第72話 タブー

 2人は自転車にまたがった。


「じゃあ、出発〜!」


 ガリガリ……ガリガリ


「ぷぶっ」


 是露の相変わらずの朽ちた自転車に笑みが溢れた。


「是露先生、どのくらいなんですか〜? 友達のお家まで」


「んーとねぇ、30分かからないぐらいかな〜?」


「30分かからない……」


 美化は結構遠いな、と思った。そして、是露はなんで車に乗らないのか、今になって不思議に思った。


(まぁ、最近は若者の車離れなんて話も聞くし、お金の問題かも知んないし、余計なことは聞かないでおこ)


 美化は黙って是露について行った。


 そして、向かいながら思った。


(これ、どんどん私の家に近づいてるんですけどっ!)


 そう。是露は間違いなく美化の家に向かっていた。


 スーパーKITAURAを過ぎても、さらに美化の家の方へと近づいていく。


(ちょ、ちょっとちょっと! うちについちゃうよ?)


 結局、美化の家に着いてしまった。


 ……が、さすがに通り過ぎていった。


(だよね〜、おばあちゃんと友達なのかと思っちゃったよ! びっくりした)


「美化ちゃん! もうすぐだからね〜!」


「はいっ!」

(もうすぐ? こんな近くに是露先生の友達がいるなんてっ! 世間は狭いってまみーがよく言ってるけど。こういうこと?)





 キキィー!




「は〜い! 到着〜! ここだよ〜」


 ようやく是露の友人の家に到着。さらに美化はびっくりしていた。


 なぜなら道を挟んだ向こうに見えるのは、昨日行ったカラオケ『メルヘン』。そして今、目の前にあるのは、昨日チラッと目に入った『狼』の看板の店だったからだ。


 しかし、よく見ると看板は『狼煙』となっていた。


「おおかみ……けむり?」


 それを聞いて是露が言った。


「美化ちゃん、こう書いて「のろし」って、読むんだよ」


「のろし? のろしって、あの、煙でいろいろ知らせたりするってやつでしたよね?」


「確か、そんなんだよね? で、ここは煙草屋『狼煙のろし』ってわけ!」


「煙草屋? まさか! ここがあのZの生みの親ってことですか?」


「はははっ。そうなるね」


「んもー! どんだけ私が悩んだかっ! 狼煙め〜!」


「まぁまぁ、じゃあ中入るよっ!」


「は、は〜い……」

(き、緊張してきた。友達ってどんな人なのかな?)


 店の中に入ると、少し薄暗い照明の中、煙草やパイプがたくさん並べられていた。とても10代の女の子が入る店の雰囲気ではない。


「おーい! 来たぞぉ〜! 紫牙しが〜!!」


 是露が呼ぶと、奥から出てきた長身の男。180cmは優にある。


「お〜! Zっ! おいおいっ!? まさか、その子、彼女なのか?」


 美化を見て、とても驚いた様子のその紫牙しがという男は、背は高いが線は細く、それほど威圧感はない。優しい顔つきで、薄い髭を生やしている。少し長めの髪は銀色に染められていた。


「いやいや、だから。でも絶対ちょっかい出すなよ!」


「こ、こんにちはっ!」

(友達? ガクッ。ま、まぁ、この場はそういうことで……)


「こんにちは! Z……あっ、是露とはもう長い付き合いで。紫牙しが十也とうやって言います。よろしくね! えっとぉ〜?」


「あっ、渕山美化です。よろしくお願いします」


「渕山さんねっ。どう見てもまだ10代だね。もうちょっと大人になったら買いに来てね!」


「はいっ」

(見た目より全然優しくて、礼儀正しい人〜。まぁ、是露先生の友達だもんね? あたりまえ体操か)


 是露は紫牙に事の成り行きを話すことにした。


「ちょっとされちゃったりしたもんだから。ちゃんとした店で買ったちゃんとした煙草だって、見せてあげたくて連れて来たんだ」


「誤解?」


「ああ、紫牙が袋に書いてくれてたZの文字をさ、なんか今、ちまたで流行ってる大麻と思っちゃったんだよ。かわいいだろ?」


「あー、品種改良の! ニュースで言ってたわ。とんだとばっちりを受けたわけだ」


 紫牙は笑いながら是露の肩に手を置いた。


「渕山さん、大丈夫だよっ。うちに大麻はないからね! はははっ!」


「あっ、はいっ。分かってます!」

(私をさらに安心させるためにここに連れてきてくれたんにゃ! やっぱり是露先生は超優しいにゃ♡)


「で、どうなんだよ? 奥さんの具合の方は?」


 是露が真剣な顔つきで紫牙に話しかけた。


「あぁ、やっぱ節々が痛むみたいなんだ。むくみも結構あって……」


「そうか。あっ、美化ちゃん、ごめんね。こんなとこまで連れて来ちゃってなんだけど、今から、こいつの奥さんのマッサージをすることになってるんだ。煙草屋じゃいても暇だろうし、どうする?」


「あっ! ちゃんと教えてくれてうれしかったです! 私、帰りますね」

(家すぐそこだし!)


「うん。ありがとう。また後でLINEするね!」


「は〜い♡」


 是露は軽く手を振って、奥の部屋に入っていった。


「じゃあ、紫牙さん。失礼します!」


 美化は挨拶をして帰ろうとした。


 するとっ!


「渕山さん、ストーップ!」


 紫牙が美化を引き止めた。


「えっ? なんですか?」


「あのさ、Zは友達って言ってたけど、渕山さんってZの彼女でしょ? 見てたらわかるよ」


「えっ?」

(それそれっ! 待ってました♡)


 美化は紫牙に『是露の彼女』と言われて嬉しくなってしまった。


 まだ、はっきり付き合っているわけでもないのに……


「はい! 実はそうなんですぅ」


 なんて答えてしまう始末。


 それを聞いた紫牙は、伏し目がちに話し出した。


「Zな、すごいいいやつだよ。それは保証する。もちろん大麻なんてもっての他。ただには伝えておかなくちゃいけないことがあるんだわ」


「な、なんですか?」

(聞きますよ〜! だってそれが彼女の務めですもの♡)


「あのね、Zには、絶対に言っちゃいけない禁句があるんだ。タブーってやつね」


「タ、タブー? と、言いますと?」


「これだけは絶対にZに言っちゃいけない。それはだ。あとそれに近いニュアンスの言葉もNGだな」


「えっ!? えぇっ?」

(確かさっき……?)


 美化は確かさっき言っちゃってたような気がした。


「ち、ちなみになんででしょうね? 煙草がすごい好きなのは見てて分かりますけど〜」


 紫牙は頭をかくように長髪をかき上げる。


「う〜ん。どこまで話していいか。これは2人に仲良く、うまくいってほしいから話すんであって、決してZを悪く言うつもりはないんだ。そこは勘違いしないでよ、渕山さん」


「分かりました。心して聞きます」

(ぜ、是露先生の、秘密が聞ける!)



 紫牙は意を決して話し出した。

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