第70話 それはダメだよ

 家を出て20分。是露の住む、Cherry blossomが見えてきた。


「来たよ。是露先生」


 カチャンッ!


 以前止めた駐輪スペースに自転車を止めた。鍵をかける手に自然と力が入る。そして、エレベーターのボタンを押す指は微かに震える。美化は是露に到着メールを送った。


[是露先生、着きました!]ピコッ☆


(早く会いたいっ♡)


 恋する少女はやはり盲目だ。


 8階に向け上がるエレベーター。速度が妙に遅い気がする。心臓は逆にドキドキ早くなる。手足の力は抜ける。


(早く! 早くっ!)


 8階に着きエレベーターの扉が開く。夢の国に到着した美化は、ぴょんと飛び出した。すると、玄関のドアを開け、是露がこちらを見ていた。


「是露先生っー♡」


 美化は小走りで是露の元へ向かう。


「美化ちゃんっ。おはよ。そんな慌てなくても!


「おはようっ。先生っ♡」


 美化は是露に抱きついた。そして、是露の匂いを嗅いだ。


(落ち着くぅ……♡)


「美化ちゃんっ。とりあえず、中はいろう!」


「うんっ!」


 2人は玄関に入り、ドアを閉めた。



 ガチャン!



 是露は玄関の鍵をかけた。




 くんくん。


 美化はさっきまで是露の匂いで幸せだった鼻腔に、不快な煙の臭いを感じた。


「…………!」


 一瞬で我に返った。


「さっ、美化ちゃん。部屋に入って。あったかいから……」


「は、はい……」


 緊張で筋肉痛のふくらはぎがつりそうになってきた。


「ほら、早く早くっ!」


 是露に急かされて、恐る恐る部屋のドアを開けて中に入った。


「あっ……」


 美化は、ほっとした。


 1週間前と、なにひとつ変わらない部屋がそこにはあった。


「座って、座って」


「あっ、はいっ」


 とはいえ、部屋に漂う煙の臭い。美化の知っている、いわゆる煙草の臭いとは少し違う。


 美化はテーブルの上を見た。


「……あ」

(Zのビニール袋の中身が減ってる。やっぱりこの臭いは!?)


「はい。美化ちゃんっ。コーヒー」


「あ、ありがとうございます……」


「よいしょっ〜っと」


 是露もラグに座った。


「ありがとね〜。早くから会いに来てくれて」


「い、いえっ!」


「なんかLINEに書いてあったけど邪羅様のグッズ? 持ってきてくれたの?」


「持ってきましたよ! 邪羅様のサイン入りチェキ!」


 美化はポケットから弾劾邪羅のチェキを取り出し、是露に手渡した。


「ほんとにくれるの!? すご〜い! 感動〜♡」


「是露先生にあげたくてっ。『邪羅愛じゃらあい』すごいから……」


「ありがとね。俺も愛朱あいすたんのサイン入りのゲットしたら美化ちゃんにあげるからね!」


「やった。楽しみです」


「あっ、ごめん! トイレ」


 是露はドアを開け、玄関のほうにあるトイレに行った。


 バタンッ!


 このチャンスを逃したらもう袋の中からこの乾燥した葉を取ることができないと思い、急いで袋のジッパーを開けたッ!



 もあっ……



 中からは独特な匂いが漂う。美化が葉をつまみ、取り出そうとした……


 その時っ!!




 ギィィィィイ……!





「美化ちゃん。それはダメだよ」


 トイレに入ることなく是露が戻ってきた!!




「あ、ああっ、あ、ご、ごめ、ごめんなさっ……」


 美化は恐怖で全身が震えていた。


「はぁあ……! まったく……」


 是露は大きくため息をついた。

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