第97話 地獄へのハイタッチ

 美化は朝食のサンドイッチをちゃんと味わい完食すると、2階に戻り、今日、影山映莉とする事になるであろう将棋の勉強をし始めた。


「今日こそは勝つよ……影山」


 最新形の定跡じょうせきを、頭に何パターンも叩きこんだ。


「でも、影山はこの上を行くんだよなぁ……。絶対AIで勉強しまくってるだろうし。その辺も今日はご教授願おう。うん」


 時刻は11時を回っていた。


 スマホの充電はバッチリ100%。


「影山の家……部屋……どんなんだろ? たぶん超金持ちな家なんだろうな。部屋もめっちゃセンス良さそう。影山だし……女子力高めのお嬢様的な部屋かな?」


 是露の家に初めて行った時と同じように、妄想を膨らませる美化。


 その時、スマホが鳴った。



 ピコッ☆



「んっ? LINE? カルチェさんだ……なになに……?」


[そろそろ出発時間かしら?出来たらスマホは首からぶら下げられるようにしといてくれないかしら]


「えっ? 首から? どうしよ……あっ! 確かネックウォレットにスマホも入れられたはずっ!」


 美化は机の引き出しの中を探した。


「あっ! あった! ここで役に立つとはっ……!」


[了解です!]ピコッ☆


「っと……もうご要望はないですよね?」


 美化は出発の準備を整えた。


 大きめの黒のスウェットを着て、チェック柄のミニスカートを履き、スマホを差し込んだネックウォレットを首から下げて、愛用のディープマリンブルーのリュックを背負った。


「さて、行きますか」


 1階に降りると、母がコーヒー片手に声をかけてきた。


「あら、かわいい! えー!? 可愛すぎて私の娘とはっ!」


「ずこっ! 思える? そ、そりゃよかったよ」


「春休み初日からお出掛け? ま、まさか……デー」


「トじゃないです! 影山のうちに今日、初めて行くんだしっ!」


「そうなの? ぼっちの美化が? 友達のうちに?」


「ぼっちじゃねーし!」


 すると祖母がにっこり笑いながら話に混じってきた。


「こないだ来たかわいい子だねぇ。影山さんって」


「そうそう! おばあちゃんはこの前、会ったんだよね!」


「え〜! そんなかわいい子なら、まみーも見たかったわぁ♡」


「また、まみーが休みの時に連れてきてあげるよ。じゃ、いってきます!」


「は〜い! お気をつけて♡ いってらちゃいっ!」






 外に出ると案外、暖かかった。


「いい日になったね……」


 美化は愛車のディープマリンブルーの自転車に乗り、勢いよく走り出した。10分程でいつもの3つ目の信号に着いた。


「この辺で……カルチェさんに電話してみよ。ビデオ通話……っと」


 ピロリン、ピロリン、ピロリン、ピ


『はい』


 カルチェが電話に出た。化粧はバッチリめだ。


「どーも! 美化ですー!」


『見れば分かるわね』


「んもぅ! しましたよっ! ビデオ通話っ! どうします?」


『とりあえず向かい合ってても仕方ないから、カメラを外向きに切り換えてもらっていいかしら』


「あっ、はい!」


 美化はカメラを外に切り換えた。


『そこは……どのあたりなのかしら?』


「えっと……ここはですね……えっと……南源平みなみげんぺいの……あれ? 何丁目?」


『南源平? 美化さん、道の案内標識とか見当たらないかしら?』


「案内……標識……あっ! ありましたっ! 右に曲がるこの道は……青の6角形に49って書いてありますね!」


『ふ〜ん、県道49号ね。分かったわ。じゃあ、出発よ!』


「了解です!」


 ガードレールに守られた広めの歩道。美化はいつも影山が向かって来るその道を、逆に向かって走っていく。


『美化さん。しばらくこの道をまっすぐ行くわけ?』


「はい! トンネルを抜けたその先で影山が待ってるみたいです」


『分かったわ。じゃあ、トンネルを抜ける手前でまた電話……ビデオ通話でね……1回切るわ』


 プツ……!


「あっ、はい。そっか……充電切れないようにね」


 それから10分走ってようやくトンネルに着いた。


 トルネルに近づくにつれ住宅は減っていった。今、周りには草木や畑しか見当たらない。そして、トンネルに入っていく。


「このトンネルも結構長くない?」

(薄暗いし、車が通ってないと怖いよ)


 5分程走ったところで美化はカルチェに再び電話をかけた。


「そろそろトンネル抜けますっ!」


『じゃあ、ここからはノンストップで影山さんちまで行くわよ! もちろん会話はなしっ! 影山さんの家を確認できたらこっちで通話は切るわ。怪しまれるような動作はしないこと。分かったわね? そして何かあればトイレに入って連絡しなさい。彼女の目の前でのスマホ操作は避けて。なにを察知するか分からないから。と、ミサさんが言っていたわ。用心するに越した事はない。そういう事よ。OK?」


「はい。分かりました」

(ミサさん、ありがとう……でも、きっと大丈夫です……!)


 外カメラを進行方向に向け、ネックウォレットに差し込むと、美化はスピードを上げてトンネルを抜けた。


 やはり道沿いに住宅はなく、鬱蒼うっそうと木々が生息している。左手にさびれたラブホテルだけが一軒あった。


「不気味な道……緩い坂なんてまだ全然見えないしっ! どこっ?」


 さらに10分走ると県道は右にカーブしていた。そして、そのカーブを曲がり切った……その時!


 100m程先にその姿はあった。


 制服に身を包み、かわいい笑顔で手を振る影山映莉。その後ろには彼女の言った通り、緩い坂道が見えた。


「影山……っ! あははっ!」


 美化も自然と笑顔になる。手を振りながら近づいていく。そして2人はあの2月25日以来の再会を果たした。


「みーちゃんっ!」


「影山〜!」


 パチンッ!!


 2人は再会を喜び、自然とハイタッチした。


「一直線で分かりやすかったけどさ、意外と遠くて驚いたよ〜」


「そう? ここからはそうでもないから。坂だけど……じゃあ、行こ」


「う、うん……」


 影山映莉は徒歩で来ていた。確かにここから彼女の自宅は近いようだ。


 美化は自転車を押しながら、緩やかな坂を影山映莉と共に登って行く。

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