第5話 初取材
「は? 私の記事を書きたいですって?」
花火大会から一週間が経った頃。いつもの事務所にて、カシカが不機嫌を露わにした声で尋ね掛ける。
俺はすまん、と頭を下げてカシカに謝罪した。
「実は、不透明カシカを取材したいっていう話が前からあって、次のアルバムの発売も合わせてどうかなって思ってさ……」
「でも私、顔出しなんてしないし出来ないわ」
「それはまあ、マネージャーの俺がどうにかするよ。一応、透明人間ってことは伏せる形にする」
「……それ、本当に大丈夫なの?」
不機嫌だったカシカの声が、段々と不安なものに変わる。俺はそんな彼女を励まそうとしたものの、タイミング悪く電話がかかってきた。
それも、ちょうど話題にしていた某有名雑誌会社の記者からだ。
「はい、はい。……ええ、うちのカシカも大丈夫だと申しています。つきましては日程などを確認させて頂きたく……」
電話を取り、俺がへこへこと壁に向かって頭を下げる。
そんな俺の姿に、カシカはぽつりと、
「不安しかないわ」
そう、心配と不安をまぜこぜにしたような声で呟いた。
「初めまして、月刊アレクガラスの高柳と申します。この度はうちの取材を受けて頂きとても嬉しく思ってしまね……しかし、まさかこんな場所で話をするとは、はは」
へらへらにこにこと笑う、人の良さそうな青年。俺は適当に愛想笑いをして応じる。
「すみません、カシカは引っ込み思案で、表に出たがらないんです。だから、こういう形での取材にさせていただきました」
俺はそう言うと、背後にいるだろうカシカを見た。
……俺が取材場所に選んだのは、事務所の奥に位置する応接間。俺と記者の高柳氏が向かい合う形でイスに座り、カシカは俺の背後、
「やっぱり、お顔を見ることはできないんですかね?」
高柳氏がちらちらと衝立を見ながら聞く。俺は愛想笑いのまま頷いた。
「申し訳ないのですが、ご理解頂きたいところです」
「そうですか……残念です。ああ、でも、インタビューには答えてくれるんですよね。カシカさんの声で」
「ええまあ……彼女が可能な範囲で、ですが」
俺はそう言うと、衝立の向こうのカシカに「ほら」と促した。
カシカは緊張しきった声で「宜しくお願いします」とおずおず言う。
「へえ、普段の声は意外と高いんですね」
「ええまあ……これが地声なので」
カシカが抑揚なく答える。俺は二人の会話をハラハラしながら見守った。
「カシカさんが歌手を目指そうとしたきっかけをうかがってもよろしいですか」
「それは……小学生の頃に友人が歌を褒めてくれたんです。私、歌以外になにも趣味もないし、興味もなかったから……そう思っている内に、この職業を目指すようになって」
カシカが所々詰まりながら答える。事前に聞いていた質問だからか、思いの外すんなり答えられた。
「友達から勧められて……。でも、顔出ししていないんですよね。その友達はカシカさんのご活躍は知っているんですか?」
「はい。いつも私の悩みを聞いてくれています。……とても長い付き合いなので」
カシカの声が、少しだけ柔らかくなる。俺は視線を下げつつ、二人の会話を聞き流す。
「じゃあ、新しく発売したアルバムについて。どのような気持ちを込めて歌ったのか、お聞かせ願えませんか」
「いつも支えてくれる人への感謝を込めて歌を歌いました」
「それはファンの人に向けてですか?」
「私を応援してくれる全ての人へ、です」
話すうちに、カシカの緊張は少しずつだが緩まっているようだった。俺は内心ほっとしていた。カシカは直前まで嫌だ嫌だと駄々をこねていたので、どうなるのかとかなりひやひやしていたのだ。
台本通りの受け答えを進めていく。意外にも滞りなく進行した取材だが、最後になって高柳氏は腰を上げて衝立を見ると、
「……というわけで、用意していた質問はこれでおしまいです。では最後に、記念写真を撮影しても?」
高柳氏が言いながら、鞄からデジタルカメラを取り出す。
「あの、すみません。写真はお断りしたはずですが」
俺は慌てて、衝立の方へと歩み寄る高柳氏を制しながら告げる。
「いや、あまりにもったいないですよ。お顔を明かした方が、色々と話題になります。……それとも見せられない理由があるんですかね?」
「それをあなたに言う道理はありません」
俺は真顔になって、カシカの盾になるよう前に出る。
カシカは特に何も言わず、ただ沈黙していた。
「わたくし共に任せて頂ければ、きっと話題に、有名になれます。今以上に活動が広まることでしょう。あなた達にとっても良い話だと思うのですが」
高柳氏はしつこく衝立の方に寄っていく。俺はその肩を掴み、半ば無理やり彼を応接間から追い出した。
「取材はここまでにしてください。……今日はありがとうございました」
それだけ言うと、俺は応接間に戻ってドアを閉めた。
しばしの沈黙が流れる。俺は頭を掻きむしり、衝立の方に声を投げる。
「……すまん、カシカ。……やっぱり取材、受けるべきじゃなかった」
「なんであなたが謝るのよ。私は結構楽しかったわ」
「でも……」
「私、あの記者さんの言うことも一理あると思うの。顔を出した方が有名になれるって考え方も、理解はできるわ。……ただ、やり方がちょっと強引だったけどね」
カシカが、なんてことないように笑う。
「まあ、良い経験になったわ。取材を受けて得た発見もあったし、決して無駄ではない。……だから、私のことは気にしないで。あなたが落ち込む必要もないんだから」
「カシカ……」
カシカが朗らかに言う。俺はつられるようにして笑みをこぼした。
「……ありがとうな、カシカ」
俺は笑って、力が抜けたようにその場にしゃがみ込んだ。
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