第94話 邪神

 ミサの忠告や警告……それらは、なかなか今の美化には受け入れ難いものだった。




「………ありがとうございました。春休みまで、待ってみます」

(影山……私は……信じてるからね……あの時の影山を知ってるのは……私しかいな……)


「絶対連絡よこしなさいよっ!」


 さっきから少しボーッとしている美化に対し、カルチェは強めの口調で念を押した。


「えっ……? あっ! はいっ!」


「家まで送るわ……」


「えっと……大丈夫です。ゆっくり帰ります」


「そう? じゃあ気をつけてね」


 美化は宮古田カルチェ、金城ルウラ、井戸上ミサ、3人にお辞儀をしてマンションを後にした。












「ひゃ〜! 疲れたっつうのっ! 美化の顔見てたら、本当はあんな事言いたくなかったっつうの……はあ……」


 そう言いながら、井戸上ミサはこたつで仰向けに寝っころがった。


「ミサさんっ! 疲れた時には甘いものっす! はいっ! 干し芋っ!」


「ちょっとっ! なんで私にはチョコとかグミとかじゃないんだよっ!! ……食べるけど」



 ミサは干し芋を食べながらおもむろに話し出した。





「私の嫌な予感なんて外れればいいんだけどさ……そうはいかない気がするんだよ。カルチェ、ルウラ、2人ともちょいとばかし覚悟はしといてな」


「はいはい」


「了解っす!」




「美化は絶対に守るッ! そういう事だ。いいな?」




「ミサさん、男前っす!」


「私はミサさんにそう言われたら、そうするまでだわ」








 その頃、美化はとぼとぼと駅に向かって歩いていた。その途中、影山とチョコを買いに来たUNIVERSユニヴェールの前を通った。


「うにべるす……」

(友達とバレンタインのチョコを買いに行くなんて……初めてだった……)


















「さて、みーちゃん。どれにする?」


「こ、これは迷ってしまいます。影山先生」



















「こ、これ可愛い♡……ムーンにマーズ、マーキュリー、あっ。ジュピターは抹茶味なんだ!」


「ふふ。そうだね! 全部可愛い。あっ、天の川っ! みーちゃん! ミルキーウェイもあるよっ、すごーい!」


「げげっ! ブラックホールもあるし……宮古田カルチェかっ!」


「みーちゃんっ。チョコは関係ないでしょっ。それ香水でしょ(笑)」


「あはは……つ、ついね!」



























「えーと、じゃあとりあえず、ハート型のあるから、それ絶対入れてこうっ!」


「は、はーと? 無理です! 影山先生ッ!」


「んもうっ! 入れますよっ! 言う事をちゃんと聞いてくださいっ! 困った生徒ですね!」


「は、はい……すみません」




















「はぁ……決まってよかったぁ〜。影山先生のおかげだよ〜」


「いえ、いえ。私もチョコ欲しかったし、お役に立ててよかったよ」




 


























「みーちゃん。完璧じゃない?」


「う、うんっ! ありがとね、影山! マジで『うにべるす』最高ですっ!」


「あははっ、『うにべるす』最高だねっ! 私も14日が楽しみだよ」


「は、早くも緊張してきたし……」


「大丈夫! みーちゃんはかわいいんだからっ! みーちゃんはかわいい! みーちゃんはかわいい! はいっ! 言ってみて!」


「うん……。わ、私はかわいい……私はかわいい……私はかわいい……」


「そうそうっ! かわいいよぉ〜!」


























「はぁ……影山……」


 影山映莉との楽しかった時間が頭の中を駆け巡る。初めての友人と呼べる存在だった影山映莉。


 友人から親友へ……その矢先のこの状況……誰でもへこたれたくなる。だが、美化は自分を奮い立たせる。


「是露先生も乗り越えたんだしッ! 私も絶対乗り越えるよ……是露先生」


 美化は力強く、前を向いて駅の雑踏へと紛れていったのだった。
















 3月18日。






 終業式。


 今日で美化の高校2年が終わる。


 明日からはついに春休み。言うまでもなく影山映莉からの連絡はこのかんもなかった。


(影山……明日から春休みだよ。連絡してきてよ……私を家に呼んでよっ!)


 美化は朝から願っていた。


 初めて行く影山映莉の家で友情を確固たるものにする。高校生活、最後の1年間をさらに実りあるものにする。


 世間知らずで馬鹿な自分の隣に、影山映莉にいて欲しい。


 追い詰めてしまったのなら……傷つけてしまったのなら……ちゃんと謝らせて欲しい。


 そしてまた、影山映莉の将棋が見たい。


 美しい所作しょさ……指先……駒音……。


 美化の心は今までになく、影山映莉を求めていた。その純粋な気持ちを神が受け取ったのかも知れない。


 そう、神は神でも……が。


 ……夜の9時ジャスト。ついに来た!影山映莉からの連絡がついに来たのであるッ!

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