天使の贈り物

藍崎乃那華

第1話

「うっ……」


なんだろう、心臓が痛い……。

あれ、視界が回る……。

どんどんと襲いかかる謎の体調不良に、僕の意識は朦朧としていく。


「君、大丈夫?」


微かに女の人の声が聞こえる。

大丈夫ではない、ということを伝えたいのだけど、その言葉すらも発することが出来ない。


「……っ」

「ちょっと待ってて。」


彼女はなにか思いついたようにカバンの中からカメラを取り出し、僕の写真を撮った。

なぜ撮った……?その理由は分からない。


「これでもう時期良くなると思うけど、救急車呼んでおいたから。大丈夫だよ」


そう言って彼女は去っていった。

それと同時に僕の意識もシャットダウンした。


***


ここはどこだろう。

目の前には白い天井が広がっている。

周りを見渡そうとしたとき、腕に点滴が刺さっていることに気づいた。


「ここは、病院?」

「あら、気がついた?今お医者さん呼んでくるから待っててね」


やはりここは病院らしい。

僕はここに来る前の記憶を必死に思い返す。

いきなり意識が朦朧とし始めて、女の子が現れて……。

そうだ。女の子。あの女の子は何者だったのだろう。

カメラでなぜか意識朦朧としている僕を撮影し、救急車を呼び、そのまま去っていったあの女の子は。


「意識が戻ってよかったです。あなたは2時間ほど前ここに救急車で運ばれました。CTやレントゲンを撮影をしたところ、肺に腫瘍があった痕跡が見つかりました。ただ、その腫瘍は手術によって取り除かれたような跡がありまして……。最近手術とかをされたのですか?」

「……え?そんな記憶、ないっすけど、」


肺に、腫瘍……?

そんな記憶ない。手術の記憶なんてもっと無い。

僕は体調を崩さないことだけが取り柄と言っても過言ではないほどの健康優良児、なはずなのに。


「そうですか、記憶にない、ですか……。」

「はい……。」

「……不思議ですね。でもまぁ、無事回復されて何よりです。先程保護者様に連絡しまして、夕方には迎えに来れるとの事でしたので、夕方には家に帰ることが出来ますよ」

首を傾げたまま淡々と告げる。

「ありがとうございます」


……なぜだろう。

本当に肺に腫瘍があったのなら、気づかないわけがない。さらに手術跡があるなんて、忘れるわけなんてないはずなのに……。

あ、もしかしたら、


『あの女の子に、カメラで撮られたから』


いや、有り得るわけが無い。現実でそんなことが起こるのなら、医者なんてこの世から消えてるはずだ。

けれど、現にありえない事は起きている訳だし……。

何回考えても、僕の中で答えは出せなかった。


***


「今日からこの高校に通います、尾野咲です。よろしくお願いします」


あれから数日後。

僕のクラスに転校生がきた。

しかも驚くことに、あのときの女の子だ。相手は僕のことを覚えているだろうか……?


「えーそれじゃあ、凛の隣の席空いてるから、咲はそこに座って。」

「わかりました」


え、マジか……、現実にこんなことあるのか?

現実離れしたラブコメ展開に僕の思考は置いてきぼりだ。


「ねぇ、」

席に着いた咲さんから、先生に聞こえないように小さな声で話しかけられる。

「なに、?」

どう返したらいいかわからず、僕は少し震えた声でそう答えた。

「今日の授業後。教室に残って欲しい」

「?わかっ、た、」


やはり僕のことを覚えているのか?

その提案に少し疑問を抱きながらもOKしてしまった。


***


「ねぇ、私の事覚えてる?」

ストレートすぎるその質問に、僕は衝撃を受けた。

「覚えてる。あのときは、ありがとう。お陰様で、今こうして生きてられるんだけど、一個質問があって……。なんで僕のことをカメラで撮ったの?」


ずっと抱えていた疑問を彼女に尋ねる。


「君も薄々気づいてるでしょ?私はカメラを通して、誰かの病気の治療ができる。

けれどそれは、大きなリスクを伴うものだから。もしそれを誰かに口外して、拡散されたら困ると思って、今日教室に残ってもらったの。伝えたかったのは、それだけ。」


彼女はそう苦しそうに言い、帰る支度をし始めた。


きっと違う。

本当は、もっと違うことが伝えたかったはずだ。

苦しそうに言う彼女を見て僕はそう確信した。


「ねぇ、本当は、」

「……なに?」


「僕を治療したわけじゃ、ないんだよね?」


「な、何を言っているの?あなたの肺の腫瘍は、私がカメラで撮ったからで……あっ」

「ひっかかったね。僕は1度も、肺の腫瘍のことを君に告げてない。なのに君はどうして僕の肺に腫瘍があったことを知っているの?」

「……」

「君が答えないなら、僕が答えるよ。君は"治療"をしたわけじゃない、"肩代わり"をしたんだ。だから僕の肺に腫瘍があったことがわかった、違う?」

僕は静かに彼女の目を見つめる。


「その通りだよ。私はカメラを通して、誰かの病を肩代わりできる。その結果、カメラで撮影した人の病は治るけれど、代わりに私がその病を患うことになる。……だから何だって言うの?あなたには何の関係もないことだよ」

「なんで僕の病を肩代わりしてくれたんだ?自分が死ぬかもしれないのに……」


彼女に感謝している。彼女のおかげで僕が生きれているのだから。

けれど、彼女は逆に死んでしまうかもしれない。

そう思うと、胸が苦しくなった。


「それは、あなたに昔助けられたから。あなたは昔、私がカメラを落とした時拾ってくれた。誰もが見て見ぬふりする中、笑顔で拾ってくれた。それを私は、忘れられなかった」


僕が……?

過去の記憶を必死に辿る。


「あ、」

「思い出した?もしあの時あなたが拾ってくれていなければ、このカメラはきっと壊れていた。あなたを治すことは、出来なかったの」

「それだけで、」

「そうよ、それだけ。けれど、そのお陰で_っ_」

「咲っ」


彼女は苦しそうに膝をつく。

僕は電話を探し、119にかけた。


「__もし、君と違う時に出会えたらもっと長く話せたのに、」

「これ以上喋ると、きっと悪化してしまう」

「__わかってる。__君を助けた理由は、もうひとつある。君が、私の初恋の人だった__から」

「え、」

「__ありがとう」


なんで。

僕の目からは涙があふれる。


早く、助けて、

なんで僕は彼女を助けられないんだ__。


***


「今撮りますね!」


高校卒業後、僕はカメラマンになった。

彼女のように誰かの病は治せない。

けれど、誰かの心を動かせる

そんな写真を撮れたら__。

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天使の贈り物 藍崎乃那華 @Nonaka_1212

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