第79話 招待

 美化はトボトボと駐輪場へ向かった。涙は一向に止まらなかった。頬をつたい落ち、制服へと染みこんでいった。


(こうなったらとことんまで傷ついてやるしッ!)


 美化は駐輪場でスマホを取り出し、あまてらす鍼灸整骨院に電話をした。


「もしもし。今日、19時30分で予約をお願いします。はい、渕山美化です。はい、お願いします」


 美化はこうして予約を入れ、一旦帰宅することにした。


 自転車に乗り、ゆっくりとペダルを踏み込んだ。


 影山映莉と幾度となく登下校したこの道……。それを、こんな訳の分からない気持ちを体中にぶら下げて帰る羽目になるなんて。


 正直、美化は具合が悪くなりそうだった。首、肩、背中が重く……痛い。



「残ネルのやり過ぎの時みたい」


 イケメン佐藤に影山映莉の事を聞く前にバッチリほぐしてもらわなくては……そう思った。


(でも、そっか……電話で予約だと先生が誰になるか分からないんだった。もうっ、マッサージは誰でもいいっ! とにかくその後、佐藤先生に話す時間をもらわなくっちゃ……)


 美化は体中についた重りを振り払うように立ちこぎで自転車を走らせ、家まで帰った。







「ただいま〜」


「あれ? 今日は部活なかったの?」


 いつもより早い帰宅に祖母が心配そうに聞いてきた。


「あー、うん。具合が悪くて。整骨院の予約もしたんだ。あとで行く」


「あらら、また肩こり?」


「そんな感じ……」


 美化はそう言い、2階へ上がった。


「はぁ……疲れたぁ」


 コートを脱ぎ、制服のままベッドに倒れこんだ。


 泣くという現象が、意外に体力を消耗させるという事も美化は最近知った。


 そして……そのまま寝てしまった。






 ピコッ☆


 その音で目を覚ました。


 スマホを見ると時刻は19時になろうとしていた。


「わっ! あぶなっ!」


(危うく寝過ごすとこだった……。あっ、影山から……)


 影山映莉からのLINEの着信音だった。


[みーちゃん大丈夫? 具合が悪いって聞いたけど]


 部活を休んだ美化を心配するメールだった。


 影山映莉の告白の感想を聞いて回っていた……そして、真実を知ってしまった。さらに、この後イケメン佐藤にも確認する。


 自分に嘘をついていた友に、なんとも言えない気持ちになりつつ返事をする。


 『大丈夫だよ』


  『心配ないよ、ありがと』


 そんな感じで軽く返事をしようとLINEを打ち始めた指が止まった。



(よし! 決めた……ッ!!)



 美化は決心して指を動かした。


[具合はまだそんな良くないけど、心配ないよ。明日には治ってる予定。ねぇ影山。よかったら明日、私の家に来ない?]ピコッ☆


 美化は影山映莉を初めて自宅に誘ったのだった。



(影山……来てよッ! お願いッ!)




 ピコッ☆




「うっ……影山……ッ」


 影山映莉の返事を見て、美化はまた涙が出た。


[本当に行ってもいいの? やったー! みーちゃんの部屋見るの超楽しみ。もちろん行くよ!]


 明日、こんなに無邪気に喜ぶ影山映莉の心を、この部屋でえぐることになる。


 大切な友の、今まで知ることのなかった部分……見られたくないであろう心の奥底の闇。それを無理矢理さらけ出させる事になるのかもしれない。


 それを思うと辛くて仕方なかった。


 そして少しでも気を抜いたら、自分の方が心を押し潰されて何かが壊れてしまう……そんな恐さも同時に襲ってきていた。


[よかった。じゃあまた明日♪]ピコッ☆


 ピコッ☆[は〜い♪]


 ベッドから起き上がり、冷えた手で、熱くなった顔を覆うと、頬を軽く叩いてからコートを羽織った。


「ふぅっ! あまてら……行きますかッ!」


 美化はイケメン佐藤に会いに、あまてらす鍼灸整骨院へ向かった。

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