第98話 ラビットハウス

 なだらかな坂道を、少し緊張しながら2人は並んで歩いていった。


「いやぁ〜しっかし、久しぶりだねぇ〜影山ちゃんっ!」


「まぁ、毎日のように会ってたから余計そう感じるんだろうね。でも、まだ一か月も経ってないんだよ。みーちゃんは寂しがり屋さんだね!」


「やめてっ! 右手っ! 左手っ! なんちゃって! ……わ、笑ってよっ! これ、村上ショージのギャグなんだからっ!」


「知ってる。あの人、別に面白くない」





 坂を登り始め、5分は経過しただろうか。幅の広い、緩やかな坂だが、割とだらだらと続いていた。


 その間、わずか2件の家の前を通り過ぎただけだった。


 道の両サイドは、あまり見たことのない植物や雑草の類が、山の斜面を完全に覆い、草の壁と化していた。


「あそこ、私の家」


「あっ、あれが? で、でかっ!」


 影山映莉が指さす先には、山の中の開けた土地。


 そして、そこには広い庭を有する、赤い屋根に白い壁の3階建ての立派な一軒家が可愛くも、威厳いげんを兼ね備え建っていた。


「あれがー! 影山の家かー!!」


 カルチェにちゃんと声が届くように、大きな声で美化は言った。


(すっご……まさに影山城じゃんっ! 渕山家がラビットハウスに思えるなっ……)


 美化よ。ウサギ小屋はラビットハウスではなく、ラビットハッチなのである。(キートン山田)



 しかし……遠目で見た優雅な家の雰囲気は、近づくにつれ猛烈に崩れていくのであった。


「じゃあ、みーちゃん。自転車ここに止めておいてね」


「う、うん……」


 影山映莉に言われるがままに、美化は自転車を車が停まっていない車庫の中に止め、鍵をかけた。


 車庫内には蜘蛛の巣が無数にあり、枯れた葉っぱが溜まりに溜まっていた。


「じゃ、みーちゃん行こ」


 車庫を出て影山映莉に付いて行く。


 石階段を5〜6段登ると【影山】の表札。くろ御影みかげいしのその表札は薄汚れ、門扉は明らかに錆び付いていた。


 ギ、ギィィィィイ……


「どうぞ、どうぞ」


 影山映莉はまったく気にしている様子はない。笑顔で美化を家の敷地内に招き入れる。


 右手の広い庭には、白、茶、黒、のプランターがいくつもあった。


 だがそこに……花と呼べるモノは見当たらない。雑草を中心に謎のつるが行き場を求める蛇のように、地面を縦横じゅうおう無尽むじんっている。


 たぶん、それらにまみれ枯れ縮んでいるモノが、花の成れの果てなのだろうと想像がついた。


「あっ!」


 美化はつい、声が出た。


 それは雑草たちの中で信じられないくらい美しく咲く、季節外れの向日葵ひまわり



「影山、あれは……」


 ガチャ


「どうぞ、みーちゃん、入って!」


 美化が向日葵について聞こうとした瞬間、影山映莉が玄関のドアを開けた。


「あっ……お邪魔しま……す」


 影山の家……それは美化の想像を遥かに越えて、酷いものだった。

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