第82話 始まるっ!

 翌朝。



 多少のダルさはあるものの、肩周りの痛みや重さはスッキリと消えていた。


(ありがとう、是露先生♡ 夕べはごめんねっ♡ 放置しちゃって!)


 自分からの返事が来なくて、取り乱していた是露が美化はかわいくて仕方なかった。


「ぶぷ。佐藤先生に嫉妬してんのっ♡ 是露先生以外の男に興味なんかないっての! まったくぅ♡」


 早朝から美化はるんるんだった。


 そのぐらいテンションを上げておいてちょうどいいのかも知れない。


 なぜなら今日は、将棋以外で初めて影山映莉と戦う日だからである。


(影山は頭がいい。私なんか気を抜いたら簡単に言いくるめられる。矛盾をつけるか、動揺をさそえるか、確信をつけるか、本心を引きずり出せるか。私が影山を救うしかない!)


 美化は改めて、昨日是露に肩をほぐしてもらっておいてよかったと思った。あんな肩ではとても影山映莉には敵わない。


 スルスルと、集中力のない会話の中をすり抜けられて、鳩殺しも、嘘告白もなかったことのようにされてしまうだろう。


 それではだめだ。


 たとえ嫌われようと、影山映莉という人間を、友人としてもっと知らなくてはいけない。今までなるべく避けてきた同世代との人間関係の構築。そのツケがここまでまとまってくるなんて思ってもいなかった美化。


 ネル・フィードが死に際に言っていた【神のいない世界であがき苦しみなさい】という言葉が、美化の切ない胸に突き刺さっていた。


「マジでこの世に神なんている気がしないよ……」


 そう呟いてモーニングルーティーンに取りかかる。その最中も、影山のことが頭から離れない。ひとまず全てを終え、朝食をとりに1階へ。


 


「美化、おはよう」


「おはよう。おばあちゃん」

(今朝の味噌汁は豆腐と油揚げか。これまた最強タッグ♡)







「んああー、うんまぁい♡ おばあちゃん、実は今日、友達が遊びに来るんだよね」


「えぇっ!? 今まで誰も呼んだことないのに!」


「まぁ、そういうことだから」


「わかったよ。どんな子が来るのか楽しみにしてるよ」


「楽しみ、かぁ……」


 美化もどうせならば友人を家に招くのだから楽しみたい。影山映莉が全てを認め、理由を語り、反省してくれたのならば、友としてなにかできることはないか模索したい。


 そう思っていた。


 祖母が美化の連れてくる友達を楽しみにしているのを尻目に、美化は部屋に戻り、登校準備を整える。


 次にこの部屋に入る時、自分の力が試されるのだと思い、うつむいていると、せっかく緩んでいた肩がまた緊張し、硬直し始めているのを僅かに感じた。


「あぶな、あぶな、あぶなっ!」


 美化は咄嗟に脱力し、左手の『合谷』を押さえた。


「ふぅ」


 是露に教えてもらった合谷。


 押さえると自然とリラックスできる。美化にとってのお守りとなっていた。


「さて、行くか!」


 玄関を開け、冷たい空気を全身で浴び、自転車に乗る。凛々しい表情で美化は学校に向かった。


 今日、2月25日が、渕山美化、影山映莉、ふたりにとって……






















 『嵐の始まり』となるのだった。

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