第4話 俺様、念願の魔王候補へ
「ふん、ここが魔王学院か……思ったより小さいんだなぁ!!」
時がたち、成長した俺は実家を出て魔王学院の門を叩いていた。
目の前には装飾は豪華なものの、こじんまりとした大きさの門があり、その後ろには2階建ての校舎が見える。
学院の建物は小高い丘の上に建っており、周りには広大な訓練用フィールドが拡がっているのだが、20階層に及ぶ迷宮と10本を超える尖塔を持っていた実家に比べると些か見劣りすることは否めない。
ぎろり……
「おっと、いけねぇいけねぇ」
先ほどの軽口が聞こえたのか、守衛を勤める上級魔族から睨まれる。
俺は肩をそびやかすと、入学推薦状を守衛に突きつけ、魔王学院での一歩を踏み出したのだった。
*** ***
「ははっ! 絶好調だぜぇ!!」
ドガアアアッ!!
爆炎魔術の術式に軽く魔力を込めると、魔術訓練フィールド内に設置された小山が跡形もなく吹き飛ぶ。
「う、ウソだろ……Cランクの爆炎魔術であれほどの威力が!?」
昔日の大魔王ガルドの七光りで推薦入学してきたお坊ちゃんが。変わった奴だぜと距離を置かれる。
学院で生活していると、どうしてもそんな声が耳に入る。
へっ、上等だぜ!
入学して1年ほど……基礎課程を終えた俺はそんな有象無象共の罵詈雑言を、実力で吹き飛ばしてやることにした。
「ガイ候補生、魔術試験SSS+クリアだ」
「だが爆炎術式が自己流過ぎる! 魔族標準モジュールを使えと何度言ったら分かる!?」
暑苦しい甲冑をびしりと身に着け、モノクルを掛けた教官が俺を怒鳴りつける。
「お言葉ですがコイツは自己流ではなく、大魔王ガルド流ですよ?」
「……ちっ、異端者風情の七光りが偉そうに」
「おほん! 午後からは実戦訓練に移る。しばらく待機しておけ」
「へいへいっと」
「返事は一度だ!」
「はっ! 申し訳ありません!
ガイ候補生、待機に入ります!」
突っかかってくる教官に完璧な敬礼で答える。
なおも言い募ってくる教官の罵声を聞き流し、鼻歌を歌いながら訓練フィールドの外に出る。
(それにしても……オヤジはそうとう疎まれてるようだな)
魔界の改革を訴えたものの、権力の中枢を握る長老連に目を付けられ、辺境に追放されたというのは本当のようだ。
当然ながら、中央に近い魔王学院は長老派で固められている。
ま、そんな政治のゴタゴタはどうでもいいがな。
俺は自分とオヤジの理想の為、究極の『虐待』を完成させるだけだぜぇ!!
しゅわん!
俺が魔術を発動させると、空中にこんがりと焼けた骨付きカルビが出現する。
「さて、今日の練習相手は……アイツだぁ!」
訓練フィールドを取り巻く森の中にエビルグリズリーの姿を認めた俺は、そいつめがけて転移する。
まずは虐待基礎一法、飯地獄を極めねえとな!!
*** ***
「実戦訓練の相手は誰だ? 手ごたえのあるヤツを準備してくれたんだろうな?」
「はっ! ザンガ様、それはもう!!」
「ふん」
学院の地下に設置された特別室。
豪華な椅子に座り、大儀そうに足を組む魔王候補生ザンガの前に跪き、恭しく書類を差し出す主任教官。
一介の生徒になぜ主任教官が?
そう思われるかもしれないが、ザンガは長老連筆頭であるオルカディアの孫であり、次代の魔王界支配者と期待される青年である。
”魔王”として異世界を征服するためには、魔王学院の卒業が必須なため形式上籍を置いているに過ぎない。
普段は中央評議会で働いており、学院に顔を出すのはまれだ。
「ガイ候補生? まだ入学して1年程度の若輩ではないか。
こんな奴が余の相手になるのか? 真面目に職務に励まれることだ……教官殿?」
ぐしゃり
最近は訓練で相手を殺してしまうともみ消すのが面倒なのだ。
ザンガの額に青筋が浮かび、握りつぶされた書類が原子まで分解され塵となる。
「い、いえっ! ガイ候補生は大魔王ガルド殿の息子であり、ここ数百周期でも傑出した力を持っているとの評判で、ザンガ様の威光に花を添える供物として最適な……」
ドガッ!
台詞を最後まで言い切る前に、紫色の粒子を纏ったザンガの拳が主任教官を吹き飛ばす。
「……ガルドごときに敬称をつけるな」
グシャッ
声もなく吹き飛んだ主任教官は壁にぶつかり床に横たわる。
身体じゅうの穴という穴から血を吹き出しているが、ぴくぴくと痙攣しているところを見るとかろうじて生きているらしい。
「キャハハハハッ、教官殿、自分で掃除しておけよ~っ」
「ふん。 アイツの息子なら、暇つぶしくらいにはなるか」
そう思いなおしたザンガは取り巻きと共に椅子から立ち上がり、中央演習場へと向かうのだった。
*** ***
ズッ……ドガアアアアアアアアアアアンッ!
「そっ、そこまでっ!
勝者、ガイ候補生!」
「「ば、馬鹿なっ!?」」
学院長が直々に審判役を務める実戦訓練。
長老連筆頭オルカディアの孫ザンガが、あの大魔王ガルドの息子を完膚なきまでに叩き潰す。
そんな思惑で始められた模擬戦は、開始1分もせずに誰も予想しなかった形で決着した。
牽制代わりに放たれた魔力球をガイ候補生が躱せず受け止めたと思った瞬間、数十倍に増幅された魔力球が打ち返され、ザンガを直撃したのだ。
「貴様……一体何をした!?」
両膝をついたザンガは憤怒の表情でガイを見据える。
屈辱のあまり、魔界の炎のように紅い長髪が逆立っている。
「へへっ、ちょいとオヤジ仕込みの手品をな?
でも、アンタの動きも悪くなかったぜぇ!
名前は何ていうんだ? 魔王候補生同士、頑張ろうぜ?」
「んなっ!?」
ニカッ、と笑みを浮かべ、右手を差し出すガイ。
この男は、余の事を知らぬだと!?
次期魔王界の支配者である自分がただの魔王候補生だと思われている!
それは、ザンガにとって負ける事よりも屈辱だった。
「き、貴様あああああああぁぁぁああああ!?」
「ざ、ザンガ様! この場ではお控えをっ、長老たちも見ておりますぞ!」
「くそっ!」
長老連中に余の力を見せるいい機会だ。
そう意気込んで長老連を招待したのだが、すっかり逆効果になってしまった。
明らかな失望の視線を投げてくるヤツもいるし、腰を上げて帰ろうとしているヤツもいる。
(許さん、許さんぞ、ガイっ!!)
「覚えておけ!! いつの日か余の手で八つ裂きにしてくれるわああああっ!!」
ばしゅん!
憤怒の表情を浮かべたまま、転移魔術を発動させ、この場を去るザンガ。
「……なんだアイツ、カルシウムが足りてねぇのか?」
呆れた様子で首をかしげるガイ。
「あああ、ガイのヤツ……自重しろと言ってたのに」
その様子を観客席から見ていたひとりの女子生徒。
美しい蒼髪をかきむしりながら頭を抱えている。
(ザンガの次の一手はおそらく……それなら私も急ぐ必要があるな)
彼女の危惧は見事に的中し、数日後……彼女はガイと一緒に学院長に呼び出されていた。
*** ***
「学院長、緊急呼集とは穏やかじゃないですねぇ!
いったい何ごとですか?」
朝っぱらから叩き起こされた俺は、学院長室に呼び出されていた。
今日は虐待術二法のテストをしたかったのに……まあいいか。
俺は改めて室内を見渡す。
くるぶしまで埋まる真っ赤な絨毯が敷き詰められた部屋は、呆れるほどに広い。
正面の壁には俺たち魔族の天敵である神獣バハムートの角で作ったレリーフが掲げられており、両側に歴代【大】魔王の称号を魔界神から賜った魔王たちの肖像画が並んでいる。
……ご丁寧にオヤジの肖像画は外されている。
へっ、本当にうちのオヤジは嫌われたもんだな!
「まったく、変わらんなオマエの態度は……ガルド、ヤツの若い頃にそっくりだ。
忌々しい……!」
「へっ、そりゃあどーも!」
学院長の嫌味にとびっきりの笑顔で返してやる。
ちなみに学院長はオヤジの同期で、学院の成績では負けっぱなしだったらしい。
「ぐっ……ごほん」
「ガイ候補生!」
学院長の薄くなった額に青筋が浮かびかけるが、すんでのところで感情を制御したのだろう。
居住まいを正し、蒼いモノクルの位置を直した学院長は、懐から一枚の書状を取り出し、厳かに宣言する。
「貴公の卒業を繰り上げ……世界GH-03に派遣する!!」
「!? 学院長! それはであまりにも!!」
卒業の繰り上げ?
そんな制度があるなんて聞いたことも……俺が疑問の声を上げるよりも早く、蒼い影が俺の視界をよぎった。
……ああ、コイツも学院長に呼び出されてたっけ。
血相を変え、学院長に食って掛かる女子生徒。
しっかりと鍛えられた170センチを超える長身。
艶やかな蒼髪は豊かなカーブを描き、床に複雑な影を落とす。
始祖魔族の血筋に連なる黄金色の双眸は、見ているだけで吸い込まれそうだ。
スレンダーな体型に、紫を基調とした魔王学院の制服がよく似合っている。
……とまあ、適当な賞賛を述べてみたが、コイツはオヤジの旧友、大魔王グレンデルの一人娘で名をミルラという。
魔族としての年齢は俺と同い年で、ありていに言えば幼馴染という奴だ。
「はしたないぞ、ミルラ候補生。 これは長老連の決定事項だ」
「うっ、申し訳ありません」
「ですが、入学から1年で異世界への派遣など、前例がありません」
「しかもGランク世界へ魔王候補を送り込むなど……ガイほどの才能を無駄遣いするのですか!!」
む、俺的には世界征服に行けるのならオールオッケーなのだが。
何故かミルラの方が憤慨している。
まあ、Cランク程度の世界を皮切りに、Sランクの世界を征服して大魔王と呼ばれる事を目指すのがまっとうな魔王候補らしいが……。
か弱い種族を思う存分『虐待』するのが望みの俺としては、願ったりかなったりだぜ!!
「はっ! 学院長!
ありがたき幸せにございます!
ガイ候補生、微力を尽くします!」
幼き頃から夢に見た念願の世界征服……身体じゅうに活力が漲ってきた俺は、入学してから最高の敬礼を学院長に捧げる。
「オヤジ……いえ、父も喜んでくれるかと!!」
「ぐっ……多少は抵抗すると思っていたら。
その態度はワシへの当てつけか?」
何故か一瞬苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる学院長。
俺は気にせず床に跪き、誓いを立てる。
「……こほん、ガイ候補生。 学院の誇りを胸に励むように」
「はっ!!」
「おいガイ! オマエはそれでいいのか!?」
これから待つ輝かしい未来を想い、感動に打ち震えていると、焦った様子のミルラが俺の肩を掴む。
なんだコイツ、せわしないヤツだな?
「派遣先がGランク世界では、オマエのお父様の……」
「? オヤジがどうした?」
「ぐっ……」
俺の問いに言いよどむミルラ。
ったく、何か言いたいならはっきり言え?
「まあいい、それでミルラ候補生……貴公を呼んだ理由だが」
居住まいをただした学院長がミルラに話しかける。
そういえばコイツ、なんで学院長室に呼び出されていたんだ?
「”監察官”を志望するとは、本気なのかね?
名家とうたわれるグレンデル家のご息女がこんな……」
「いえ、学院長……」
ミルラは学院長の誰何を遮ると、決意を込めた表情でこう宣言した。
「私ミルラ・グレンデルは、魔王候補ガイ・バリアートの監察官に就かせていただきます!」
「???」
とまあ、こうして俺の魔王生活が始まったってわけだ。
……ミルラの奴、何のつもりなんだか。
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