第80話 あまてらす 19:30

「おー! 娘よっ。具合が悪いんだって? あまてら行くの?」


 1階に降りると母が仕事から帰ってきていた。


「うん。肩がまた凝ってる気がするから、酷くなる前にね」


「送ってあげようか?」


「あ〜、いいよ。車だと酔いそうだからさ」


「そう。まぁ、気をつけてね!」


「あーい。いってきま〜す!」


 美化は母に見送られ、あまてらす鍼灸整骨院へと出発した。


(治療が終わったら佐藤先生に『話があるから外のベンチで待ってる』って言おう。是露先生、勘違いしないでね! ……でも少しは妬いてほしいかも♡ あ〜、だめだめっ!)


 問題は抱えていても、やはり美化は是露がたまらなく好きだった。


「うんしょ! うんしょ! 着いた」


 首肩周りのずっしり感と共に整骨院に到着した。


「こんばんはっ」


 受付のお姉さんが笑顔で迎えてくれた。


「こんばんはです」


「こんな時間、めずらしいね」


「あっはい、ちょっと色々あって」


 お姉さんと会話をしていると、


「渕山さん、どうぞっ〜!」


 そう美化を呼ぶ声は椿原是露だった。


「あっ、は〜い♡」


 つい、2人でいる時のかわいい声を出してしまい、一瞬ヒヤッとしたが、それだけで2人の関係がバレるわけもなく、美化は少し顔を赤くしながら治療室へと入っていった。


「こんばんはー!」


 先生たちの一斉の挨拶。


 やはりこの時間は、仕事帰りの人達で少し混んでいる。


 こんな中でタイミング良く是露を引き当てた自分の運の良さに、なぜかすごく安心した。


「少し久しぶりだけど、どうです? 肩の具合は?」


 ちょっとだけよそよそしい口調で是露が言った。


「今日、疲れちゃってヤバいです」


 美化も負けずに素っ気なく言った。


「分かりました。じゃあ、うつ伏せどうぞ〜」


「はい」


 美化はこんな演技じみたやり取りが最高に楽しかった。


 阿吽あうんの呼吸で周りに仲を悟られないように自然な距離を保つ。


 心はそれに反して猛烈に共鳴していて、重なりあっている。それが実に興奮する。


 それは是露も一緒だった。


 しかし、マッサージを始めて背中から肩の筋肉にさしかかったところで是露は驚いた。


「渕山さん。どしたの!? これ?」


 美化の肩はあまりに硬くなり、盛り上がってしまっていた。


「心労、ですかね……」


「あっ……」


 是露は先日のいわゆる『Z 騒動』のせいだと思い、


「きっちりほぐしていきますねー!」


 と、気合いを入れてもみほぐし始めた。その様子を感じ取った美化は、


(先生のせいじゃないよ♡)


 と、心の中で優しく言った。


 マッサージが終わり、


「お疲れ様でした〜!」


 と言う是露の額には汗が滲んでいた。


「だいぶ楽になりました。ありがとうございました!」


 そう言いながら佐藤をチラ見すると、頑張っていかにも全身硬そうなおじさんをマッサージしている最中だった。


(い、言えないし……)


 仕方なく移動して電気治療を受ける事にした。


「はあ……♡」


 是露がほぐしてくれた肩周りの筋肉に、電気がスムーズに流れこんでいくのを感じる。


(シナジーだわ〜……)



 美化は落ちた……。





「はいっ。電気終わりまーす!」


 受付のお姉さんが電気の吸盤を小気味良く外した。


「はい、お疲れ様でした〜!」


「私……寝てました……」


「本当に〜? そのぐらいリラックスしたほうが治療効果も上がるからいいですよ」


「そ、そうれすか……ありがとござましたぁ……」


 美化は急激な血流の改善により、心地よい脱力感に襲われていた。


 そしてそのまま待合室へふわふわと歩いていった。


「お大事にどうぞ〜!」


 先生たちが一斉に言う中、美化は待合室の椅子に座り、明らかによくなった体調に満足げだった。


「ふぅっ〜……」


 息を吐き、背伸びをして、見られないようにあくびをした。



「あっ!」



 あくびで口を開けたまま声が出た。


(佐藤先生に言うの忘れたっ! やばっ!)


「渕山さ〜ん!」


 受付のお姉さんに会計で呼ばれた。


「はいっ」


 代金を支払い、お姉さんが「お大事にどうぞ」と言ったと同時に……


「すみません! 実は、佐藤先生にお話があって。仕事が終わったら、外のベンチで待ってるので来てくださいとお伝え願えますか?」


 と小声で言った。


 お姉さんは了解了解♪って顔をして、


「いいですよ。時間まで待合でテレビ見ながら待ってて下さい」


 と、言ってくれた。


「あ、ありがとうございます」


 ぶっちゃけ外より暖かいから助かった。


(にしても、お姉さんのあの顔……。絶対に私が佐藤先生の事を好きになってると思ってる顔だったな。ぷんぷん! まっ、仕方ないか)


 そして、患者がひとり、ふたり……治療を終え帰っていく。


 まだ患者はいる感じだったが、佐藤は受付に美化の事を伝えられたらしく、話を聞きに来てくれた。


「渕山さん、お待たせ。なにかあった?」


(夜も爽やかだなぁ……イケメン佐藤)


「あの、申し訳ないんですけど、ちょっと外でもいいですか?」


「えっ? あ、あぁ、いいですよ!」


 佐藤は上着を取りにスタッフルームへ行き、戻ってきた。


「おまたせ。じゃあ、行こっか?」


 ふたりは外に出た。そしてベンチに座った。

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