第96話 エロい父、祖母の願い

 お風呂を済ませた美化は、自室のベッドに横になり是露と電話をしていた。


「うんっ! そうっ! 影山の家で会う事になったのっ!」


「本当に元気でよかったね! 心配してたもんね」


 美化は是露に、影山映莉が連絡の取れないまま学校を休んでいる。という事だけは話してあった。


 細かい経緯は話していない。


「影山の家に行くの初めてだからすごい楽しみなんですよー! 一体どんな部屋なのかとか……」

(お寿司とか♡ まだ決まってはないけどっ!)


「あー初めてなんだねっ。一体何して遊ぶの?」


「結局将棋やっちゃうかもっ」


「いいんじゃない? 2人に将棋は欠かせないでしょ?」


「そうですねぇ。あっ! そういえば、ずっと気にはなってたんだけど、紫牙さんの奥さんって体調悪いの?」


「あー言ってなかったね。紫牙の奥さん……腎臓の病気でね」


「そうだったんだ。腎臓の……」


「あはは。そんなに心配しなくても楽しくやってるから大丈夫だよ。紫牙を見てれば分かるでしょ?」


「確かにそうですねっ!」


 この後も2人はのろけたやりとりを1時間以上続け、電話を終えた。


「はぁ……♡」


 美化は満足げに机の上に飾ってある残酷のネル・フィードのソフトを眺めた。


「本当に完璧だったよね♡ ゲットするタイミング。なにが恋に発展するのか本当に分かんないよ……♡」


 改めて恋の不思議に感嘆かんたんし、運命の赤い糸の存在を固く信じた美化であった。












 その頃、






















 影山映莉は明日の準備の確認をしていた。


「これでしょ、これでしょ、あとタイマーもかけたし……よし完璧! 明日はみーちゃん、びっくりするぞぉ……あはははッ!」


 果たして明日、影山宅には何が待つのか?夜空には上弦の月が不気味に青く輝いていた。

















 彼女の朝は「ドヴォルザーク交響曲第9番『新世界より』第4楽章」の旋律とともに始まる。


 時刻は朝6時。


 スマホから流れるドヴォルザークを止め、むくりとベッドから起き上がる。


 特に寝起きは悪くない。


 彼女の名前は渕山美化。


 3月19日。今日、初めて友人、影山映莉の家に遊びに行く。


「ふぅっ〜」


 大きく息を吐き、洗面所へ向かう。


 鏡に映る自分と目を合わす。


 少しだけいつもの自分と違う気がした。


「今日の私……やたらとかわいくない?」


 顔を洗うと水道水の冷たさがちょっと和らいだ気がする。冬の終わりを文字通り、肌で感じる。


 そして、歯を磨く美化は鼻歌まじりだった。久しぶりの友との再会に、自然と心は踊っていた。


 そして部屋に戻ると、スマホにLINEの着信が入っていた。


「え? こんな朝早くに誰……? あっ!」


 宮古田カルチェからのLINEだった。


[美化さん。おはよう。今日、影山さんの自宅に行くそうね。それに際して伝えておきたい事があるわ]


「……ん? なになに……?」


[家を出る時、ビデオ通話で私に電話してきて欲しいのよ]


「ビデオ通話……?」


[だからスマホの充電はフルにしておいて。ビデオ通話の意味、分かるわね? 私達も影山さんの家の場所をちゃんと知っておきたいわけ]


「なるほど。わ、私も初めて行くわけだし……着いた後で教えるよりも、確実で手っ取り早いって事か……」


 確認するとスマホの充電は18%。


「ヤバい、ヤバいっ!」


 美化は慌ててスマホに充電コードを差し込んだ。


「……ん? まだ6時だし、慌てる事なかったな」


 美化はカルチェに了解と返事を送り、モーニングルーティーンを開始した。


 ルービックキューブを手に取る。


 カシャカシャ!カシャカシャ…!


 1分かかるか、かからないかぐらいで6面揃え終えた。






 もう何年も続けているルービックキューブ。


 6面揃えるのに1分は決して早くはない。ただ……キューブをかき混ぜる感触、揃った時の快感。それが好きなのだ。


 美化の尊敬する父、ぶちやま龍成たつなりは20秒かからずに6面揃えていた。


(とうちゃん凄かったな……エロかったけど……毎日まみーのお尻触って怒られたもんねっ! 『愛』って言ってたけど(笑))












『美沙子♡ 今日もええ尻やで!』


  もみもみ♡


『えーいっ! 割れ目に入ってくるんじゃないっ!』


『愛っ! 愛やで♡』


『まったく……お尻より肩揉んでよっ! はい、よろしく♡』


『オッケー♡ あらら、今日もかたいねぇ……じゃ、ちょっとその前にこっちも……』


 もみもみ♡


『はいはい。さっさと乳揉んで、肩をお願いします』


『美沙子ー♡』


 ぎゅう♡


『あーもうっ! 抱きつかんでよろしいっ!! 美化っ! とうちゃんに蹴り入れてっ!(笑)』


『OK! まみー! このクソエロ怪人めっ! ライダーキッークッ!!』


 ドカリッ!


『ぐえっ!! 美化……まじつよじゃんかよ……っ! へるぷみー……』



 ドサリ……!



 『あはははっ!』






 あはははっ! あははっ!







 あははっ!









 時々、大好きだった父の事をしみじみ思い出す。


 そして、部屋の片隅にある脚付きの将棋盤にかけてあったディープマリンブルーのスカーフを片手でスッと取り、将棋盤をやや部屋の中心に移動させると、盤の上に置かれた駒箱をパカっと開けて中の駒をジャラッと盤の上に広げた。





 この駒は父が長年愛用していたもの。職人の卓越した技術で駒の文字が盛り上がっている。


 いわゆる『盛り上げ駒』という代物で高級品。何十万もするという話は父から聞いていた。


「今日も大事に使わせてもらいます」


 そう言って駒を並べた。


 父も子供の頃は、プロ棋士を目指して仲間と楽しみながら切磋せっさ琢磨たくましていたという。


 それでもプロ棋士の養成機関、『奨励しょうれいかい』に入ることすら叶わなかった。


 父の実力はアマ五段。さすがの美化も本気の父には一度も勝てなかった。


 それでも、父との将棋は楽しく、有意義な時間だった。父を怖いとか、ウザいとか、そんな事はもちろん一度も思った事はない。


 ずっとずっと大好きだった。


 優しかった父が、癌を患い痩せていく姿を見るのが本当に辛かった。


 そんな父と指した、最後の一局。


「美化、強くなったなぁ〜。女流棋士になれるぞっ! がんばれっ!」


 自分に勝った娘に最高の褒め言葉。


 初めて言ってもらえた『強くなった』の一言に、その日の夜だけは我慢する事なく自分の部屋で思いっきり泣いた。


『とうちゃん……やだよ……死んじゃうなんてやだ……神様のバカッ!』



 この日、美化は絶対に女流棋士になると決めたのだった。



















「今日はやけにとうちゃんの事を、思い出すなぁ〜」


 そう言いながらストレッチで体全体をほぐしていく。


 テレビからは品種改良大麻Z所持での芸能人逮捕のニュースが流れていた。


「あらあら……まりぴー捕まっちゃったよ……そんなにいいの? Zって」


 相変わらずのニュースに美化は呆れていた。そして、ストレッチを終え1階に降りると祖母が朝食を作っていた。


「おはよう! おばあちゃん」


「おはよう。美化。春休みでもちゃんと早起きね!」


「だらだら寝てるのも好きじゃないから。え? 今朝、パン? なに作ってんの?」


 今日の朝食はサンドイッチだった。


「高級食パンもらったのよ。なんか焼かない方がいいんだって。だからサンドイッチにしたよ。ちゃんと味わって食べてよっ!」


「味わいま〜す! いただきま〜す」


 ひとくち食べていつもの食パンとの違いに驚いた。


「ふわっふわ! うんまぁいっ!」


 ハムとチーズときゅうりがまた、いい感じにパンを引き立てる。


 美化がサンドイッチに感動していると、祖母がめずらしい事を言い出した。


「ねぇ、ねぇ、美化。ひとつお願いがあるんだけどさぁ……」


「あに? もぐもぐっ」


「あの、ゲーム……? こないだ美化がやってた赤いやつ。ざんねる?」


「あー! はいはい。残ネルがどうしたの?」


「ちょっと、やってみたいんだけど……だめかしら?」


「えー!? おばあちゃんが残ネルやりたいのー?(笑)」


「あまりに美化が夢中になってたからね。どんなもんなのかと思って!」


「いいよ! いいよ! また教えてあげるよっ! ただしっ! 難しいから覚悟しといてよねっ!」


「そうなんだ……望むところよっ!」


「はははっ。おばあちゃんが残ネルやりたいなんて……意外だよっ!」


「絶対ダメって言われると思ったわよ。やったね!」


 ぶちやまりん、70歳。


 孫娘を虜にした残酷のネル・フィードに興味津々。


 古稀こきにして新たな自分の扉を開こうとしている。


 いくつになってもこうありたい。


 渕山凛子は100歳の天寿を全うするまで様々な事に興味を持ち、日々、ハツラツと生きていくのであった。

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