第109話 発動ッ!渕山美化捕食計画

 美化は、初めて影山映莉に勝った。とはいえ、そこにはなんの高揚感も満足感もない。残念ながらそれは当然だった。


 大麻の煙に血液を侵され、脳も侵され、心まで侵された哀れな犯罪者からの勝利に、喜びなど微塵も湧いてはこない。あるのは、将棋を大麻に汚されなかったという安堵感のみ。


「その品種改良大麻に頼って勝てると思いこんだのが……敗因だったね」


「はははっ! 気持ちよくなりすぎちゃったよ! 僕の負けだ。参りました」


 美化は、負けを認め笑う影山映莉を見ながら思っていた。


 言われた通りに将棋を指した。そして、勝負には自分が勝った。果たしてこの先に一体なにが待っているというのか?影山映莉は何をしようとしているのか?と。


「みーちゃんと出会わせてくれた将棋……死ぬ前に、そのみーちゃんと指せて嬉しかったよ。負けたけど楽しかった。ありがとう」


 影山映莉は穏やかな笑顔で、美化に礼を言った。


「ねぇ、影山! 死ぬとか言わないでよっ! ねっ? 自首してさ、人生やり直そっ!」


「いいや、死ぬよ、僕は……」


 そう言うと……影山映莉は引き出しを開けてを取り出した。


「影山あっ! わっ! わっ! そんなのっ! あぶないっ!!」



 美化は恐怖に震えた。



「素敵なフォルムだろぉ? みーちゃんもそう思うよね? あはははッ!」


 ギラリッ!


 影山映莉が手にしたのは全長275mmのサバイバルナイフだったッ!



「あはははははっ!!……はあっはあっ♡『渕山ぶちやま美化みけ捕食ほしょく計画けいかく』ついに決行する時が来たんだあッ!!」


「わ、私を捕食っ!? 影山っ!! もうやめてよおっ!! 許してえっ!!」


「あぁっ♡ 素敵な声だぁ、気の強いみーちゃんのそんな声を聞いたらさ……僕、感じちゃうよぉ♡ はぁっ、はぁっ!」


「んもうっ! バカあっ!!」


「あ〜ん……♡ たまんないよぉ。僕はこの手で怯える君を最小限の傷で殺して……じっくりたっぷり……その体を犯すんだ……! ずっと夢見ていた大好きな渕山美化のおっぱいもお尻も、あそこだってっ! 全部僕のものになるっ! あっ、まだ椿原是露には許してないよねぇ? やってないよねえ? 処女だよねぇ!?」


「お願いッ! 正気になってっ! 影山っ!!」


「僕は至って正気さ。あーあ、なんでこんなわけの分からない体に生まれたんだろ……みーちゃんのヌルヌルのあそこにさぁ……僕のビンビンのちんこをさぁ……ズボズボ入れたかったんだよ。なんで……なんで……」


 影山映莉のナイフを持つ手が小刻みに震え出した。美化は落ち着かせようと懸命に声をかける。


「か、影山……落ち着いて……人は何度でも幸せになれるんだよっ! だから、とりあえず……ナイフを……」


 美化のその必死の叫びは、影山映莉の黒く、淀んだ心には届く事はなかった。




「くっそおっ!! なんで俺にはちんこがねえんだよお─────ッ! ちくしょおおおおッ!!」


 影山映莉がサバイバルナイフの刃先を美化に向けるッ!!


 それに対し、美化は咄嗟にプラスチックの将棋盤を盾にするように持ったっ!


 ジャラジャラ……!!


 駒が床にこぼれ落ちた。


「ははっ! あはははッ! ちょ、超可愛いっ♡ 将棋盤がよく似合うよッ!」


 影山映莉が美化に近づく。


 美化は後退りで距離を保つ。


 部屋の出入り口は影山映莉の後ろ。


 美化の後ろは大きな窓だが、少し開いたカーテンの隙間からは雨戸が閉めてあるのが分かる。


「奇跡……起きて……っ!」


 美化はナイフを持った影山映莉と一戦交える覚悟をした。

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