃を防げるはずがねぇ。

 とっさに転移魔法を使い、コイツらとレッドデビルの間に割り込んだのだが。


 深々とわき腹に突き刺さったレットでビルの腕を見て、舌打ちする俺。


「ガ、ガイ……!?」


 俺の脇腹から噴き出る血を浴びて真っ青な顔で震えているレナとノナ。


 はっ! このオレサマがこの程度の攻撃でくたばるわけねェだろうが!

 それより……!


「俺は……自分の大事な所有物に手だしされるのが、一番嫌いなんだよぉおおおおおっ!!」


「「!!」」


「唸れ! カオスブリンガー!!」


 少々チャージは足りねえが、コイツの動きを止めることは出来るはずだ。

 俺は腰に差した魔剣を抜き放つと、練った魔力を纏わせる。


 ブオオオオオオオオオッ!!


(ん? おもったより……)


 漆黒の剣身から吹き上がる力が強いか?

 まあいい、好都合だぜ!


「食らいやがれ!!」


 ズバアッ!!


 神をも切り裂く剛剣は、レッドデビルの巨体を真っ二つにした。


 ズウウウウウウンッ……


「へっ、ざっとこんなもんよ!!

 おまえら、大丈夫か?」


 俺は胸に抱いた二人の頭を優しく撫でる。


「ふ、ふにゅ~、ガイおにーさん……」


「ちょっとガイ、傷が……!」


「あ? こんなものかすり傷だぜ?」


 パアアッ


 俺が左手をキズにかざすと、回復魔術の光と共にキズが塞がっていく。


「……はんそく」


「くくっ、学院主席は伊達じゃねぇぜ?」


 軽口を叩きつつ、下僕共の身体を確認する。

 傷などついてないな……。

 この時には、レッドデビルの足元で震えていた白い鎧を着た小娘の事など、俺の意識からは消えていた。


「あ、あああああ……こ、この波動は……」


 真っ青な顔色で震える少女。

 その青い目は、ガイの背中に注がれていた。

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