第3話 輝かしい俺様の原点を説明するぜ

 

『いいかい、ガイ?』

『我々魔王族には他世界の種族を支配し、する責務がある』

『まずは”魔王学院”をめざし、父さんたちの悲願を果たしてくれ』


 父から聞かされるその言葉は、幼いガイにとって子守歌のようなものだった。


「おう! オヤジがいつもいってる”ぎゃくたい”だなっ!

 まかせろ! オレのちからで、すべてのせかいのせいぶつを、オレたちにひざまづかせてやる!!」


 たどたどしい口調ながらも、ぐっとこぶしを握り元気よく宣言するのは、

 魔界の重鎮であるガルドの一人息子、ガイだ。


「まずはたおれるほどメシをくわせて、スゲーぶぐをわたしてせいちょうのきかいをうばい、ごらくをあたえてたいだのぢごくにおとすんだな!!」

「こころえてるぜっ!!」


「……ああ、その意気だ」


 年輪のような皺が刻まれたガルドの顔に一瞬苦悩の影が差すが、すぐに笑顔になると息子の頭を優しく撫でる。


「へへっ! オヤジ! オレれんしゅうしてくるっ!!」

「とうっ!」


 頬を紅潮させたガイは弾かれるように駆けだし、窓から屋敷の中庭に飛び降りる。


「……ふうっ」


 深いため息をつくガルド。

 鬼神とうたわれ、10を超える世界を支配した伝説の大魔王とは思えない姿だ。


「貴方……」


「ミレーヌか」


 彼の背後から音もなく現れたのは、プラチナブロンドの髪と赤い瞳を持つ妙齢の女性。

 魔界では珍しい種族で、元はガルドが支配した世界で知り合ったハイエルフの少女だった。


「私たちはこれでよかったのでしょうか……あの子の、ガイのをあのようにして」


 ほっそりとした両手がガルドの肩に伸ばされ、逞しい彼の胸に飛び込むミレーヌ。


「うっ……ううっ」


 カラ、カラン


 嗚咽と共に流された涙が床に落ち、七色に輝く水晶に変わる。


「俺も君に出会わなければ気付けなかった……俺たちの世界が狂っていることを」


 魔王として他世界に侵攻し、奴隷として支配する。

 そんな価値観が当たり前の世界で育ったガイの目を覚ましてくれたのが、特別な力を持ったハイエルフの少女、ミレーヌだった。


「”世界”には限りがあり、我々の暴虐をいつまでも神は見過ごしてくれない……すべて君が気付かせてくれたことだ。

 俺一人では”長老”達を倒すことはできない……だが」


 ガルドの言葉にミレーヌも顔を上げ、窓から中庭の様子をうかがう。

 そこでは、彼らの息子がペットのエビルウルフに『虐待』を仕掛けようとしていた。


 ヴァオン!


「ははははっ! どうだクロ! とっておきのふーどをはらいっぱいくわせて、やせいのこころをうばいさってやる!」


 くううううう~んっ


 1週間かけてスペシャルブレンドしたという新作ドッグフードを詰め込まれた瞬間、尻尾を嬉しそうに振りぱたりと倒れ込むクロ。


「ふはははは! たのしいなあ!」


 腰に手を当て高笑いするガイは興奮したのか屋敷の外に駆け出してしまった。


 次の瞬間、足元に倒れたクロに異変が起こる。


 ズオオオオオオッ!


 艶のある黒毛がひときわ輝いたかと思うと、膨大な魔力が吹き上がる。


 ウオオオオオオオオン!

 わふんっ!


 一回り大きくなったクロは遠吠えを一つ、嬉しそうに尻尾を振る。


「……驚いたな、飛躍的にレベルが上がっている」


 ただのドッグフード1つで魔獣がレベルアップするなど、ありえない現象だ。


「やはり君の……ハイエルフの血か」


「…………」


 魔族の頂点に君臨する魔王族とハイエルフのハーフである彼らの息子には不思議な力が宿っていた。

 ガイが対象に『虐待』を施すと、様々な奇跡が起こるのだ。


「あの子の力が本格化すれば……”長老”達に対抗できるかもしれん。

 だが、魔王学園では異端と疎まれるだろうな……許せ、ガイ」


 ガイの”歪み”を矯正せずにいるのもこの世界を救うため。

 幼い息子に重荷を背負わせてしまった事に、自己嫌悪するガルド。


「事がなされた暁には、この身をガイの為に捧げましょう」


「……ああ」


 魔界の太陽が降り注ぐ中、そっと寄り添うガルドとミレーヌ。


「はははっ! まってろまおうがくいん!」


 両親の苦悩を知らないガイは無邪気に宣言する。

 こうしてガイは魔界の最高学府である魔王学院に入学するのだった。

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