第6話 カシカの決意
「カシカ、来週の予定なんだけど」
「……ええ」
「カシカ?」
「…………なに」
「もしかして機嫌悪い?」
事務所の一角で、俺はデスクワークを淡々とこなしながらカシカに声をかける。
素っ気ない反応に、俺は長い付き合いだからすぐ察した。本日のカシカはかなり不機嫌だ。
「……前、取材があったでしょ」
「うん」
「あの記者の書いた記事、めちゃくちゃ話題になったらしいの」
「良かったじゃん」
「良くない!」
カシカが机を叩いて声を荒げる。突然の激高に、俺は硬直した。
「あの記者、絶対に後でとっちめてやる……」
「ちょっと待て、何をそんなに怒っているんだ?」
「特集を見れば分かるわよ」
カシカに言われ、俺は今月発売された、月刊アレクガラスを手に取る。
ペラペラとページをめくっていけば、あった。カシカのインタビュー記事。
「えっとなに……結果、不透明カシカは透明人間みたいな儚い人物であった。顔はおろか姿も確認できず」
「……むかつく」
カシカが怒りに声を震わせる。俺は記事から視線を外し、まあまあ、とカシカを宥めた。
「そんなに怒るような内容でもないだろ」
「私にとっては許せないのよ。茶化したような文体に、しかも不透明って名前と透明をかけているのが……ああ、苛立たしい」
「別にそんなの、気にしなくてもいいんじゃ……」
俺が眉を下げる。だがカシカの怒りは留まることを知らない。
「……私、そろそろ表に出るべきなのかもしれない」
「え、なんだよ、突然」
「このまま正体を隠してたら、憶測ばかりが広がるじゃない。あることないこと、勝手にねつ造されて。いずれ面倒な事になると思う。だから、そうなる前に」
「でも、今のお前の姿じゃ……」
そこまで言いかけて、俺は閉口する。それ以上は言ってはいけない、と理性が歯止めをかけていた。黙り込む俺の姿に、カシカは呆れたように息をつくと、
「……別に、正体を明かすわけじゃないわよ。今の時代、とても便利なツールがいくつもあるもの。それを利用しようと思うの」
「便利なツール?」
俺が首を傾ぐと、カシカはなにか企んだような声で、
「そう、バーチャルライブよ」
俺はさらに首を傾げた。
「バーチャルライブって、確かアバターを使って、仮想現実でライブをするとかいう……」
「ええ、だいたい合ってるわ。姿がなければ作れば良いのよ」
カシカは得意げに続ける。
「でも、モーションキャプチャは使えないわね。となると、別にキャラクターを作って動かすしか……でもそれだと動きを鈍いし……」
カシカが悩みように呟く。俺はスマホで「バーチャルライブ やり方」と検索をかけたが……よく分からん。
「とにかく、デジタル空間でライブをするんだよな。危なくはないよな」
「ミノルったら心配性ね。大丈夫、私に任せなさい」
カシカは気丈に言い放つと、颯爽と足音を響かせて昼食を食べに行った。
俺は、そんなカシカのライブを手伝うため、その夜は徹夜する形で計画を練った。
……仮想現実での歌と、トーク。
事務所の許可をなんとか得られた翌日、俺は事務所の公式アカウントに、カシカがライブをするという告知を載せた。
果たしてどうなるのやら。
寝不足の俺はイスの背もたれに寄りかかり、ぼんやりと虚空を眺めていた。
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