第6話

 翌朝、出勤すると臨床部の部屋に朽木がいなかった。床に放置された寝袋はもぬけの殻だ。どうしたのだろうと辺りを見回すと、自分のデスクに残されたメモ書きを発見した。『出勤次第、水槽室へ来ること』。朽木の達筆な字で書かれている。

 なにかあったのだろうか。足早に水槽室へ赴くと、そこには朽木と村名賀がいた。二人とも寝覚めのままなのか、髪が乱れぎみである。

「どうしたんですか」

 冬子が問うと、朽木が麻葉の水槽を指差す。その指の先には麻葉砥誉泉、女であった虫がじっとしていた。

「卵が孵りそうだ」

 麻葉の胸部の下側がもぞもぞと動いている。麻葉自身が動いているのではない――彼女の下に、何かがいる。

「朽木先生と村名賀先生は、いつから」

「一時間前から。麻葉さんの動きが止まった。眠っているようにも見えないから来てみれば、卵の様子がおかしかった」

 麻葉の体はじれるように揺れている。冬子は朽木の隣に立った。村名賀は例によって水槽へへばりついている。

 そろそろ始業の時間が、と思い始めた頃、麻葉の体の下から小さな虫が頭を見せた。村名賀が気色ばむ様子が目を向けなくてもわかる。赤ん坊の虫は、母虫の下からずるずると這い出て全貌を三人に見せた。虫の姿形は人間から蛹化し成虫化した虫と変わりなかった。触覚がない、メスの虫だった。唯一、人間から変態した虫と異なる点はその大きさだった。人間の赤ん坊と同じくらい小さい。この世に現れたばかりの虫はよたよたと這って、母虫の横っ腹に自身の体を寄せた。

「……生まれた」

 村名賀がつぶやく。

 虫同士の交配の成功。

 人間を経由しない虫が、誕生した。

「一匹だけですか?」

 冬子が問う。確か卵は、他に二つはあったはずだ。それらは孵化しないのだろうか。麻葉の胴体は、一匹目の孵化を終えてのち微動だにしない。三人は固唾を飲んで見守る。始業時間はとっくに過ぎているはずだ。しかし三人は時計を見ようともしない。麻葉を注視する時間がただただ過ぎて行く。

 不意に、麻葉がもぞりと前進した。人間の起きがけのような動作である。母虫の動きに従うようにして子供も動く。その動きにはいじらしささえ感じられ、冬子は少なからず戸惑った。

 いくつか前進すると、麻葉のいた床面へ二つの卵が残された。それまで決して母虫の胸から落とされることがなかった卵が、無造作に床へ落ちている。どういうことかと見ていると、麻葉はゆっくりとした動作で方向転換した。そして、子供に対して卵を示すように顎で床を叩く。コツコツという音に導かれるようにして、子供は卵を目指して前進する。子供はその目先まで卵へ近づくと、一瞬のうちに一つの卵へ飛びついた。母虫と同じ堅牢な顎で、卵の殻をいとも容易く割り、中身を吸う。さらには卵の殻をも食べて行く。まるで人間の赤ん坊が柔らかい煎餅を食べるかのように嬉々として食しているように見えた。一つ目の卵を食べ終えた子供は、さらに二つ目の卵も同じようにする。時間にして、十分ほど。その様子を、冬子も朽木も、村名賀でさえ唖然と見つめていた。

「……なんですか、これ」

 冬子が声を絞り出した時には、子供の食事は終わっていた。子供は母虫の横っ腹にひっつくようにしている。巨大な毒虫であることを除けば、そこには微笑ましい母子の姿があった。

「真っ先に孵化した子が最も強いのだと考えるなら、孵化が遅れた卵は強者に食べられて当然と――」

「村名賀先生、仮にその説が彼らの本能だとしても、これでは個体の増加につながりません。オスとメスが交尾したあと、オスはメスに食われた。今度は孵化した長子が他の兄弟たる卵を食う、こんなことを繰り返しても種の繁殖にはつながらない。これではまるで、自分たちで絶滅しようとしているようにしか見えません」

 朽木の弁に村名賀は思案する。人間たちの戸惑いを前に、毒虫の母子は散歩をするかのような優雅さをもって水槽内を動いている。

「――村名賀先生のおっしゃることも、朽木先生のお考えも、正しいような気がします」

 冬子は麻葉とその子供を凝視しながら言葉をつむいだ。

「虫とは、絶滅させるための種なのではないでしょうか」

「絶滅させるため?」村名賀が冬子を振り返る。

「人間を絶滅させるための種です。UNGウイルスが人間に蔓延して、それで人間が滅んだとしても、彼らの目的が人間を絶滅させることなら、虫の繁栄は重視されません」

「彼らとはなんだ」朽木は放擲するように言う。「ウイルスは意思を持たない」

「それは確かにそうですが――」

「二人ともやめるんだ。林野さんの考えも安易に捨てるべきではない。そもそもⅡ型の遺伝子変異が奇っ怪だった。潜伏期間が十年のⅠ型に対してⅡ型は三十日、潜伏期間が長い方がウイルスは拡散できるのに、どうして短い方へ変異したのか。感染率は確かにⅡ型の方が高いが、潜伏期間の差を凌駕するほどではない。しかも、Ⅰ型から感染したにも関わらずⅡ型を発現する例もある。単に人間を殺して終わりであるウイルスと考えるなら、その変異にも納得できる」

 冬子は特殊感染症管理局の係官の江ノ木が話していたことを思い出す。感染者は感染してから発症までに別の要因で死亡することも少なからずある――その死にウイルスが関係しているとしたら、確かにUNGウイルスは人間を殺すことに注力しているように見える。

「この虫は、姿はヤスデに似ていると言われているが、そのヤスデは最も起源の古い陸生動物だとされている。その最古の化石は約四億二千万年前の古生代シルル紀の地層から発見されているらしい。――この虫の目的は、世界を古代に戻すことだと考えられないだろうか」

「村名賀先生」強い口調で朽木は牽制した。「ウイルス同様、虫も思考能力を持ちません。ましてや目的など」

「わかっている、そんなことは。ただ、人間はそう感じてしまうから」

 朽木はまだ何か言いたげだったが、納得できない表情のまま口をつぐんだ。

「村名賀先生。あの子供は、母親から引き離すのでしょうか」

「ああ」冬子の問いに、村名賀はうなずく。「母が子を食う前に、いや、食うかどうかわからんが。このまま観察していたいとも思うが、子供の組織を採取せねばならん」

 母虫は子供を慈しむように、時折自らのかたわらを見つめる。静謐な空間で母子は寄り添う。――それはまるで聖母子のように神聖な雰囲気すら感じさせる。

「明日にしよう」

 おもむろに村名賀が提案する。

「明日、二人を引き離す。――今日は、観察していたい」

 朽木は承知の意向を示した。冬子はじっと母子を見つめながら、引き離されるなんてかわいそうだと感情移入をしてしまう。

「名前をつけませんか」

 思いつきをそのまま口にした。朽木も村名賀も「え」と冬子を見る。

「麻葉さんだったら、いえ、人間だったら、生まれた子には名前をつけますよね。今の麻葉さんにはそれができないから、わたしたちで名前をつけませんか」

「林野さん、ペットではないんだから」

「いや、いいんじゃないか」苦言を呈した朽木を遮るように、村名賀が乗る。「林野さんでも、朽木君でも。命名権は二人にあげよう」

 冬子と朽木は目を合わせた。言い出したものの、良いと思える名前など浮かばない。どんな名前でも、的外れになるような気さえする。麻葉砥誉泉と滝縞吉信から一字ずつ取って――などと提案しようとした矢先、朽木が口を開いた。

「――アゲハ」

 冬子も村名賀も、思わず朽木を見た。

「アゲハチョウが飛ぶだけで景色は美しくなる。そんなアゲハチョウのように、この世に受け入れられる存在になってほしい」

 アゲハ、と冬子は口の中で復唱する。目の前で床を這う母子は、見るも疎ましい毒虫だ。蝶など似ても似つかない。しかし、この子供の誕生が人間に対しての脅威となるだけに終わらず、変身症の解決にもつながることを願うならば、その命名もふさわしいのかもしれない――冬子はうなずき、「賛成です」と支持を表明する。

「二人がそれでいいなら、わたしに異議はない」と、村名賀もうなずく。

 冬子は水槽の中に向かって「アゲハ」と呼びかけた。毒虫の母子は、人間の声など気にもとめずに散歩を続ける。


 冬子たちが臨床部の部屋に戻る頃にはすでに昼休みが近づいていた。部員たちには卵が孵化したことを報告し、朽木班の回診は午後から行うこととした。

「ゼロニさんに、かまをかける」

 防護服を着込みながら朽木は言った。

「昨日の神知の反応、あいつはきっと今回の三人同時感染に関わっている。ゼロイチさんは正直言って何を考えているのかさっぱりだが、ゼロニさんは今の状況に恐怖している状態だ。強いきっかけを与えれば吐き出すだろう」

「ゼロサムですか」

「ゼロニさんだよ」

「ゼロニさんと、駆け引きをするつもりですか」

「そういうことだな」

「わたしは嫌です」

 朽木が手を止めた。まさか反対されるとは思わなかったらしい。まったく心当たりがないかのようになぜを問う。

「駆け引きは信頼がない者同士で行われるゲームです。わたしたちがなすべきは、彼らとの信頼関係の構築です。駆け引きをしたら、永遠に信頼関係は得られないかもしれません」

「だが、事態の解決に、近づけない」

「わたしがゼロニさんだったら、勝手に駆け引きされることは望みません」

「きみは、感情移入しすぎるきらいがある」

「じゃあ、転職する時には履歴書の長所欄に『他人に感情移入しやすいこと』と書いておきます」

 朽木はまじまじと冬子を見つめ、「きみに転職されたら、仕事がスムーズに進まない」とつぶやいた。

「しませんよ」冬子はかみしめるようにつぶやいた。「わたしはあなたと一蓮托生でいたい」

 少しばかり苛立っていた。収容者と駆け引きをしようとする朽木の、彼らしくない提案にも苛立っていた。そうやって苛立つ自分自身へさらに苛立ってしまう。

「わたしたちはまだ、ゼロニさんの好きな食べ物すら教えてもらえていません」

「……そうか」応答は小さな声だった。「そうだな。すまない。昨日、神知に会ったせいか、焦った」

「わたしこそ、すみません。ただ、念のため、ゼロイチさんとゼロニさんのお二人と話すときは音声の録音をします。なにか、話してくれる可能性の期待を込めて」

 朽木は承諾の返事をした。カルテには録音機能が搭載されている。冬子は器材庫で操作の確認をした。音声は、管理局の調査の助力となりうるかもしれない。管理局――先日来所した新景の顔を思い浮かべて冬子はげんなりとした気分になる。朽木もそれは同様だろうと思うが、わざわざ確認するようなことはしない。


 ゼロイチの部屋の扉を開けると、若い感染者は椅子の上にちょこんと座り、両足を胸に抱えていた。目の前のテーブルには空のカレー皿がある。

「こんにちは」

 朽木が声をかけた。

「今日は、午前中に来られなくてすみません。急な仕事が入ったので」

 ゼロイチは朽木に関心を示さず、空の皿を見つめている。

「今日のお昼ご飯は、なんでしたか」

 冬子はバイタルチェックの準備をしながら問いかけた。ゼロイチは答えず、しかし腕を冬子に向かって突き出す。冬子は出された腕に測定器をつけた。ここでの生活に非協力的なわけではない。ただ、コミュニケーションがとれないだけ。

「血圧も、体温も、異常なしです」

 測定器を外し、冬子はゼロイチの顔を見つめた。収容当初より、こころなしか頬がふっくらしているような気がする。血色もいい。白い肌がほんのりとピンク色に染まっている。

「お腹、いっぱいになりましたか」

 ここへ来る前はどんな生活を送っていたのだろう、と考えながら何気なく問いかける。そういえば、ゼロニも痩せ細っていた。

 ゼロイチが、浅く息を吐いた。吐いた息の震えを、冬子は感じとる。

「もしかして、お口に合わなかった?」

 ゼロイチは答えない。その目はまばたきをしていなかった。

「お昼はカレー? ハヤシライス? 好きじゃなかったのかな」

 ゼロイチは首を動かした。初めて、彼女がこちらを向いた。冬子は一瞬たじろいだが、ひるまずに彼女を見つめた。

「今日、食べたい気分じゃなかった?」

 ゼロイチの閉じられた口から、細い息が吐き出される。その顔面は硬直していた。緊張している? 何かを我慢している? 背後で朽木の動く気配があった。キーボードを一つ押す音、おそらく録音を開始した。しかし冬子は振り返らず、じっとゼロイチと相対した。

 ゼロイチの息遣いしか聞こえない部屋に、緊張の糸が張る。大丈夫、大丈夫と冬子は自分に言い聞かせた。なにも聞き出せなくても大丈夫。でも、いま彼女に背中を見せてはいけない。

「……わたしは、えらばれた」

 呼吸の音と同じくらいに小さい声が、ゼロイチの唇からこぼれるように落ちてきた。それは、収容当日に彼女が言った言葉と同じだった。冬子の胸に小さな電撃が走る。つながなければ、と焦る心を必死におさえた。

「あなたは、選ばれたの」

 問い返すと、ゼロイチはこくりとうなずいた。

「どうして、あなたは、選ばれたの?」

 ゼロイチは口を半開きにした。何かを言おうとして、やめたかのように見える。冬子は急かさず、じっと待った。

「とても、しんじていたから」

 ゼロイチは口を動かした。

「わたしはえらばれて、とくべつ」

「あなたは、特別なの」

 ゼロイチは、機械仕掛けのおもちゃのような動きでうなずいた。

「わたしは、えらばれた」

「うん」

「えらばれたから、とくべつ」

「ええ」

「とくべつなのに、おなかが、すくの」

 ゼロイチの目の際に、涙がにじんだ。

「ふつうのひととは、ちがうことが、とくべつなのに」

「お腹は、誰だってすきますよ。わたしも、朽木先生も。食べることに興味がない人だって、お腹がすけば何かを食べます」

「でも、わたしはとくべつ」

「あなたは、特別なのだと思う。でもたぶん、神様や仏様も、ご飯は食べます」

「虫も?」

 え、と一瞬冬子は戸惑ったが、すぐにうなずいた。

「虫は、雑食性です」

 何を言っているんだ、と焦りが汗となって肌をつたう。虫の食性など彼女に話してどうする。違う、もっと他のいとぐちを――一瞬のうちに思考するが、二の句が継げない。かと言って、背後の朽木に援護を求めると、開きかけてきたゼロイチの心が再び閉じてしまうことを直感してできなかった。

「虫も、おなかがすく?」

「もしも虫に何も与えなければ、虫だって餓死します」

 そう、とゼロイチは自身の膝の上に顔をうずめた。泣いているようではなかったが、思案しているようにも、心を鎮めているようにも見えた。

「もしかして、まだ、お腹がすいていますか?」

 ぴくり、とゼロイチが動く。

「もし良かったら、おかわりを頼みましょうか」

 ゼロイチは顔を上げた。何か不安を抱えている子供のような顔で冬子を見上げる。冬子は笑顔を作った。防護服ごしでも伝わるように、大袈裟なほどの笑みを見せた。

「わたしも一緒に食べたいけれど、規則でそれはできません。でも、あなたには食べたいものを食べたいだけ、食べて欲しい」

 ゼロイチは少しのあいだ冬子を見つめ続け、不意にうなずいた。その反応には、素直さが滲み出ていた。

 背後の朽木が、室内にある内線電話を使って配膳部へ食事の追加を依頼した。

「わたしの名前、覚えていますか」

 配膳を待っている間の手持ち無沙汰な時間をどうしようか考えあぐね、冬子はゼロイチに質問を投げかけた。案の定、ゼロイチは小首をかしげるばかりなので冬子はあらためて自己紹介をする。

「林野冬子です。年は二十六です」

「はやしの」

「はい。あちらは朽木先生」

「あのおじさん?」

「医師で、研究者です」

「えらいひと?」

「頭が良くて、強い人です」

 ゼロイチは冬子の肩越しに朽木を見遣る。朽木がどう反応しているのか冬子にはわからないが、ゼロイチの様子はめずらしいものを見た子供のようだった。

「ここへ来る前、最後に食べたものってなんでしたか」

 ゼロイチは冬子を見つめて首をかしげた。覚えていないのだろう、想定の範囲内だと冬子が別の話題を提供しようとした時、「どんぐり」と声が聞こえた。

「どんぐり? 食べるんですか?」

「ゆでた」

「茹でて、食べられるんですか」

「かわは、むく」

「美味しいの?」

 ゼロイチは困ったように口を閉ざした。

「俺も昔、食べた」朽木が急に口を挟んでくる。「茹でて、皮を剥いて中身を煎って、粉状にしたものをクッキーにして、食べた」

 ゼロイチの関心が、朽木へ飛んだ。

「それ、しらない」

「砂糖と蜂蜜を混ぜれば、美味しかった」

「そう……」

「あなたは、料理、できるの?」

 冬子が訊くと、ゼロイチは首をふった。

「なにもできない」

「そうなの?」

「でも、しんじていれば、とくべつになれるから」

 冬子は唾を飲み込んだ。

「何を、信じているの?」

 ゼロイチとゴーグルごしに見つめあう。空虚な瞳は、防護服で身を隠した冬子をはっきりと映し出している。

「しあわせよ」

 その言葉は、ゼロイチの口から転げ落ちるように出てきた。

「みんなが、虫になったら、みんな、しあわせになれる。でも、ぜんいんが虫になるわけじゃないから、わたしが虫になって、みんなを、しあわせにする」

 その饒舌っぷりに唐突さを感じながら、冬子はなんのことだと戸惑った。

「わたしは、虫になって、みんなを、しあわせにするのに、こんなところ、とじこめられてる。わたし、しめい、できない」

 しめい? 氏名、指名? いや、使命か?

「しめいができない、それは使命を果たせないということ?」

 ゼロイチはうなずいた。

「あなたの使命は、みんなを幸せにすること?」

 うなずく。

「どうして虫になると、人は幸せになれるの?」

 ゼロイチの答えはない。

「虫になったら、人は幸せになれるの?」

 うなずく。

「人間でなくなれば、人は幸せになれる?」

 うなずきかけて、ゼロイチは動きを止めた。

「人間の幸せは、人間であるうちにしかわからないものだと、わたしは思うの。でも、あなたは虫になったら幸せになれるって思うのよね? それは、どうしてなんだろう」

 訊きながら、返答はないことを冬子は確信していた。ゼロイチが言ったことは、彼女自身の言葉ではない、誰かの受け売りをそのままなぞっているだけとしか思えなかった。

「わたしは、今まで幸せを感じられたことより、そうじゃない時間の方がずっとずっと多かった。でも、わたしは、虫になったら幸せになれるわけじゃないことは確信してる。だって虫に人間としての意志はないから。もしも虫になって幸せだと言う人がいるなら、それは死んだ方が幸せだと言っているのと、同じことだと思うの」

「そうなの……?」

「はい。わたしの考えだから、忘れてくれても構わないけど、でもわたしはそう考えています。あなたをそのような考えに導いた人は、あなたの幸せなんて祈っていない」

「でも」

 ゼロイチの語気に若干の強さが見えた。

「みんながしあわせになれるって」

「みんなって、社会? 世界? 誰のこと? 他人より、あなた自身の幸せが、あなたにとってずっと大切です」

 ドアのノックがあった。二人の配膳員が、小さなワゴンを押して入室する。その上には、湯気がたったカレーライスが載せられていた。冬子はテーブル上にある空の皿を配膳員に渡し、ワゴンの上の皿をゼロイチの前に据えた。配膳員たちは挨拶だけしてすぐに退室する。

「おいしそう」

 冬子は言った。

「食べてください。もし、わたしたちがいない方がいいなら、退室します」

 ゼロイチは首を振った。何も言わずにスプーンを手に取り、食べ始める。彼女はスプーン山盛りにカレーライスをすくい、大口をあけて口につめこんだ。数回の咀嚼で喉の奥へ流し込み、間髪入れずに次の一口へ移行する。まるで飢餓感を少しでも解消しようとしているかのようで、華奢な女性の食事風景とは思えない勢いに冬子は圧倒された。

 一人前のカレーライスは、ものの三分程度ですべてゼロイチの腹におさまった。しかし、彼女に満足した様子は見られない。

「美味しかったですか?」

 問うと、ゼロイチは「あたたかかった」と言った。

「なにか、他に食べたいものはありませんか?」

 ゼロイチは首を振った。

「わがままは、みんなを、しあわせにできない」

「食べたいものを食べることは、わがままなんかじゃありませんよ」

 ゼロイチは膝を強く抱き抱えた。眉尻が下がっており、思考に難渋しているように見える。

「甘いものとか、好きですか?」

 反応なし。

「お酒は? ――あ、お酒、飲める? 年齢、大丈夫?」

 ゼロイチはうなずいた。

「お酒が飲めるっていうことは、あなたは、何歳?」

「にじゅうはち」

 え、と冬子は思考が止まった。てっきり二十歳前後だと思っていた。まさか自分より年上だったとは。

「二十八歳なの。わたしよりお姉さんだったんですね。若く見えるから、びっくりしました」

 ゼロイチに反応はない。

「わたし、一人っ子なんですよ。本当は、兄か姉がいたかもしれないけど」

 ゼロイチは、目だけ動かして冬子を見上げる。

「母が、わたしを産む前にひとり流産してるから。ちょっと年上の人と会うと、もしもわたしに兄か姉がいたらどんなだったかなと考えてしまいます」

 そんなことは考えたこともない。内心戸惑いつつも、自身の舌はつらつらと言葉をつなぐ。案外、考えたことがないだけで心のどこかで願っていたことかもしれないなと冬子は思う。他のきょうだいがいたら、わたしはもっと早く、両親に立ち向かえたんじゃないか、などと。

「わたし、あなたをなんて呼んだらいいでしょう。お姉ちゃん、じゃおかしいでしょうか」

 ゼロイチは呆けたように冬子を見上げた。

「モアちゃん」

 ゼロイチは、聞き慣れない言葉を口にした。

「モアちゃん。――いもうとは、そうよんでた」

 全身の肌が総毛だった。名前! この人の名前! 冬子は焦る気持ちを必死におさえつける。

「モアが、あなたのお名前なんですね。妹さんもいるんですか。妹さんは、おいくつ?」

「しんだ。ずいぶん、まえ」

「そうですか……。モアちゃん。――モアちゃん、わたしのことも、呼んでもらえませんか」

「はやしの?」

「うん。モアちゃんの、苗字、なんだったっけ」

「だれかに、いわなかったっけ……」

「わたしに、教えて」

「……アシデ」

 つかんだ! やっと手がかりをつかんだ。冬子は叫びたくなる衝動を抑えて、ゼロイチ――「アシデモア」に微笑みかけた。

「教えてくれて、ありがとう。ねえ、明日、またくるから、モアちゃんの食べたいものを考えておいてくれる?」

「それは、わがまま」

「わがままじゃないよ。特別な人だってお腹は空くし、あなたやわたし、個人の幸せが積み重なって、世界は幸せになるんだよ」

「そう、なの……?」

「そうだよ」

 冬子がうなずくと、アシデは空いたカレー皿を見つめた。

「そんなの、だれもおしえてくれなかったじゃん……」

 彼女は単純だ。言われたことはすぐに受け入れる。そのように冬子は分析し、同時に悔しさを覚えた。こんなに純粋な人に適当なことを吹聴する奴がいるなんて。

「また、会おうね。モアちゃん」

 冬子が手を振ると、アシデは振り返しこそしなかったものの、浅くうなずいてくれた。

 アシデモアの部屋から退出した瞬間、朽木が「ありがとう」と言った。

「お手柄だ。氏名が聞き出せただけでも」

「いま、心臓が震えています」

「深呼吸して落ち着かせなさい」

 冬子は言われた通り深呼吸した。体が少しずつ平静を取り戻していく。

「ゼロニさんも、この調子で聞き出せたらいいな」

「頑張りましょう。わたしたちなら、できます」

 実際には、そううまくは行かなかった。ゼロニも昼食の直後であり、部屋には空のカレー皿が置かれていたがゼロイチと同じアプローチをかけても無反応だった。ゼロニはベッドの上で長座したまま、何かに怯えるように虚空を見つめるばかりで、冬子や朽木に関心を示そうとはしなかった。

 臨床部へ戻るなり、冬子は鼓にゼロイチことアシデモアの氏名が判明したことを報告した。鼓は驚いた勢いで椅子から立ち上がり、隣の長門は「やった!」と声を上げる。他の部員も拍手をくれた。

「管理局へ連絡します。これで、彼らが虫になった経緯がわかるかもしれません」

 冬子が管理局へ電話をかけると、新景は外出中であると電話交換の係から説明された。新景が出先から折り返します、と返答を受け、冬子は少しばかりじれったさを感じた。

 新景からの折り返しを待っている間、冬子は地下二階にある配膳室へ足を運んだ。昼食と夕食の合間の時間で、職員たちはちょうど休憩の最中だった。休憩室で談笑する彼らの中から、アシデモアの部屋へ追加の配膳をしてくれた職員を誰何する。

 三十代半ばくらいの女性職員が腰を上げた。長く艶のある黒髪を後ろ手に結び、すっきりと長い首が目立っている。その職員は「栄養士の緒光です」と名乗った。

「もう一人の子は、早番だったから帰宅してしまったのだけど。さっきの配膳、なにか不手際がありましたか?」

「不手際なんて、ぜんぜん。アシデさんが、ご飯を食べてくれました」

 アシデ? と緒光は眉をひそめる。「誰ですか、それは」

「ゼロイチさんです。名前を教えてくれました。カレーを食べて、満足そうにしてくれて。それから少しずつ会話をしてくれて、やっと、名前を教えてくれたんです。食事がなければ、わたしが望む展開にはならなかったと思います。何もわからなかった収容者でしたが、これをきっかけに判明がかなうと思います。本当に、ありがとうございます」

 冬子は頭を下げた。緒光は何も発さない。余計なことをしただろうか、と冬子が不安になって顔を上げると、そこには顔を輝かせた緒光が唇を震わせていた。

「ほんとに? わたしたちの料理のおかげ?」

「え、ええ」

「カレーね、ちゃんとルーから作ったんだよ、ここで。ちゃんとスパイスの配合、考えたの。出来合いのルーじゃないって、気づいてくれた?」

「えっと」

「あの不思議ちゃん、アシデさんって言うの?」

「アシデ、モアさんだそうです」

「大食いなのかしら」

「もしかしたら」

「じゃあ、彼女の食事は大盛りにする。わたしたち、こんな地下室で仕事してるでしょ? しかもこんな配膳の仕事なんて誰にでもできるって思われがちだし、じっさい給料も他の職員に比べて低いし。だからさあ、そうやって言ってもらえると、とても嬉しい。やりがい、すごい」

「わたしは、誰にでもできるなんて思っていないですけど」

「あなたはね。でも、世間一般もそう思っているなら給料はもっと高いはず。……ああ、嬉しいなあぁぁ。アシデちゃん、好きな食べ物なにか言ってた?」

「ごめんなさい、それは聞けていなくて」

「そっか、でも若い人が好きそうなもの、献立にいれるね。ハンバーガーとか、どうだろう」

「いいと思います」

 そういえば、ハンバーガーなんて食べたことがないなあと冬子は思う。

「えっと、林野さんだっけ。あのさ、あなたと一緒にいた、家なき子の」

「朽木先生」

「そう、朽木。あの人、いつもエナジーバーでしょ。朝、たまに、三階の事務室へ書類を出しに行くときに給湯室で見かけるんだけど、あの人いつもエナジーバーを食べながらぼんやりしてるのね。あの人、アレ以外に食べないの?」

「そんなこともありませんが、普段はエナジーバーばかりですね」

 前のめりになる緒光に、冬子は若干気圧される。

「やっぱり。だからあんなに痩せ細って、顔色も悪いんだと思う。よくさあ、『人に優しく』って言うでしょ? わたし、それ大嫌いなの。人は他人よりもまず自分自身に対して優しく誠実であるべきだよ。そう思わない? それにはまず食事から。せめて食事はまともなものを自分に与えないと。あの人は、あの人自身に優しくない。エナジーバーだって、栄養があるふうだけどそれだけじゃだめ。それに、村名賀部長も。あの人も家なき子なの? ここ数ヶ月ずっと寝泊まりしてるでしょ」

「部長は、家はあると思いますが」

「どっちでもいいよ。不健康なことに変わりはないんだから。でさ、提案なんだけど、もしよければ食事を提供しようか」

「え?」

「これはわたしからのお礼。あなたみたいに感謝してくれる人、はじめてなんだよ。だから、余計なことは気にしなくていい。収容者さんと同じメニューだけど、二人分が増えても全然変わらないし」

 どうだろう、と冬子は思案した。村名賀はともかく、味覚がない朽木に食事を押しつけてもいいのだろうか。だが、味がわからなくとも、緒光が言うように普段の朽木の食生活は人間として好ましくなさそうだ。

「緒光さん。ありがとうございます。お申し出を、お願いしてもいいですか」

「もちろん。むしろお願いされて嬉しいよ」

「それと、あの――あの、厚かましいお願いなんですが」

「うん?」

「朽木先生や村名賀先生へのお食事を提供いただくとき、もう一食追加していただくことは可能でしょうか」

「大丈夫だけど、どうして?」

「わたしも、センターで寝泊まりしようと考えていて」

 咄嗟に緒光の顔が曇る。

「臨床部の仕事、そんなに忙しいの?」

「いえ、いろいろ、たまたま重なって」

「配膳部としては問題ないけど……無理したらだめだよ」

 冬子は腰を折って謝礼した。足元の床を見ながら、小さな僥倖を噛み締めていた。



 十六時ごろ、新景からの折り返し電話があった。「すみませんね、出先なもので」と口火をきる彼の背後は、妙にざわついていた。

「こちらこそ、わざわざ折り返しいただいてありがとうございます」

 ――「あなたがわたしにお電話くださるということは、なにかわかったことがありましたか」

「ゼロイチさんの氏名がわかりました」

 そうですか、と新景は受け応えるが、どうにも冬子との会話に集中していない様子がある。

「新景さん。お忙しければ、かけなおしましょうか」

 ――「忙しいと言えば、忙しいんですがね」

 含みをもった言い方だ。

 ――「林野さん、いま、ネットを見てもらえますか」

 冬子が応諾すると、新景は「特殊感染症研究機構、千葉支部、会見。このワードを、検索エンジンにかけてください」と指示をだす。

「もしかして、以前おっしゃっていた血液の盗難の件ですか」

 冬子は受話器を肩と頬で挟んでパソコンのキーボードをたたく。

 ――「ええ。ちょうど会見の真っ最中で、わたしはその会場の控室にいます。ここの調査に関わっていますので。――会見は、ライブ中継でネットに配信されているはずです」

 冬子は検索エンジンに新景から指定されたキーワードを入力して検索キーをクリックした。検索結果のトップに動画配信サイトのURLがヒットする。冬子はデスクの引き出しから取り出したイヤホンをパソコンにつなぎ、カナルを右耳だけに装着してURLを開いた。

 だだっ広い会見会場は厚労省内部のようだった。ひな壇に据え付けられた長机には、国立特殊感染症研究機構千葉支部の所長、副所長、それから管理局の担当官二名の合計四名が座している。

 ――『変身症に関わる研究について、これまでは省庁への事前申請が必要な実験は、グレード4、5に分類される実験だけでしたが』

 管理局の担当官がマイクを握っている。

 ――『今回の件を重くとらえ、今後、全国にある国立特殊感染症研究機構における業務は、当面の間、すべて厚労省に対して事前申請を必須とすることとしました』

 以前、新景が来訪の折に話していたことだ。特段の驚きはない。

 ――「林野さん、この事前申請、実験だけじゃないんですよ。日々の血液採取、持病に対する薬物投与など、収容者の管理全般に及びます」

「は? 正気ですか、それは」

 電話口からの新景の補足に思わず声を上げてしまった。

「つまり、実験だけではなく、通常の医療行為すら事前申請が必要……?」

 ――「そうです」

「やりすぎです。緊急で必要な処置だってありますし、だいたい日々の些事まで事前申請が必要だなんて、書類作成だけで一日が終わってしまいます」

 ――「厚労省は、研究機構が採取した血液のスピッツ数すら管理したいということです。それほどの締め付けを研究機構に与えなければ、世論が黙ってはいません。ただでさえ、この病気に対する偏見は厳しいのですから」

「事前申請は、申請するだけで終わりですか。それとも、許可を待つ必要があるのですか」

 ――「許可制です」

 冬子はパソコンの画面を凝視した。マイクを握る担当官も、新景と同じことを喋っている。実験が許可制となることは十分に理解の範疇だ。だが、収容者の健康管理においてもすべて許可制となることは信じ難い。巴まひるの顔が脳裏をかすめる。彼女のように、治療が必要な持病を抱える収容者の健康が、脅かされかねない。

 ――「今回の決定は、特殊感染症研究機構のみに関わる制約であり、貴センターに及ぶものではありません。また、法改正には至っていないため、一時的な処置とされています」

「法改正されたら」

 ――「いちど、法による締め付けを厳しくしたら、緩めることは至難のわざでしょう」

「そうしたら、この国の変身症研究がより一層、進まなくなる」

 ――「研究機構に在籍している研究者は他へ流出するでしょうね。具体的には海外、もしくは貴センター。また、各支部における収容者数の条件人数も狭められるかもしれない。感染者は自然と貴センターへ優先的に収容されることになります。つまり、貴センターは研究機構各支部に比べて様々な検体を手に入れることができる。研究の流れが、歴史の流れが変わります」

 新景の声は、少しばかりうわずっているようにも感じられる。だが、冬子はそのように大きな話をしたいわけではない。

「新景さん。わたしがお伝えしたいことを聞いていただいてもかまいませんか」

 新景は高揚感を遮られたからか、電話口の向こうであからさまに不機嫌な様子となった。

「ゼロイチさんの氏名を、本人から聞き出すことができました。――アシデモア、です」

 ――「あしでもあ」

「年齢は、二十八歳」

 ――「あの子、そんなに年増なんですか。成人すらしていないと思っていました」

「亡くなった妹さんがいるそうです」

 ――「わかりました。警察に投げれば、身元特定に時間がかかることはないでしょう。他の二人はいかがですか」

「すみません、力不足で、まだ」

 ――「いいえ。ゼロイチがわかっただけでも調査が進展します。林野さん、ありがとうございます」

「とんでもないことです。私たちも引き続き努力します。――でも、新景さん。人に対して年増とは、失礼です」

 ――「軽蔑する意味で言ったわけではありませんよ。あなたがた女性は、そうやってすぐに瑣末なことへ目くじらを立てるんですから。迂闊な発言はできませんね」

 いくつかの会話のあと、新景との通話を切った時にはどっと疲れが出た。会見の内容を聞くことも嫌気がさし、イヤホンを耳から引っこ抜く。隣の朽木が、「どうだった」と心配そうな声音で問うてきた。

「警察に投げれば、身元特定もすぐだろうと言っていました」

「そうか。――いま、厚労省でやっている会見のことも話していたか」

「ええ。あの人、会場にいるらしくて」

「俺も、パソコンで会見動画を見ていた。とりあえずは、うちにまで厚労省の規制が及ばなくてよかった」

「でも、いっそう気を引き締めなければ――」

 研究機構と同じ扱いを受けてしまうこととなったら、と想像しただけで関わっている収容者の顔が走馬灯のように脳裏をよぎる。彼らの健康を、これ以上脅かされてなるものか。

「林野さん、明日のアゲハ移動の件だけど」

 アゲハ、と聞いてそれが麻葉の子供を指すのだと思い出すまで数秒かかった。アゲハ、生まれたばかりの毒虫。朽木はアゲハの水槽移動について冬子に説明し、指示を出す。

「移動は、わたしと朽木先生と村名賀先生だけでやるんですね」

「そう。――今回は、移動と合わせて母子の組織採取も行う」

「麻葉さんの組織もですか?」

「産卵を経て、変化の有無を調べる。子供と引き離した後の、観察も――この観察、林野さんでやってみないか」

「わたしが?」

「論文にまとめてみて」

「わたしなんて、ただの研究助手ですよ」

「ただの研究助手が論文を書いたらいけないなんて法はないよ」

「でもわたし、組織解析なんて見当もつかないですし」

「きみにできないことは俺が手伝う。組織解析と、麻葉さんの状態観察。彼女が成虫化してからの動画はすべて保存されている。その記録をまとめる作業だ」

 論文執筆など、考えたこともなかった。できるわけがない、と言おうとした時だった。

「やってみるといい。きみの仕事が、この世に残る」

 その一言で、気持ちが変わった。できるわけがない、という考えは変わらなかったが、無下に突っぱねる提案では決してないと思えた。

「わたしでよければ、やらせてください」

「うん――村名賀先生には、俺から話しておくから」

 ありがとう、と朽木は言った。その感謝の意味を冬子は捉えかねたが、頭の中では着手すべき作業の計画を練り始めていた。


 この日の夕方、定時ちょうどに職場を出た冬子は、VRC最寄駅のファッションビルに立ち寄った。最後にいつ訪れたのか覚えていないほど久しぶりの寄り道だった。

 まずは銀行のATMで入金されたばかりの給与をすべて引き落とした。それから、食器を扱う雑貨屋で箸とカトラリーセットを買った。箸は持ち方を矯正する子供用のものにした。次に、文房具屋で粘土と粘土板を買った。センスの良さを全面に出す鼻につくような文房具屋で扱っていた粘土は、冬子が子供の頃に遊んだ粘土と何が違うのか不明だが想定していたよりも値段が高かった。

 それから、洋服屋をいくつか見て回った。十月下旬であるにも関わらず、どこの店のマネキンも真冬の装いだった。どれがいいのか自分の服の好みすらわからないことに冬子は初めて気づき、ある服屋の中で愕然とした。その店は、有り体に言えば無難なデザインの服を取り扱っているようだった。ひらひらとした裾のワンピースの前で立ち尽くしていると、冬子よりも少し年上と見られる店員が寄ってきて滑らかに商品の説明をする。今季の流行とか、最近の売れ筋とか、そういったことを店員は話すが冬子にはさっぱりわからない。

「お客様、どういうシーンで着る服をお探しですか?」

 店員は冬子の格好を頭から爪先まで眺めて、訊いてくる。

「シーン?」

「デートですとか」

「違います」

 間髪入れずに否定した。その早さに、店員は少し驚いたように肩を上げた。

「違うんですけど、クリスマスイブの食事で着られるような。老舗の、洋食で」

「クリスマスイブ!」店員は嬉しそうに声を響かせた。「イブのお食事におしゃれするなんて素敵です!」

 あまりの声の高さに冬子の方が恥ずかしくなってしまう。すみません、声を落として、と頼むと、店員は「ごめんなさい」と眉尻を下げた。

「お相手の方は、どのような」

 上司です、と言うことがなぜか憚られ、「大切な人です」と咄嗟に口走る。店員は一瞬呆けたように冬子を見たが、「なるほど」と言って「わたしにコーディネートさせていただいてよろしいですか」と申し出る。よくわからないので、冬子はとりあえず任せることとした。

 店員がいくつかの服をピックアップして冬子に試着させる。五着ほど着替え、店員は「三着目が一番お似合いです」と言うので、三着目に着た黒いワンピースをもう一度纏う。基本的に無地だが、胸部だけ布が異なる。織りの工夫による凹凸で、よく洋服で見かける模様が表されていた。冬子がそのことを指摘すると、店員は「ジャガード織の布で、この模様は千鳥格子って言うんですよ」と解説してくれる。この服に合う靴もカバンもコートもないと言えば、店員は必要なものすべてを見繕った。その中にはネックレスやスパンコールが施されたストッキングまである。

「お客様らしくて、素敵です」

 わたしらしい? これがわたしらしいのか? 目の前の大きな鏡に映された自分を見ながら冬子は戸惑う。がらにもなく着飾り、困惑するだけの自分だ。急にこの場から逃げ出したくなった。――が、思いとどまった。自分の人生の最後の予定、最後の華やかな食事に、就職活動で使った黒いスーツを着用するのか? 自問して、足をふんばった。

 店員にすべて購入すると伝え、包んでもらった。会計をしながら、「お化粧は?」と訊かれるのでほとんどわからないと伝えると、同じビルの中にある化粧品店を紹介された。

「わたし、そのお店に電話しておくので行ってみてください」

 冬子が大きな紙袋二つを肩から下げ、指定された化粧品店へ行くと、そこの店員は待っていましたとばかりに冬子をスツールへ座らせた。ここでも冬子は店員に任せた。店員は冬子の肌を「きれい」だと言って褒め、そこへ様々塗りたくり、色をのせた。できあがった顔は、冬子自身がみたことのない顔だった。違和感や不快は感じなかった。不思議な現象と対峙しているような気分だった。

 冬子は店員が使った化粧品をすべて買った。店員は嬉々として会計し、化粧工程のメモも添えてくれる。数日前に終了したキャンペーンで配布して余ったという大きな鏡も紙袋にいれてくれた。唯一、冬子があとは帰宅するだけだからすべて落としたいと言うと、悲しそうな顔をした。

「メイクは技術ですから、毎日練習してくださいね」

 念を押すように店員は言い、持ち重りする紙袋を冬子へ渡した。

 最後に冬子が向かった場所は、スーツケースを取り扱う店だった。七日分の荷物が入る黒いスーツケースを選ぶ。持ち帰る際、洋服や化粧品の紙袋をスーツケースに入れてもらったが、大荷物だと思っていた紙袋を入れても空間があまるほどケースの容量は大きかった。

 スーツケースをコンクリートの上で引くとガラガラと大きな音が鳴る。自宅最寄りの駅から家までの道のりで大きな音を響かせながら歩いていると、誰かから咎められはしないかと気が小さくなったが、今からこんなに後ろ向きではだめだと胸を張った。

 家のドアを開けると、料理の匂いが鼻をつく。醤油を使った煮物の匂いだ。鼻腔にまとわりつくような、家庭の匂い。

「ただいま」

 ダイニングキッチンへ行くと、テーブルには食べかけの料理が並んでいた。茶碗いっぱいに盛られたご飯、なにかの味噌汁、葉物のおひたし、メインは肉じゃが。父と母は食卓でテレビを観ながら料理をつまんでいる。

「おかえり」

 冬子に気づいた母が振り返った。

「今日も遅かったのね。昨日も会食だって言って、忙しいの?」

「ああ、うん」

 部屋のすみにあるポールへ上着をかけ、手を洗ってから食卓へついた。これまでずっと食べてきた母親の料理を目の前にして、食欲はいっさい湧き上がらない。むしろ吐き気すら覚える。

「お父さん。お母さん。聞いて欲しいんだけど」

 父が緩慢な動作で冬子を見た。テレビのバラエティ番組の音がうるさい。冬子は何も言わずにテレビを消した。あ、ちょっと、と母が険のある声を出すが冬子は気に留めない。

「わたし、明日から出張に行くから」

 両親は虚をつかれたようなかおをする。

「地方なんだけど、東京都の職員と向こうの職員で、派遣交換をしているの。向こうに行っている人が、急に病気になってわたしが代わりに行くことになった。年明けまで。お正月も帰らない」

 昨日の夜から考えた嘘だった。自分は東京都で保健師として働いていると両親には思わせている。それを利用して、家から出る言い訳を考えた。

「それは、あんたじゃないといけないの?」

 母が問う。冬子は間髪入れずにうなずいた。

「なにもあんたが行かなくっても。しかも明日からなんて、急すぎない?」

「仕事の調整とかいろいろあるの」

「だから、あんたじゃなくていいでしょ」

「それも調整されて、わたしになったんだから。そういうものなんだから」

「じゃあ、辞めればいいじゃない。仕事なんか」

 簡単に言ってくれる。この家のローンの支払い、両親の生活費、これらはわたしが工面しているのに。冬子は思わず奥歯を噛んだ。

「辞めて、もっとちゃんと稼いでいる人と結婚すればいいのよ」

「そんなに甘くない。人生も、世間も」

「それはあんたが若いからそう思うだけ。どうにでもなるのよ。人生なんて、長いんだから」

 わたしに残されている人生はあと二ヶ月だ。いっそそう言ってしまえば楽かもしれないが、冬子は呑み込んだ。本当のことを言ったが最後、自分の人生はこの二親によって真に壊される。変身症研究センターの、朽木の隣で働いている今の環境が壊される。

「働いて、頑張ったところで女の子だからなあ」父が肉じゃがのジャガイモを口にほうりこみながら言う。「仕事で何か残すなんて、ましてやお前じゃ無理だろ。頑張らなくていいんだぞ」

 そう言えば、わたしはこの人たちから褒められたことなんてなかった、と冬子は思い返していた。褒められたことも、意思を尊重されたことも、なかった。

「とりあえず、決定事項なの。わたしは行く」

「お金は」咀嚼しながら、父は話す。「今月の給料日だって、もう過ぎているだろ」

 冬子は席を立ち、玄関においていたカバンを引っ掴んで戻ってきた。財布から剥き出しの二十万円を食卓の真ん中へ投げるように置く。

「これ、今月分。来月と再来月分は払わないから貯金でなんとかして」

「なんとかって、振り込みもできないの」

「わたしはグレゴールじゃない」

 思わず口をついて出た。変身症の語源となったフランツ・カフカの『変身』の主人公の名前。グレゴール・ザムザ。会社員をしている時分には家族に身を捧げ、虫となる悲劇に見舞われたあとは愛のない仕打ちを受ける。――「家族」という不条理から、脱出できなかった男。

 冬子の両親は虚をつかれたような顔で娘を見た。自分たちがこれまで育ててきた娘である。その娘が、よくわからないことを口走ったと、そう言いたげに沈黙した。

「あなたたちはわたしではなく、自分たちを心配しているのでしょう。お金、それだけあるんだからやりくりしてよ」

「子供の頃は、なんでも言うことを聞いてかわいげもあったのに」

 恨みがましく、母は言う。子供の自我を受容しない人物を、いつまでも親と呼べるものかと冬子は歯噛みした。

 ――いや、この二人のほうが「虫」ではないか?

 自分はグレゴールではない、むしろグレーテだ。脳内でピントが結ばれたかのように、冬子は両親と自分の関係を理解した。グレーテ、それはグレゴールの妹。虫になった兄を、自身の精神が限界を迎えるまで世話をした家族孝行な妹。――自分に不条理を強いるこの両親こそ、「虫」だ。

「親の世話を子供がしないんじゃ、俺たちが娘を育てた甲斐がないじゃないか。これから介護が必要になっても、お前は俺を見捨てるのか。それじゃあ、お前にかけた金もすべて無意味だろうが」

 父はわざとらしく足をさすった。話にならない、と冬子が言いかけた瞬間、目の前を液体が飛び散った。父が手元のカップに入っていた牛乳を冬子に向かってぶちまけたのだった。

「黙れよ。親に育ててもらったくせに。世間にはお前みたいに幸福な子ばかりじゃないんだ。両親がいて、お嬢様学校にも大学にも通わせてもらって、なんの不満がある。あれか? 結婚できないからか? それなら父さんが友達に頼んで適当な男と結婚させてやろうか。それで孫を何人か産んでくれれば、まだお前のために使った金が有意義だったと証明もできる」

 髪から滴る牛乳はぬるかった。首筋から服の下をつたって胸元までじわりと濡れる。冬子は呆然と、髪の毛からしたたる白い雫を見つめた。

「一人じゃ大きくなれなかったくせに」と母。

「お前みたいな奴が親の助けなしでどうにかなれるものか」と父。

「いいえ――いいえ、わたしには、わたしの人生があります。わたしは、あなたたち相手によく投げ出さなかった。反抗してこなかった。その点において、誰かに責められるべき理由は一切ない」

 冬子はきっぱりと言ってダイニングを出た。もはや、両親の顔は見なかった。タオルで適当に頭を拭き、玄関へ置きっぱなしにしていた荷物を自室へ引き上げる。

 スーツケースに入れておいた商品を開封し、タグを切り、服は丁寧に畳んであらためてケースの中へ入れた。クローゼットやタンスから必要な分の衣料品をだし、それもまたケースへ入れる。ついでに牛乳まみれの服も着替えた。それでも体に生臭さは残っていたが、冬子はそのまま、スーツケースをひいて家を出た。

 まだ終電より時間が早かった。電車に乗り込むと、周囲の乗客が臭いゆえに自分を見てくるような気がした。冬子は俯いたまま、職場を目指した。

 臨床部のドアを開けると、まだ朽木がデスクに向かっていた。にわかに現れた冬子に、朽木は驚きを隠すことなく「どうした」と問う。

「家を出てきました」

 冬子はスーツケースを朽木に見せ、帰宅後の顛末を説明した。

「だから、わたし、いまとても牛乳臭くて」

「いや、俺にはわからないが。それより、今夜からどこで寝泊まりするつもりだ」

「ここです」

「冗談だろ」

「毎月の給料のほとんどを両親に渡していて貯金もないので、ホテル暮らしも今から賃貸を探すのも金銭的にまず無理ですし、泊めてくれるような知り合いも友人もいません。どうせあと二ヶ月ですから、夜は自分のデスクに突っ伏して寝ます。朽木先生は気にせず寝袋でどうぞ」

「いや、気にするから」

 朽木は眉間に皺を寄せ、「その荷物を持って、ついてきて」と冬子の返答も待たずに部屋から出て行ってしまう。

 冬子が慌ててついていくと、朽木はエレベーターに乗り込んで地下一階まで降りた。地下一階はロッカールームや配膳室、モニタールーム、シャワー室などがある。それらの部屋の扉を横目に、フロアの奥まで廊下を進んだ。廊下の幅が狭くなるにつれて、照明も薄暗くなる。フロアのつきあたりまで来ると、空気すらひんやりとして埃っぽい。

 朽木が立ち止まったところには、「仮眠室」というプレートがつけられたドアがあった。朽木はためらわずにドアを開ける。窓もない室内は真っ暗だった。朽木が手探りで照明のスイッチボタンを押すと、そこには四畳半ほどの部屋があった。中にはデスクやシングルベッドがあるが、それ以外にもクーラーボックスやヒーター、荷造り紐でまとめられた本に古めかしい工具箱などが雑然と床へおかれている。

「朽木先生。ここは」

「仮眠室。ドアに書いてあっただろ」

「倉庫にしか見えないんですが……ベッドだって、マットレスが剥き出しで」

 シングルベッドにはマットレスがおいてあるが、シーツはかけられていなかった。枕も掛け布団もない。

「マットレスも埃が積もっているだろうから、掃除機をかけたほうがいい。寝具はリネンから借りられる。このへんのものは、廊下に出そう」

 朽木はひとりごちるように言って、勝手に床の上の雑多なものを廊下へおいていってしまう。

「ここ、どこの部署の管轄ですか」

「たぶん総務部。でも、もう長いこと使われていないから大丈夫だ」

 床の上の物品がすっかり廊下に出されると、部屋はいくぶん広く見えた。簡易なデスクにオフィスチェア、そして安っぽいシングルベッドは、むしろこの部屋の調度品として最適解のように感じられる。

「昔は仮眠室として使われていたんだ。連日徹夜して実験するようなやつが、総務部へ申請すれば期限を決めて使えるようになっていた。いまもそのルールは生きているはずだ。だが、赤西氏が就任したことによって人員が入れ替わり、それに深夜残業が認められなくなって使われなくなった」

 冬子は叩けば埃が出そうなマットレスを見た。ここが死ぬまでの、寝床。

「朽木先生、ひとつお願いしてもよろしいですか」


 乾いた風を感じ、あと三日で十一月であることを冬子は思い出した。朽木は半袖のユニフォームの上には何も着ていない。彼は「寒いな」と淡白につぶやいた。

「敷地の外にまでは出ないので、安心してください」

 冬子が朽木をいざなった場所は、焼却炉の裏、朽木が一般検査部から持ち出した古い椅子がある場所だった。

「これを」

 冬子は手のひらを開いた。そこには、高校二年生の誕生日にセンセイから贈られたキーケースがあった。地下二階の仮眠室を出る際に持ち出したのだった。

「このキーケースはわたしが高校二年生の一月三日、恋人だった人から誕生日プレゼントとして渡されたものです。渡されたとき、その人のアパートの鍵もつけられていました」

 キーケースを開き、中から二つの鍵を見せる。

「一つはその人の、もう一つは実家の鍵です。これを埋めたいんです」

「埋める?」

「埋葬です。わたしは、帰る家を捨てました。――いえ、もともと帰る家なんてなかったんです。実家はただ便宜上暮らしていただけの場所でした。父も、母も、信用ならない。本音なんて話せない。あいつらはわたしのことを自分たちのモノだと思っていた。わたしは、あいつらが大嫌いで、用意される食事だって全部まずいとしか思えなかった。でももうわたしは捨てました。自分で捨ててきました。だから、これを、ここへ埋葬するんです」

「俺が立会していいのか」

「信頼できる人にいてほしくて」

 言って、冬子は壁に向かってしゃがみこんだ。地面に右手の爪をたてて土を掘り返そうとするが、思っていた以上に土が固く、思うようにいかない。それを見ていた朽木が冬子の隣にしゃがみこみ、ともに土を掘り返し始めた。朽木の大きな手で、ようやく二十センチメートルばかりの深さの穴がつくられる。

 冬子は穴の底へ、キーケースをおいた。

「最初で最後のセックスは、ただ苦痛で、早く終われと思っていました。センセイが自制心を持ってくれていたら、わたしは感染することがなかったんです。そのことを恨んだ瞬間ももちろんあります。だって、病気は怖いです。いずれ自分も間違いなく虫になる未来は怖いです。病気に対する恐怖が元恋人に対する怨恨になりました。――でも」

 冬子は穴の中へ土を入れる。キーケースはすぐに見えなくなった。

「でもですよ、わたし、彼と一緒にいるときは本当に幸せだったんです。彼が結婚を提案してくれたときはとても嬉しかったんです。わたしは彼のことが好きでした。もしかしたらそれは、人生経験の浅い子供が抱く恋ごころとか大人への憧れに過ぎなかったかもしれません。でも、彼を好きだという気持ちは、高校生のわたしを確かに救っていたんです。それを、わたしは、埋めている」

 話しながらも土を穴に戻す。すべての土を戻し終えると、冬子は手のひらで穴のあとをならした。その部分だけが他の地面から浮いてはいるが、気に掛ける者などいないだろう。

「いいのか、本当に。いまならまだ、掘り返せる」

 冬子は首を振った。

「キーケースを握りしめて幸せと苦しみの反芻で自分を満たすほど、わたしはもう、空っぽじゃないんです」

 そうか、と朽木は優しく言った。

「それなら、いいんだ。……なあ、『どうせあと二ヶ月』なんて、もう言うなよ。生きているうちから諦めるな」

「……すみません」

「いいんだ、謝るな。埋葬に、立ち合わせてくれてありがとう」

 ほら、行くよ、と朽木は立ち上がった。

「明日は、アゲハの移動がある」

 そうですね、と冬子も立ち上がり、空を見た。星は見えない。からっ風が吹き荒ぶ。もう、アゲハチョウが飛ぶ季節は終わっている。

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