第95話 マシンガンレイン

 ピコッ☆


 美化はLINEの着信音の鳴ったスマホをゆっくりと手に取った。なんとも言えない感情が湧き上がる。


「影山からだ……い、生きてたぁ……よ、よかった。で、でも、ミサさんの言ってたとおり……早速来たし……」





 美化は影山映莉のLINEを読んだ。


[みーちゃん。久しぶり。元気だったかな? 明日から春休みだね。約束、覚えてる? 準備ができたので是非うちにも遊びに来て欲しいです。たいした家でも部屋でもないけど、盛大におもてなしします。どうかな?]


(たいした家でも部屋でもない? 私の言ったの真似してるよ。で……盛大に? おもてなし? お、お寿司でも食べさせてくれるのかな……?)


 およそ3週間ぶりの友からの連絡に安堵あんどする美化。


 そして、ミサの予想通り……春休みと共に行動を起こした影山映莉。


「準備ができた……ね……」


 ミサの言っていた……「気をつけろ」が一瞬だけ脳裏をよぎった。


 そして美化は返事をうった。


[影山さんっ!マジで心配したじゃんっ!なんでこんなに何日も連絡くれなかったのっ? 私は影山を傷つけたんじゃないかと不安だったんだからね。でも、無事でよかったし。影山家には約束通りお邪魔させてもらおっかな♪]ピコッ☆


 美化は明日、影山映莉の家に行っても、もう難しい話はしない……純粋に楽しもう……と思っていた。


 10分程して返事が来た。


 ピコッ☆[本当にごめんね。あの日、みーちゃんはすべてをさらけ出した汚い私を優しく抱きしめてくれた。嬉しかったよ。やっぱりみーちゃんとの出会いは運命だって思った。でも、なかなかすぐに気持ちの整理がつかなかったの。学校を休んでる間、ずっと自分と向き合ってた。えてみーちゃんに連絡しなかった。甘えちゃうから。そして、ようやく私は決めたの。明日、みーちゃんに会って……新たなスタートを切るんだってっ!]


「影山っ……そうだったんだね……」


 美化は、その返事を見てさらに安堵した。そして2月25日、影山映莉を自宅に招いた事は間違いではなかったと胸が熱くなった。


[明日はどこで待ち合わせる?]ピコッ☆


 しばらくして返事が来た。


ピコッ☆[いつもの信号を右に曲がってまっすぐ来て。トンネルを抜けて少し行くと右手に緩い坂があるの。そこで待ってるね♪」


(そっか。たまに朝いっしょになる3つ目の信号を右に……いつも影山が来る方に向かっていけばいいんだ……)


[了解♪]ピコッ☆


 ピコッ☆[だいたいお昼の12時に来てね! ご馳走を用意するので!]


「おっ! ご馳走っ? やっぱりお寿司かな♡ わいわい♡」


[昼の12時ね! 楽しみに行かせてもらうよ♪]ピコッ☆


 明日の12時……影山映莉と会う事が決まった。呆気ないほど『元の影山映莉』だった。


「これは大丈夫なんじゃないの?」


 美化はミサに連絡しなくても問題ないような気がしていた。


 しかし、大事なコレクションだったはずの影山映莉のスマホを自分に託してくれ、今回もすごく心配してくれている。そんな井戸上ミサを裏切るような事はしたくなかった。


 美化はミサにLINEした。


[影山から連絡が来ました。明日の12時に合流して影山の家に行くことになりました]ピコッ☆



 すぐに返事が来た。


 ピコッ☆[来たか。明日か。影山の家か。分かった。後でカルチェに連絡させる]


 それだけだった。


「ミサさんらしいな。さぁてっと、お風呂にでも入ろっかなぁ……」


 美化はお風呂に入った。


 久しぶりの気持ちの良いお風呂だった。


 ここのところ湯船に浸かっても、何か1枚体に膜が張っているようで、湯の熱が全く芯まで届いている気がしなかった。


 不安や心配、自己嫌悪……


 それは湯の心地よさまで奪ってしまう……。


 それが今は影山映莉の無事を確認でき、明日、家に招いてくれる。その安堵と喜びに満ち、有頂天になっていた。


「はあー……超気持ちいい!」


 美化は心が軽くなり桜のKIRIKABUの歌を歌い出した。




「消えちゃいたい雨降る Night♪どこにも自分の居場所がにゃい♪」


「真っ暗な闇に飲まれーの♪落ちちゃいーの♪で、ここはそこそこ奈落の底♪」


「超ダルビッシュな自分に闘魂注入♪やってきた♪がんばってきた♪」


「でもさ光はどこにもないやん!♪どうなってんの?この世界♪平等なんてありえんてぃー♪」


「私のハッピーターンいつくんの?♪まじでムカつく5秒前っ!♪」


「マシンガンのように降りしきる雨が♪顔を上げ生きろと突き刺さるっ♪」


「マシンガンのように降り頻る雨が♪胸を張り生きろと背を叩くっ♪」


色即しきそく是空ぜくうのこの世の中で♪お前はお前の生き様で♪」


「どこもかしこもずぶ濡れで♪あそこもお股もずぶ濡れで♪そんなんだって構わないっ♪ズコズコバコバコ生きていけ─────ッ!♪」


 美化と是露が、桜のKIRIKABUのファンになるきっかけとなった「マシンガンレイン」


 辛い時期を支えてくれたこの曲が、今の美化をさらに元気づけてくれた。


(友達としてて過ごしてきた数ヶ月だったけど……どこか掴みどころがなくて、『本当の影山』を知るには、まだまだ解かなくちゃいけない方程式があるような気がする……)


 この後さらに5曲歌ってお風呂を出た。


「美化、ぶりぶりご機嫌じゃーん! 略してぶりごきっ! にゃははっ!」


 続けて風呂に入りに来た母が、にやけた顔で言ってきた。


 最近、微妙に元気のない娘を少し気にはしていたのだが、もう17歳になる我が子。親にいちいち根掘り葉掘り聞かれるのも嫌な年頃であろうと、それなりの距離をとっていた。


 そんな娘の風呂カラオケを聞いて、ひとまず安心の笑顔だったのだ。


「べ、別に。そんなご機嫌でもないしっ! ぶりごきて、ゴキブリみたいだしッ!」


 そう言って美化はリビングに行ってしまった。


 でも母は、娘の声のトーンで『割とご機嫌だな』っと察していた。


「にゃはは! さぁて! 私も歌おっかなぁっと! パクッとしたいわー♪端から端まで結ばれたいなー♪つかこの曲むずっ! 今度カラオケ行った時に歌って美化ぼうを驚かせてやるもんね〜! でも舌噛みそ……」



 渕山美沙子42歳。よき母である。

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