第7話 結果とかつて

 カシカによるバーチャルライブ計画から、早一週間。

 当のカシカといえば、いつになくぐったりとしていた。何度も溜息を繰り返し、事務所の来客用ソファーを陣取っている。


 結果的に言うと、バーチャル空間でのライブは、成功とも失敗とも言えない微妙さだった。視聴者はほどほどにいたものの、なにより致命的な誤算があった。

 普段から人前に出ないカシカのトークスキルだ。今になって気付いた事実だが、カシカはトーク力が壊滅的。いわゆる、話し下手だった。


「なあカシカ、そう落ち込むなって。初めてにしては頑張ったんだから」

 俺がソファーに寄りかかりながらカシカに声をかける。するとカシカは泣きそうな声で「ううう、うう」と言いながら鼻をすすった。


「失敗よ、大失敗。こうなるんだったらやらない方がよかった……」

「そんなこと言うなって。お前にしては良くやったほうだよ」

「私、自分の無力さをここまで痛感したことはないわ……」

 カシカは涙声で言い、ずびずびと鼻をすする。


 俺はそんな友人を前に、どう励まそうかだいぶ悩んだ。

 確かにライブ中の挙動はおかしかったし、声も震えていて歌詞も所々間違えていた。

 失敗といえば失敗かもしれないが、俺個人としてはやって良かったと思っている。


 そう、励ましの言葉をかけようとしたのだが、カシカはふと黙り込むと涙声で、

「……透明になってからなのかな。私、自分のことを掴めなくなった……」

 そう、ぽつりと声を落とした。


「カシカ?」

「ミノル……私ね、いつも考えていたの。父さんが私を透明人間にした理由。……なんで、あんな実験をしたのか」

「……今になってあんな異常者のこと思い出すなよ。辛くなるだけだ」

 カシカが「父さん」と呟いた途端に込み上げてくる嫌悪感。だがカシカの声は相変わらずの涙声だった。

 

 その声にあてられてか、俺は自然と、幼少期の頃のカシカを思い出す。



 ……カシカは、歌が好きな子供だった。どこにでもいるような、はつらつとした少女。家が近所だからか、俺は幼少ごろからカシカと付き合いがあった。


 しかし、彼女の家は普通ではなかった。母は家を出て行き、唯一の家族である父親は研究者だった。それもオカルトに傾倒した、非科学的で異常なマッドサイエンティスト。彼は妻を捨て、娘を実験体にした。娘に開発途中の薬を投与した。……透明人間になる、というあまりにファンタジーな薬を。 


 彼が開発したという薬の効き目は、本物だった。娘は姿をなくし、父親はそんな娘に対する贖罪のためか、それとも狂ってしまった末路か、その身を投げた。当時娘と親しかった友人は――俺は、むせび泣く姿のない彼女を放っておけなかった。

 

 歌手という仕事を勧めたのは、彼女の歌声に惚れていたからだ。

 それは、今も変わらない。


「――あの人は、私のただ一人の父親だったの。……なにを考えているのか分からなくても、私をこの世に生まれさせてくれた、血縁者」

 涙声から淡々とした声に変わり、カシカが言う。俺は苛立ったように頭をかき乱した。

 カシカが思い悩む必要なんてない。はっきりそう言ってやりたいのに、どう言葉を選べばいいのか躊躇してしまう。けれど、言わなければ。


「……カシカ。たとえ血のつながりがあっても、許せるもんじゃないと思うぞ」

「ええ、そうかもね」

「少なくとも俺は許せない。……なあ、カシカ、その……お前は、俺が支える。父親だろうがなんだろうが、今更どうでもいい。俺がお前の傍にいる。だからその……し、心配するな」


 俺の声は、若干震えていた。しかも、割りかし大きめに事務所内に響き渡る。

 しん、と静けさが満ち、一瞬の沈黙を経た後、カシカが聞く。


「……ねえミノル。それってもしかして、愛の告白?」

「違う。……友人としての決意だ」


 同僚から好奇の視線が向けられる中、俺は大きな咳払いをして、自分の席に戻った。

 何故かやけに顔が熱い。

 俺はざわざわとする心臓を落ち着かせようと、どっと大きく息を吐いた。

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