第71話 どこに行くんですか?

 是露は鋭い目つきでZの袋に手をつけた美化を見つめる。


 トイレに行くと言いながら、行く事なくすぐに戻ってきた是露。まるで美化がZを探りに来たのを分かっていたかのような行動。


 美化は手も唇も震えていた。


 あの悪夢が蘇る。




(ど、どうしようっ! どうしようっ! 是露先生が怖くなったら……!)



 是露がゆっくり近づいてくる。



 そして、しゃがんで美化の頭に手を置いた。





「え?」



「美化ちゃん! 未成年でしょ?! 興味持つのは仕方ないけどさぁ。ごめんねっ! 臭かったよね? いつもの癖で美化ちゃん来るのに吸っちゃってさぁ〜……!」


「たば……こ!?」


「いや〜、面目ないっ!」


「……本当にたばこ?」


「うん。そうだよ!」


「Zじゃない……?」


「Z? なにそれ?」


「大麻……」
















「大麻?…………っ、大麻ぁ〜!?」


「だって袋にZって……」


 美化は涙を流しながら言った。


「??……あっ、それねっ! 俺、あだ名がZだからっ! あはは」


「ええぇ〜?! あだ名〜?」


 美化は泣きながら笑えてきた。


「その……あっ、タバコの葉っぱの事なんだけどね、シャグって。実は煙草屋さんの友達がいて、そいつが俺の好みでシャグをブレンドしてくれててね。それをそうやって湿気ないように袋に入れて、他の人のと間違わないようにマジックで書いてくれるんだよ。Zってね」


「ほんと……?」


「えええ〜? 信じてよぉ……! 大麻なんてありえないってばっ!」


「んもうっ……!」


 美化は是露に抱きついて泣いた。


「今日はどうしたのさ〜?……まさかっ? こないだから、ずっと悩んでたの〜!?」


 美化は是露の胸でコクリと頷いた。


「そっか、そっか。なんかごめんね。勘違いさせちゃってたのか……すぐに聞いてくれればよかったのに」


 それから美化は落ち着いても是露にくっついていた。


「ねぇ美化ちゃん。この後、俺出かけるって言ったでしょ? よかったら一緒に来る? ちょっと遠いし、あまり一緒にいられないかもだけど」


「うん……行くぅ♡」


 美化は是露の胸から顔を上げて、かわいく言った。


「よしっ! じゃあ、今度は俺が美化ちゃんに質問していいかな?」


「なーに? 先生」


「昨日、あまてらすに来てたよね? でも予約は入ってなかった……あれぇ? って思って」


「え? 見られてたんですか? てへへ……実はですね〜」


 美化は是露から離れて、テーブルの上にあったティッシュペーパーで、涙と鼻を拭きながら話した。


 是露の事を相談しに、宮古田カルチェの家まで行った事を。


「そうだったんだ。そういえば昨日……宮古田さん、ちょっとだけおとなしかったような……」


「んもうっ! お笑いですよっ! 絶対カルチェさんに馬鹿にされるっ!」


「あははっ! でもこれで俺の容疑は晴れたってわけだね!」


 そう言うと、是露は引き出しからローラー状の器具と薄紙、それから煙草のフィルターを取り出した。


「見てて。これを、こうやって、こうやって……」


 是露は美化の前で煙草を作り始めた。


「……で、クルクルっと巻いて……はい! 完成っ!!」


 一本の煙草が目の前で出来上がる工程を見て美化はびっくり。


「すごーいっ! こんな風に作れるんですね煙草って……!」


「そうなんだよ。前は普通に自動販売機で売ってるやつを買って吸ってたんだけど、ちょっと吸いすぎちゃってね。これだと作る手間もあるから、少しは減らせるかなーって。あとこれ少しだけ高いんだよ。匂いも変わってるでしょ? だから大事に吸ってるんだよ」


 

 それを聞いた美化は何気なく言った。




「もう〜! 煙草なんてやめちゃえばいいのにぃ!(笑)」











「……ね」


 その美化の何気ない言葉に、一瞬、是露の表情が少し曇ったように見えた。


「……や、やめられるならもっと早くやめてるだろうね。はは……」


 そう言って、今作った煙草を引き出しから取り出したケースにしまった。


「是露先生は、何時に出かけるんですか?」


「あ〜、もういつ行ってもいいんだけどね」


「あと先生、さっきトイレに行くって言って、すぐに戻ってきましたけど、なんで?」


「あっ! そうだっ、俺、うんちしたかったから……でも消臭スプレー切れてて……。美化ちゃんトイレ行きたかったらお先に……と思って……お恥ずかしい……!」


「なあ〜んだ! ははははっ! 全然大丈夫ですよぉ〜!」


「いやっ、そうは言ってもっ!」


「どうぞ。私は今したくないんで!」


「ていうか、大麻とか言われて…引っ込んじゃったよ〜もうっ……!」


「あはははっ! すみませんっ先生!」


 よかった……本当によかったと、美化は心の底から笑った。


「じゃあ、今回のZ騒動は私の勘違いだったって事でカルチェさんに報告しておきますね」


「ちょ、ちょっと待って!!」


 是露が慌ててテーブルの上のシャグの入った袋を持った。


「ちゃんとこれッ! これの写真も添えてくれる? これ見たら宮古田さんならたぶん分かるはずだから」


「あっ、分かりましたっ!」


 美化はカルチェにシャグの写真付きでLINEをした。すると、すぐ返事が来た。


 ピコッ☆[よかったわ。是露先生が犯罪者じゃなくて。じゃあ、イチャつかずにさっさと帰りなさい。以上]


「さ、さっさと……帰り……」

(やっぱりそうなるよね。宮古田カルチェ、いい人なんだけど)


 ピコッ☆


「あれ? もう1件来た……あっ!」


[残念 byミサ]


(ぷっ。今回ばかりはミサさんの思い通りにはいきませんでしたね!)


 それからしばらく、是露の便意が来るのを待った。




 ジャー!!



「ふぅ、やっと出てくれたよ。よしっ! じゃあ行こうかな!」


「ちなみにどこに行くんですか?」


「友達のとこだよ! とりあえず今から行くって連絡は入れておくとしよう」


「是露先生の友達……?」


 美化は非常に興味が沸いた。






 しかし……


 その是露の友人との出会いが、またしても美化の心を掻き乱すことになるとは、思いもしなかった。

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