第107話 バッキバキ!

 美化の渾身の一手に対する影山映莉の鋭い反撃手。それは美化を長考ちょうこうに沈めるのに十分な威力を秘めていた。



「みーちゃん……もうすぐ10分経つよ。待ちくたびれたよ……」


「黙って。今、指すッ!」




 パチンッ!




 美化は会心の一手を放つッ!


 その一手が、影山映莉の天才的センスを誇る指し手に迷いを生じさせるっ!










「ちょっ……え……待って……」



 数手、進んだところで、明らかな自分の劣勢に信じられないといった表情の影山映莉がいた。


「ふぅっ!」

(いけるよっ、これ! 影山に……勝てる!)


 美化がそう確信した……その時だった。


「タイムッ! ちょっと待っててくれる?」


 そう言って、影山映莉は立ち上がり部屋を出て行った。美化は正座だった足をくずし、心地よい緊張感の中にいた。


「はあ……ここから負けるわけにはいかないしっ……」


 合谷を抑え、長く息を吐く。落ち着け、落ち着け、自分に言い聞かせる。



 5分程経っただろうか?トイレにしては長い。そう思っていたところに影山映莉は戻ってきた。



「おまんたせっ……!」



 影山映莉の右手……人差し指と中指の間からは煙が漂っていた。


「か、影山っ! 煙草ッ!?」


「えっ? ああこれ? 残念ながら……煙草ではないね。はい! ではここでクエスチョンです! はなんでしょうか? あはははッ!」


 笑いながら影山映莉が手に持つ、煙草状のもの。


 美化の頭の中にはもうしか浮かばなかった。そう、しか。



「ま、ま、まさかっ……? それがっ……?」


「そうっ! その通りっ! これがかの有名な品種改良大麻っ! またの名を……『Z』!」


 そう言って影山映莉はZを口に咥えると……大きく煙を吸い込んだ。


「ふぅぅう……はぁぁあ!! 効くうっ!!」


 吐き出された煙は、独特の青臭さと奇妙な甘い臭いを含んでいた。


「ごっほ! ごほっ! ごほっ!」


 美化は吸い込まないように咳き込んだ。


「Zって……そんなんどこで手に入れたのっ!? もうっ! バカっ!」


 美化はとことん落ちていく友に限界だった。


「どこで?……手に入れた? あははははははッ! バカはみーちゃんだね。Zは……なんだよッ!」


「は……はあ!?」


「あはははははッ! ネーミングもイケてるでしょ!?」


「や、やっぱり将棋のZだったんだ……ふ、ふざけないでっ! 将棋をけがさないでよおッ!!」


「まあまあ、そう怒らないで。これがまただい人気にんきでね! 生産が全く追いつかないんだよ! あははははははっ!」


 そう、笑いながら影山映莉はZを口に運ぶ。


「ふぅぅうっ……はぁぁああ!」


 そして、ひとしきり吸ったZの火を寿司桶の底で消し、光の戻ったバッキバキの瞳で再び盤の前に座った。


「さて……天才の本領を見せてあげるよ。ここからの大逆転だ……」

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