私は黄昏を見つめていた。

 その黄昏が盛んに燃えて、終末の街は女性の慟哭と喧騒が止まなかった。私の精神はすでに錯乱し、幸せの思い出が思い出せなくなっていた。楽観するのも悲観するのもできなくなっていた。

 私は机の上にあった手紙用の紙とペンを見た。その瞬間、我を忘れた。最初は幸せを思い出しくて書いていたが、途中からアセビを思い出した。不思議な惑いだ。時折、眩暈もした。それでも、落書きのような鮮やかさとこの惑いは彼じゃないと違う気がした。

 十五分で書き終え、私は彼のことを想った。――ああ! 彼の家にはシェルターが! ――助けに行かないと!

 私は盗人のように裏口から急いで走った。兎に角、走った。道の勾配が急になり出しても、風に煽られても、寧ろそれを孕む帆のようにただ体を走らせた。小学生の頃、彼の家がどこにあったのか記憶を探した。腕時計をつけるのを忘れてしまい、終末がいつ来るかも解らない。

 見つけた! 無機質な鉄筋コンクリートと恥ずかしいと言っていたあの桃色のハートが目に留まるあのアパートB棟だ。三百十五号室だ。——非常用の螺旋階段を登れ。彼を連れ出さないと。速く!

 ——私は立ち尽くした。彼の家の玄関前に婦人が倒れていた。婦人の腹から赤褐色の血が流れていた。私の目は見開き、細胞が一瞬にして萎縮していた。

 私は刺された。私の横腹に痛みと痙攣が走った。彼に勢いよく吹っ飛ばされ、彼の憎悪を横目に映して、一階まで螺旋階段を転げ落ちた。腎臓か腹膜か何かが傷ついたような模糊たる感覚とともに、顔面の血の気が引き、目がうつろになった。刺さった背中が階段で、がっと抉った。受け身を取った際に、手を強く突き右の肩に違和感を覚えた。背中から岩屋の闇のような色の血が溢れ、血の匂いは次第に忘れていた。

「ううぅぅぅぅ………」

 舌が動かない。血溜まりが内臓を押し上げて痛いよ。――ああ、血が消えてる。大丈夫。でも、どうして視界が黝ずみ、紅い空か夜かすらも解らなくなっているんだろうか。

 ――どうして。――どうして。

 その視界の中で、私は彼の眼を見つめていた。

「死んだ?」

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